第16話:転移とダウジング

 公園を地図上でいくつかの区画に分け、土砂が分厚いところから転移させていく。

「ここが最も分厚いところだな」

 分厚いもなにも、視界一面が土山で、俺には何が何だかわからない。だが、ルピネちゃんのいうことに間違いはないのだろう。

「四つマーカーを打ってほしい」

「はーい」

 魔法による転移を使うにあたって、目印となる杭を指定された位置に打ち込んでいく。

 コードの転移と違って魔法の転移は大雑把だ。正確な量を正確な座標に転移させるには、こういう道具も必要になってくる。

「……」

 移動させられる容積は多くなくとも、短距離なら細かい転移を使える俺は、主に杭を打ち込む役。長距離で大規模な転移が使えるルピネちゃんは、杭で区切った領域を転移させる役。

 打つ順を細かに指定していくと思ったら、彼女は土をどう削り取ったら山が効率的かつ安全に崩れるかを頭の中で計算しており、転移を必要最低限の回数に抑えていた。

(さすがはローザライマ家……)

 数学に秀でた魔術の名門は、漏れなく数学の各分野の専門家。その中でも、ルピネちゃんは立体を捉えるのが天才的に上手い。

 切り取った周りの土がどの方向に崩れるのか完璧に予測している。ビルの解体動画を見ている気分に近く、爽快な光景だ。

「これくらいでいいだろう」

 大まかに平地になった。

 あちこち少しの土くれは残っているが、探査に影響はないくらい。

「お見事」

 拍手すると、彼女が恥ずかしそうにする。

「あ、ありがとう……」

「お疲れ。あとは俺の仕事だから、待ってて」

「任せる」

 持ってきたカバンからドローンを出して、先端に水晶を付けた紐を取り付ける。

「世の中便利になったよねえ。自律飛行する機械が誰でも手に入るだなんて」

 コントロールは飛行ルートのプログラムを組んであるから自動。風が吹いて揺れそうになった時だけ手動で調整する。

「そうだな。……ドローンでなくとも、使い魔にダウジングさせるのはルピナスくらいだと思うが」

「歩くの馬鹿らしいじゃん」

 魔力を調整した石等を重りにして、土地の上を動かす。石の魔力の波長をグラフにして見ることで、『波長を変化させる何か』が浮かび上がるという仕組み。

「《探しもの》の術式を自動化したとなれば、売り物にできるのでは?」

「そうしようかと思ったんだけどお……その手の仕事をしてる奴らから『職を潰すな』って猛抗議で……」

「……会社を作れば押し潰せそうだが」

「容赦ないな」

 そんなところも好き。全部好き。

「ところで、あれは放っておいてもいいものなのか?」

「うん。片手で操作できるようにしてるから大丈夫。お昼食べよう」

「! うん」

 いそいそするルピネちゃん。いそいそと……

(……意識されてるのかされてないのかわかんない……可愛いからいいか)

 奇跡的に土砂に飲まれず、綺麗なままだったテーブルベンチ。念のため土と雪を払ってから二人で座る。

「あなたとこうして昼食をとるのも、久しぶりだな」

「そうだね」

 サンドイッチは乾いてしまわないように時間停止の箱に入れられていた。そのおかげで、生地がしっとりとして美味しい。

「……ルピナス」

「なんだい、ルピネちゃん。いつも通り最高に美味しいよ?」

 カスタードクリームが滑らかで食べやすい。

「ありがとう。……あなたに言っていないことがあったんだ。勇気を出して伝えることにする」

「?」


 彼女は懐かしむように告げた。

「私はあなたの父君にプロポーズをしたことがある」


「……………………え?」

 サンドイッチを取り落としかけて、慌てて紙皿に置く。

「な、なんで? どうして?」

「私は昔から、職人としてのオウキのファンで……彼が独り身であるなら、そばで家事などして手伝いができたらと思った。それには結婚するのが良いのだろうと……」

「それ、いつのタイミング……?」

 父はシェルほどではないが魔術学府との相性が良くない。魔術の工芸屋たちの会合に出ることもほぼない。

「フランスの学府で利権や派閥の絡まない集まりで工芸品のマーケットを開くというので、行ってみたらオウキが参加していた」

 その時はまだ俺が機械から出てきていない時だ。なのだから知らなくて当然ではあるが……心が燻る。

「前々からファンだったから、挨拶をして……マーケットの後片付けをした後にプロポーズを」

「……。返事は?」

 彼女は苦く笑った。

「オウキは『妻がいるからごめんね』と……愚かな私を優しく宥めてくれた」

 父なら、そう答えるだろう。

 リナリアから場所を教えてもらって以来、彼は体調が良い休日には花束を持って墓参りに行く。

「その目を見て、彼が今でもただ一人の女性を愛しているのだとわかった。私の『好き』という感情が中身のないはりぼてのようなものだということも、比較してわかってしまった」

 ルピネちゃんの青い瞳に涙が浮かぶ。拭いながら話し続ける。

「心の構造を見る術者に相談したところ、私は他者への好意に種類がないのだそうだ。数値の大小しかなく、一次元ベクトルの愛情。なので、結婚のことも、悪く言ってしまえば政略結婚のように考えていて……『私のことを父母が心配しているし、オウキにとっても悪い話ではないだろう』と素で思っていたら。それを聞いた父母がまた、雷に打たれたような顔をしたんだ」

「……」

 彼女のご両親は、結婚を個人同士の関係の結びつきだと考えている。時代として、家の事情で政略結婚になってしまったとしても、お互いを思いやるべきだと考えている。

 彼女のように結婚を記号だとは思っていない。

「ノクトにも驚かれて、『父様母様のことそばで見ていてください』と言われ、私は自分の欠陥を自覚した」

 彼女はサンドイッチに手をつけていない。……自分が告白したことで彼女を落ち込ませている。

「だからもし、あなたが……本当に私を愛してくれているのなら、申し訳ないと、思う」

「…………」

「私はあなたと釣り合う存在ではない」

 何を言っているんだろう、彼女は。俺の方こそ彼女と釣り合わないのに。

「聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」

「……?」

 そういえば、聞けたことがなかったから。

 聞く勇気がなかったから――

「ルピネちゃんは俺のこと好き?」

「っ」

 彼女は泣きそうな顔を赤くしたが、すぐに凛として答えた。

「好きだ」

「どれくらい?」

 決して『どういう風に』とは聞かない。……聞くべきではない。

 答えてもらえたとて、そんなのは俺の自己満足。彼女を傷つけるだけならする意味のない質問だ。

「家族と同じくらいには好きだ」

「ルピネちゃんは誰でもそれくらい好きになる?」

「あなただけだ」

 こっちが口説こうとしているのに、さっきから豪快なカウンターを喰らいまくっている。

 耳まで熱い。

「いつもそばにいてくれる対等な友人は……あなただけだった。魔法学校でも、プライベートでも……」

 ルピネちゃんは確かに男女関係なくモテる。

 でも、長く付き合おうとするうち、気付くのだ。

 彼女にどれだけ好意を見せようと――彼女は鏡のようにそれを返すだけなのだと。

「でもその好意は、父母やきょうだいに向けるものと何も変わらない。友人や生徒へのものとも……私にはわからない。……種族もアーカイブも分類不能……弟にさえそう名乗らせて、私は」

 タウラは意外とシスコンで、ルピネちゃんが周囲から浮かないように動いている。魔術学府でも権謀術数を駆使してルピネちゃんの印象を調整している。

 そのせいで、彼の本当の神秘分類を知っているのはローザライマ家しかいないくらいだ。

「分類不能の何がダメなの?」

「……」

「俺はルピネちゃんがいいんだよ」

 探査が終わったドローンが戻ってきた。回収のためにベンチから立ち上がる。

「……キミが俺のことを家族くらい好きだっていうなら、俺はルピネちゃんの家族になりたい」

 赤い顔を見られたくなくて、仕事に向き合う。

「返事はいつだっていいよ。いつまででも待つから」

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