第30話:ふたり
「や、京、返して……頼むから……!」
「……」
光太をかわしながら、『世界初心者』さんの恋愛相談を読み込んでいく。
主には私の時と同じように『しみら』さんや『金魚姫』さん、『ミラクリン』さんなどが相談に乗り、『まじかる☆ありあちゃん』さんが的確なアドバイスを言ったり……
「…………」
「うあああ……」
真っ赤な顔で悶える光太にスマホを返す。
「……光太は、私とキスしたい、ですか?」
「っ……はい」
頷く彼を見て、張り詰めていた気持ちが緩んだ。
「良かったぁ……」
「?」
「一緒だ。お揃い。……私ひとり、先走ってるのかと……いやらしいと思われたらどうしようって……」
「……俺の彼女がかわいい……」
「ひゎぅ」
ひゎぅ。
「チキン野郎で申し訳ないんだけど……いきなりキスしたいと切り出して『こいつガッツいてキモい』なんて思われたら……」
「そっ、そんなことないのに」
「いや……その想像だけでも立ち直れなくて」
「同じ気持ちだったんだね」
「うん」
しばらく沈黙。
この沈黙は、なぜだかとても心地よかった。
「……キスしてもいいですか?」
「あ、はい。……ぜひ。よろしくお願いします」
頭を下げ合ってしまって、2人で笑う。もどかしくても、私たちにはこれくらいが丁度いいのかもしれない。
平静を装ってはいるものの、私の心臓は大変に暴れて忙しかった。
「…………」
唇が触れた。彼の匂いがする。
私の頭の奥の奥。深い底で、カチリと音が鳴った気がした。
「……――――」
記憶。私の思い出たち。それらが堰を切ったように流れ出し、溢れてくる。
小学校の時、兄が私を火災から庇って亡くなった。
中学に入って父が私を殴って殺しかけたところにシュレミアさんがやってきて父をゴルフクラブで半殺しにした。彼女はシアと名乗って……
中3の夏にリーネア先生がやってきた。シアさんは『お前と相性のいい教導役を紹介してやろう』という約束を守ってくれた。
「思い、出した……」
先生は私をたくさんのご友人に引き合わせてくれていた。オウキさん、ルピナスさん、翰川先生、シアさん……他にもたくさん。
なのに彼らは再び出会っても私を知らないふりをして、傷つけないようにして……優しい。
「京」
「っ……」
光太が私を抱きしめてくれている。
「……んっ」
溢れる記憶に翻弄される私を訝しむこともなく、静かにそばにいてくれる。
光太。
夏休みの初日に、彼を駅近くのお店で見かけた。次の日には職員室で偶然出会い、彼の窮地に助け舟を出したりもした。
彼との記憶もちゃんとある。
――私は忘れたんじゃなくて、封じ込めていた。
嬉しい。ちゃんと覚えている。
「京、大丈夫? ……その。な、何かダメでしたか?」
おずおずと聞いてくる彼が優しくて好きだ。
「違うの……好き……」
「んっうぐふ……!」
「人をこんなに好きになったの、初めて……大好き……」
抱き返す。好き。大好き。
「っ……京」
「なに?」
「前々から、言おうと思っていたことを伝えさせてください」
「……うん」
「大学に行っても、恋人で……」
彼は顔を赤くしながらも、私を見つめて言う。
「俺が手に職つけて、責任を持てるようになったら、結婚してください」
「は、はい……」
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