4.リーネア・ヴァラセピスは生きていたい
第20話:土地神と妖精
ケイの合格発表も出て一安心。高校の準備のために書類やら制服やら用意した帰り道、ケイが遠くを指差しながら俺のコートをつまんだ。
「先生」
「どうした?」
「白い人がいる」
「?」
白い人。まさかヒウナ?
そう思ってケイの指差す方を見ると、確かに白い人がいた。
白の頭巾に白の着物に白の袴をまとった人影が、俺たちめがけて猛ダッシュをかけてきていた。
ヒウナじゃないから安心したけど、なんかあんまり好きじゃない雰囲気だし、明らかに人間じゃない。
――つまり殺しても無罪。
「中入ってろ」
「わっ」
ちょうどマンション前だったので、ケイを押し込んで扉を閉める。
白頭巾の腹を殴り潰す。
「……ん?」
潰れた感触があるのに音がしない。
変だと思って倒れた白い人から頭巾を剥ぎ取ると、最初から中身がなかったかのように消えてしまった。
「…………。まあいっか」
ちょうど燃えるゴミの袋買ったし、太鼓と一緒に捨てちゃえ。
マンションに入るとケイが無表情ながら困惑していた。
「先生、白い人は?」
「かえったよ」
土に。
「そっか。あの人、たまに見るね」
「知らない人だろ。知らない人について行ったらダメだし、相手する価値もない。無視しろ。困ったことがあれば俺を呼べ」
「わかった」
――*――
「……夢」
久し振りに夢を見た。
いや、初めて夢らしい夢を見たと言うべきなのか。
天井を眺めながら、自分の居場所と取り巻く状況を整理する。
ケイは卒業式練習の最終日。エマちゃんの合格祝いをするから帰りが遅い。姉ちゃんはルピネと仕事。泊まりがけになるって言ってたから、今日は帰ってこないだろう。
「暇」
俺は大きい仕事を終わらせたばかりな上、ここ数日ずっと整理だ掃除だとやってきて終えたところ。
ケイが東京に行くのに合わせて俺もここを引き払い、東京のマンションに移り住む予定。その前準備と思えば別に苦ではなかったのだが、終わると途端に暇だ。
フロアソファにもう一度寝転がり、テレビをつける。
平日の昼だとショッピングか子ども向け番組しかやってない。消した。
「……。もっかい寝るか」
二度寝こそ至高の贅沢。休暇を楽しもう。
ずり落ちた毛布を引き上げようとしたその瞬間、ローテーブルに人影。
「ばばーん!」
白い着物に白袴。小柄な女――
認識するのとほぼ同時に身を起こし、ナイフを首に押し当てる。
筋肉の緊迫が過剰。恐怖している。戦闘能力はない。
おまけに泣いている。
「……ま、待ってよぉ……」
「ん」
見覚えがある顔をしている。
「なんだ、紫織の妹か」
うっかり殺すところだった。危ない危ない。
ナイフを《武器庫》にしまう。
「ふわぁん……さっきまでねむねむぽけぽけしてたくせにそんな動きするとか反則ぅ……」
「あれ? なんか違うな」
この女、美織ってよりか紫織に瓜二つだ。背も小さいし……
やっぱ殺すか。
「わーん待ってぇー‼︎」
ぐすんと泣きながら、テーブルから降りた紫織そっくりな女が名乗る。
「土地神です。サチです」
「ふうん」
「なんで銃構えようとするの?」
「なんか落ち着かなくて」
神さまにあたる存在と向き合おうとすると、いつもなんとなく不安になる。なのでライフルを抱えたままだ。
サチは唇を尖らせて呟く。
「かわいそう」
この言葉も、神さまと会うと必ずぶつけられる。だから今更なんということもない。
「喧嘩売りに来たんだったら殺して埋めるぞ」
でもまあ、イラつくものはイラつく。
「ちっ、違うし! というかあなた土地神殺すって恐ろしくないの⁉」
「戦闘能力ないじゃん」
俺に危害を加え得る奴じゃない。
「発想が怖いよこのひと! わたしが死ねばこの地は死ぬのに!」
「なんかデメリットあるの?」
「う……ここに住むみんなの故郷が滅びます」
「故郷が滅びるなんて珍しくないだろ。人間はそれくらいじゃ死なない。そんなに弱くない」
「ふえぇん……シェルの嘘つき! リーネア、全然優しくない!」
「あ? なんだお前、シェルの紹介で来たのか。あいつの人物紹介、頭に『俺にとっては・俺に対しては』って省略されてくっついてるから信じない方がいいぞ」
ひぞれはその影響を受けて人物評価が狂った。
「その情報は二日前に知りたかった……」
あいつの言葉を鵜呑みにするとか性善説を信じすぎだろ。
サチはぶつぶつとシェルへの文句を言っていたが、段々とスペードへの文句も混じり始めた。愚痴の内容を統合するに、二人の口八丁手八丁に上手い具合に乗せられて俺を頼りに来たっぽい。
(神さまっぽくない神さまだな)
観察しているうちに落ち着いたので、ライフルをしまう。
「……もういいよ。さっきのはごめん。お前は殺さない」
「! そ、そう? ふふふ、わたしの威厳に感銘を受けたのだね、リーネア。感心感し――だからライフル構えるのやめてってばー!」
今度こそライフルをしまうと、サチは着物の袖から写真を取り出した。
「これに、見覚えある?」
白い人が映っている。
「さっき見た」
「えっ。嘘どこで、」
「あー……悪い。さっきってのは、お前が来るまでに見てた夢の中の話。実際には一昨日とか、去年とか……頻度は高くないけど見たことあるよ」
「そ……そっかあ。……まさか人の家にまで入り込むようになっちゃったのかと……」
「ん。で、こいつがなんなんだ?」
頭巾の有無さえ除けばサチの格好に似ているが。
「わたしの作り出した式神。使い魔。うつし身」
「…………」
わかんない。
「分身みたいなもんか?」
「わたしの……影のようなもの。幽霊が一番近い。わたしが与えた命令に従って自律で動く、魂のない幽霊」
「……大体わかった。質問していいか?」
「? なに」
「そいつ、殺したら、お前にダメージいく?」
「特には……」
よし、俺は無罪。
「というか。今回の用事はそれなの。わたしの分身たちを葬ってほしい」
「……?」
「あなたは、誰だって殺せるって聞いた。本来なら殺せないはずの魂無き存在でも、あなたが殺せると思ったら殺せるんだって、あなたを知る人は口を揃えて言った」
論理が繋がった。
つまりは。……ああ、うん。そういうことか。
「お前の分身とやらが今も動いていることはお前の本意ではない」
「うん」
「でも、お前の意思じゃ分身は止まらないし消えない」
「うん」
「新しい命令に上書きしようにもできない」
「うん」
「消し飛ばすだけだといつか復活する」
「うん」
「人数制限があって補充はされない」
「うん」
「つまりは『殺したから死んだ』という現象を世界に押し付けられる俺のパターンを借りたい」
サチが笑った。
「……スペード様、嘘つかない。リーネアはとびきりに頭が良い」
「頭が良いのはひぞれだよ」
「ひぞれ。……『とても賢くて優しい人格者の美人?』」
「間違っちゃいないけどさ……」
たぶんその評価はシェルだな。
「まあいいや。大体わかったけどあれこれ説明してくれ。何でお前の命令が通じないのかとか、人数制限はいくつまでなのか。白い人の行動原理は何か――」
「もー、早い! 順序立てて説明していくから、待ってて!」
怒られてしまった。
「わたし、紫織とそっくりでしょ」
「そうだな」
紫織の小さいころと言われたら信じられるくらい。
「七海家のご先祖様のななみちゃんは紫織とそっくり! そのななみちゃんこそが、わたしを助けてくれた巫女なのだー! ……で、わたしはななみちゃんの姿を借りました」
「ふうん。その経緯なら納得」
紫織は《先祖返り》だそうだし。
「助けるというのは、わたしをこの地に根付かせようとした術者がヘタクソだったせいで土地とわたしが大荒れしたこと。ななみちゃんはそれを鎮めて、わたしを神として定義してくれたの」
「凄いな、ななみちゃんとやら」
「そうだよ凄いんだよ、ななみちゃんは!」
えっへんと胸を張る。
神と巫女というと主従関係が思い浮かぶが、サチとななみちゃんは友達のような間柄だったのかもしれない。
「でも、さすがにななみちゃん一人でこの地を鎮め、栄えさせるのは無理。それで、他の人の力を借りました。その人がこの地に埋めていったのが、本日あなたのお姉さんが調査しにいった機械」
「へえ。他の人とやらは誰だ?」
「いま思い出しましたがあなたとそっくりな顔をしていました。先祖返りなの?」
「俺の血縁かよ」
軽い気持ちで聞いていたが、これは本腰据えてかかるべき依頼かもしれない。俺の血縁は世代が上にいくほど頭がイカレていく。
なぜ機械を埋めたのかと、機械に関わる契約について説明してもらう。
「あのからくりはおかしい。神殺しの記号を持った存在が壊しでもしない限り、この星が爆散しても存在し続けるでしょう。だから心配は要らないの」
知り合いに神殺しは5人くらい居るが、引き合わせなければ問題ないだろう。
「わかった。分身はその契約に乗っかってるのか?」
「契約とは別。ただ、ななみちゃんがわたしに無理がいかないように設定してくれたのがあの分身。でも当時と今では違う。……巫女が居なくなった私では制御できない」
「ふうん」
神さまも大変なんだな。
「ちなみに、何体殺せば居なくなるんだ?」
「100」
なんだ、たったの3桁か。
数取器を出して手渡すと、サチが首を傾げた。
「?」
「それ、ボタン押すと数が数えられる。俺が殺すたびお前がカウントしろ」
「サイコパスかな?」
文句あんのか。殺せって言ってきたのお前だぞ。
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