第15話:プロポーズが通じない
ルピネちゃんは呆然としてから、ものすごい勢いで顔を背けた。
ちょっとショックだったが……彼女の耳が真っ赤なこと、指先をもじもじと持て余していることから、今までしてきたプロポーズとは段違いの手応えを感じた。
「その。友人として……ということだろうか?」
(なるほどね。『付き合ってもいないのにプロポーズをするのは冗談だ』って素で解釈してたわけか)
彼女の思考回路は古風ゆかしく、息するように気品が備わっている。
結婚するにも、告白してお付き合いして仲を深めて互いの親に挨拶して……というふうに考えていたのだろう。
そういうところも好きだ。
「異性として……と言っても変か」
「ん……」
「恋人になりたい感じの『好き』だよ」
赤い顔で手を擦り合わせるのが可愛い。
「すまない。……私は、同時に二つのことがこなせるほど器用ではない」
「うん。俺が悪かったね」
これから仕事だというのに妙なことを言ってしまった。
マンションのエントランスを出て、雪の残る道を歩く。
「なので……あなたのことをふとした合間に考えながら仕事をこなそうと思う」
『あなたのことを考える』
この響きが胸に痛い。
「仕事にはきちんと取り組みたい」
「うん」
「返事は、近いうちに必ず」
「無理しないでね」
「あなたのためなら苦にならない」
「……」
好きだ。やっぱりどうしようもなく彼女が好きだ。
体がどちらでも、彼女の言葉一つで胸がかき乱される。
「バスが来たな。乗ろう」
「……うん」
平日の朝9時なだけあってバスはほとんど空席だった。一人か二人、ご高齢者が乗っているくらい。
ルピネちゃんと並んで座る。
「ここなんだけど、ルピネちゃん行ったことある?」
地図の一点を指差すと、ルピネちゃんが首を横に振った。
「こちらの方面は行かないな。外れの方か」
高さも勾配も緩やかな山の麓あたり。目的地の公園はそこに存在する。
「だよね」
一応は札幌市内といえど、彼女が普段過ごす地域からはかなり遠い。区も違う。
「……しかし、ここに本当に《機械》とやらが埋まっているのか?」
「らしいよ」
ある魔術学府と、魔術協会からの依頼。それは『○○公園に埋め込まれた魔法機械を回収せよ』だった。
「機械ならば、あなたの祖父の専門だな」
「うん」
しかしながら、俺のおじいちゃんは違う世界で仕事をしている。簡単には呼べない。
「探査は頑張れば俺たちでもできるから、解析だけじいちゃんに依頼する予定みたい」
「それがいいな。古代の機械ともなると手出し出来ん」
魔法機械とは、歯車・バネなどの部品で内部構造を作り、宝石を魔力の原動力にしたからくり。いろんな外観があるものの、共通しているのは魔法が古すぎて余程の魔法使いでなければ機構を読み解くことができないということ。
「……そうか。こちらの世界で作られたものではないのだな」
「うん」
こっちの世界製だったら、こっちの技師でも解析は出来る。今回の問題はそこに帰結するのだ。
「ルピネちゃんは、確率を描けると思うかい?」
「答えられない」
「そうだね」
誰も確率を操ったりなんてできない。
「コードの本質は世界を描くことだ。ひーちゃんは位置情報をコードで書き換えてイカれた転移をしてみせるし、ついでに物理現象を自由自在に描写する。なら、確率はどうだろう。その事象が起こる確率はどのアーカイブの分野なんだろうね? ……そういうふうに考えた人がいたらしい」
「……凄まじい」
「で、たぶんその人は俺たちの同類。もしくは俺たちより上位の職人かもしれない。だから俺が名指しなのさ」
「辺鄙なところに埋まっているんだな」
「俺もそう思う」
なぜここに埋めたのだか、動機の見当がつかない。もし本当にレプラコーンより上位の存在が作ったんだったらそれはもう神様のクラフトだし、考えて分かることじゃないだろう。
「昼食、サンドイッチを作ってきたんだ。良ければ一緒に……」
「! ありがとう」
近くのレストランや喫茶店をリストアップしてみたりもした。しかし、ルピネちゃんの手料理が食べられるならプラン変更余裕。
「フルーツとクリームと……今回はピザ風にも挑んでみた。前にイタリアに行ったとき、ピザ職人さんにソースの作り方を習ったんだ」
「本格派だね」
「自信作なので楽しみにしてほしいな」
彼女との会話は楽しい。
会話と静寂の繰り返しは引いては寄せる波のようで心地よい。
(魔術協会も、たまには気の利いたことするじゃん……)
「あ、次で乗り換えだよ」
乗り換えたら、あとはひたすらその公園手前まで乗って行けば到着。下調べは完璧だ。
辿り着いた公園は、なんというか……
「……『非常に貴重な、神の位相の遺物である可能性が大きい。必ず回収されたし』……」
ルピネちゃんは魔術学府からの報告書と依頼書の一部を読み上げている。
「そんなものがここに埋まっていると?」
「らしいんだけどお……」
依頼書に添付されていた資料には『1週間ほど前、連日の気温上昇による雪解けで少しの地滑りがあった』とも書かれている。
「全然、『少し』じゃないねえ?」
雪と氷と黒い土が混ざり合った塊が、公園の表面をデコボコに覆っていた。
「なかなかの惨状だな」
地滑りは、土壌の地下水位が上昇することで斜面の表面が崩れて滑っていく現象だ。
だから別に、暖かかったんなら起こっても変じゃないとは思うんだけど……
「ニュースにはなってなかったのかい?」
「検索してヒットしたのは、地元掲示板のニュース欄だけだ。……元々この公園は、雪が積もっている間はほとんど遊び場にならないそうでな。山も近く、野生動物がそばまでやってくることも多い。地元の子どもたちも夏から秋にかけてしか遊ばないそうだ。死傷者はいない」
「それは幸いだね」
ルピネちゃんも下調べしてるんだなあ。するよね、ルピネちゃんだもん。
「ま、けっこう街はずれだし、住宅街の傍に適度な公園あるしで、冬なら子どもはそっち行っちゃうよね」
「うむ。しかし、このままにしているわけにもいくまい」
「……この状況で探査しろっても無理だしねえ」
足場が不安な場所で作業するなんて最悪だ。
「父上を呼んだ方が速い」
大規模な転移を使えるシェルは、多彩な魔法を使える。土の塊やら岩やらを粉砕することもできる。
「最初はローザライマ家に回したんだよ。北海道に滞在してるんだろうってさ」
「ああ、うん……その節は誠に……」
「ルピネちゃんが謝ることじゃないでしょ」
シェルが怒って泣いて拒否したから俺たちに回ってきた。……というか、ルピネちゃんがお父さんに改めて回してくれることを期待していた。
彼女に正式調査の書類を見せてから、今日動き出すまで猶予があったのもそういうこと。シェルに頼みに行ってくれていたのだ。
どうだったか聞いてみると、彼女は首を横に振った。
「話を切り出す前に『魔術学府の人たちきらいです』と宣言し、母上に叱られていた」
「だろうねー」
シェルは魔術学府職員との相性が異様に悪い。そこまで言うなら、今回の案件で彼を動かすことは不可能と判定して構わないだろう。
「父がすまない……」
「いや、いいさ。俺たちが頼まれてるのは公園の復旧じゃなくて、目当てを掘り当てることだ」
「しかし、探査の術式を使おうにも……土砂をなんとかしなければ難しいな」
「……まあそうなんだけど……」
これ、ていのいい雑用係じゃないか。
魔術学府は『魔法使いですから土砂の片付けなんて任せてくださいよ!』みたいなセリフで公園の責任者から許可をもぎ取ってきたのだろう。
「出来なくはない。でも、労力が大きい」
「ああ」
ルピネちゃんは頷き、メールの文面を見せた。
「土木作業を請け負ってくださる業者さんに連絡をしておいた。というか魔術協会日本支部から先に打診されていたらしく、電話を掛けるなり『今回はよろしくお願いしますね』と明るい声で言われた」
「準備がいいねえ、協会さんも……普段はお役所のくせに」
「体質だから仕方ないだろう。業者さんに、転移先の目印として座標マーカーを置いてもらった。そこに転移させてほしいそうだ」
「転移させたら、後はやってくれるってことね」
土の塊を砕いたり、処理を終えた土砂をどこかに運んだりと……余計なものを片づけた後に公園の土を均す復旧作業も、俺たち素人には手が出せない領域だ。
「……ひとまず頑張りますか」
「うん」
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