第21話:妖精が進む道は

「白い人の行動範囲ってどれくらいなんだ?」

 カチッ。

「地図持ってきたよ」

「さんきゅ。……思ったより狭くて安心した。3人組とワンマンの違いは?」

「分身も稼働時間と吸収した魂の量によって質が成長するの。成長して知能が高くなったのがワンマン、だよ!」

 カチッ。

「へえ。じゃ、3人の奴は知能が大したことないって訳か」

「といっても、ワンマンの方もっ、……大して良いわけじゃないし……真正面からの突撃しか出来なかった3人組時代から、ちょっとの待ち伏せが出来るようになってるとか! それくらい!」

 カチッ。

「なんか少し感動するな」

「どこら辺に?」

「間抜けな新兵がだんだん学習してくあの感じと似てる」

「全く、わからないっ……」

 カチッ……


「ていうか! リーネアは何で会話しながらヘッドショットかましてくの⁉」

 俺に肩車で乗っかったサチがよくわからない文句を言う。


「? 作業だろ、こんなん」

 白い人は弾を避けようとしないから的でしかない。ワンマンはたまに避けようとする個体が出るけど、当てるのなんて簡単。

 サチは俺が撃ち殺すたびカチカチとカウントしている。

「なんかもうちょっとこう、『キミたちには悪いけど死んでくれ』みたいな、感傷めいた何かがあるのではと! 期待をしていたのに!」

「俺にそんなもの期待するなよ」

 母親でさえなんとも思わず殺してしまったのに、赤の他人、しかも幽霊みたいな使い魔となればもう『別にぶっ殺してもいいじゃん』としか。

「……ところで血だまりが出来てるんだけどあれって大丈夫? 腐ったりしないか?」

 カチッ。

「うー……だいじょうぶ。正直、本当にライフル一本で殺せるのか疑っていたけれど……血やその他もろもろに見えるものは、あなたの思い込みパターンが強烈に作用して、白頭巾にそうさせたもの。成分自体はこの土地のエネルギーであるアーカイブだから、時間が経てば消えて土に栄養をもたらすよ」

「ふうん」

 じゃあ心置きなくやろう。

「あっ、ちょ、なんでお腹狙い始めるの‼」

「致命傷はヘッドショットだけじゃないだろ?」

 カチッ。

 障害物で頭が隠れているときは腹を狙う。臓器の位置は知っているし、どう撃てばどう死ぬかもわかってる。

「ぶー」

「うるせえなバックドロップすんぞ」

「か弱い乙女にプロレス技とかありえないし!」

「なんで女神様がプロレス技知ってんだよ」

「しおりが見てた」

 あいつ、お淑やかっぽいのにゴツいの見るんだな……

「……お。ついたな」

 サチの住処の神社。

 平沢北の近所にあるというだけあって俺の家から近いし、分身の誕生する場所なだけあって白い人の人数が多い。

 とりあえず撃ち殺していく。

「話変わるんだけどさ」

「ちょっ……わたしがカウントし終わってからにして⁉」

 銃声の数に合わせて数えればいいだろうに、サチはきちんと死んだ奴の数をカウントしている。律儀だな。

 数え終わったようなので、白い人の居なくなった神社から出る。

「うう……こうも連続で分身が殺されていくのを見ると、クるものが……」

 サチがなんか言ってるけど気にしないことにした。

「あいつら、なんかパターン持ちを見ると加速するよな。なんで?」

「あなたに似た人の神秘がパターンだったからだよ。どうしてか、似たアーカイブと波長を感じたら寄って行ってしまうように……」

「……ふうん」

 まあ、前に近寄ってきたときはひたすら待機するだけで害はなかったし……ケイになんかしているということもないのだろう。

「何人殺してる?」

「31」

「じゃ、これで32だな」

 通りかかったワンマンを射殺する。

「いまそっち見てなかったよね……?」

「? 見なくてもわかるだろ」

 誰にでもできるようなことだ。

「人数が60を越すまでは、近くをしらみつぶしに歩く。それ以降はお前に気配を探知してもらう。出来るんだろ?」

 数が多すぎると気配を捉えようにも難しいらしいが、絞れるようになってきたら出来るらしい。スペルは存在感知にかけては最高峰の神秘だ。

「うむうむ。力が弱まったとはいえ、わたしは神だからね! さあさあ練り歩け。わたしの神輿よ!」

「ふんっ」

「いだぁい!?」

 頭を振ってサチを木に激突させる。

「暴力反対!」

「調子に乗るな。この状況で生殺与奪を握ってるのは俺だ」

「肩車で乗っかってるのはわたし。首を絞めようと思えば出来るよたぶん!」

 えっへんと言わんばかりに胸を張るサチ。

「へえ。その不安定な体勢で俺の首へし折る技術があるんだ?」

「……え」

「首絞めてもすぐには死なねえし、お前の腕の長さじゃ俺の首に回すにもリーチが短すぎる。やれるとしたら頸椎圧し折るくらいだが……足が浮いてちゃ力が入らない。つまり、お前は俺を殺せない」

「…………」

「対して俺はお前を地面に叩きつけることができるし銃を向けることもできる。いろんな殺し方が出来る」

「……………………」

「もう一度言う。生殺与奪は俺が握ってる。調子に乗るな。……ただでさえ攻撃されたら反射で殺しかけるんだから、そういうのやめろ」

 サチが喚き始めた。

「わ――ん! シェルの方がマシだったー!」

「あいつの方が絶対エグい」

 白い人を殺せないからには、『存在をかき消す』みたいな術式使うしかないだろうしな。



 神社周辺は狩り尽くしたから、移動の間に小休止。

「リーネア、周りの人たちに見えてなかったね」

「妖精の技能だよ。認識を逸らせるんだ」

「べんり!」

 肩車してたらサチが浮いて見えるんじゃないかと思ったが、それは心配いらなかった。神さまも似たような真似ができるらしい。

 いまはファミレスに居るから、認識阻害をお互い解除している。

「……サチの口調、なんでそんななんだ?」

 土地神ならもっと古めかしい口調かと思っていたら軽い。ついでに、ファミレスに入る前に格好も白い和装から普通の冬用女児服に変わっていた。

「流行を取り入れた口調だし! アップデート!」

「その口調は一昔前だと思うぞ。……注文するからメニュー決めろ」

「うう、悩んでいるのです……リーネアは何にするの?」

「ステーキ、チーズソース。あとはサラダ」

「……パフェ一緒に食べない?」

「ん。ソフトクリーム大きめのやつな」

「じゃあじゃあ、いちごパフェとトンカツ定食!」

「食べきれるのか?」

「こう見えてもわたしは大食いなので!」

「そうだったのか」

 ボタンを押して店員を呼ぶ。注文を伝えると復唱して厨房に行った。

 俺の向かいから、サチが俺の髪に触ろうとする。なんか嫌なので髪を後ろに束ねた。

「けち」

「許可取ってから触ろうとしろ」

「三つ編みしていい?」

「やだ」

 他人に触れられるのは落ち着かない。

「……リーネア、髪長い。伸ばしてるの?」

「伸ばしてるっつーか……育ての姉ちゃんとの約束」

 結婚するまで髪を切るなと言われた。

 体の時間が止まったから、今のところこれ以上は伸びない。

「約束。どんな?」

「結婚するまで髪切るなって」

「……随分不思議な約束ね」

「『あんたが結婚するまで髪の毛切ってあげない』っていうから、つまりそれは髪の毛切るなってことだろ?」

 他人に背後からハサミを向けられるなんて、考えただけでぞっとする。姉ちゃんは髪の毛を切るなと命令したのに等しい。

 今では父さんやルピナス姉さんなら大丈夫だと思うけど、姉ちゃんとの約束を破るわけにはいかない。

「……お姉さん、リーネア育てるの苦労したんだろうね」

「?」

「それはともかく。いま髪が長いということは独身だね! これは祝福しなきゃだし!」

 いきなりどうした。

「縁結び、恋愛成就……それから子宝祈願に安産祈願も!」

「話が飛びすぎだ」

 生まれてこの方、異性と付き合ったこともない。

 サチはウキウキと白い札に筆で何やら書き綴っている。周囲の視線を独占している。

「待っててね。総合的に女性との良い縁を願う祈願をまとめて仕上げるからね」

 ここでも末っ子扱いか。

「……まあ、くれるってんならありがたく」

 役に立つ場面が来るとは思えないが。

 サチが札を書き終えて俺の財布にねじ込んだところで、料理がテーブルに届き始めた。

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