第12話:ふと沁みることがある

 朝食を食べ終えたら、シェル先生が転移で学校に送ってくれた。

「……」

 いつもより早い7時半に到着したあたしは、姿勢を正して目の前の男性に向き直る。

「おはよう、ツッチー先生」

「ツッチーはやめろ」

 あたしが進路指導室にぽっかり現れたのを見ても驚かない。さすがは予知能力者。

「よっす、藍沢」

「ちゃんと来たわよ」

「治ったか。インフル侮ったらあっという間に体力も気力も全滅するからな。30越して来たら気をつけろよ」

「不吉なアドバイスやめてよ……」

 自分が歳を取っていくのかどうかもわからないのに。

 クククと意地の悪い笑いをこぼす土田先生に、会えたら言おうと思っていたことを伝える。

「あたし、座敷童です」

「……予知で知ってる」

 予想してた。

「あなたには直接自分から言うべきだと思ったの。たとえあなたがあらかじっているのだとしても」

 擦れて軽薄な性格のあたしが示せるせめてもの誠意だ。

「そーかい、そりゃどうも」

「今までありがとう」

「おう。東京行っても元気でやれよ」

「頑張ります」

 ひらひらと手を振る彼に深く一礼して、進路指導室を出た。



 4階に向かうと、エマちゃんと話していた京があたしを見て、ぱあっと笑って手を振った。

「佳奈子っ」

 駆けてきてあたしの手を握る。

 超可愛いなこいつ。コウが惚れるのもわかる。

「うん、佳奈子よ」

「元気になったんだね。良かった……」

「心配してくれてありがとね」

 京やコウ、エマちゃんからもお見舞いに行こうかとメールをもらっていたんだけど、あたしに余裕がないし、この時期に伝染しても悪いしで遠慮してもらっていた。

「ミサッキー、うちを置いてかんでよ」

「ご、ごめんエマちゃん」

 京の足は速い。それなりの距離でも一気に辿り着いてしまう。

 置き去りにされていたエマちゃんが、遅れてあたしの前に来た。

「よ、佳奈子。元気そうで安心したぜ」

「ありがと。……エマちゃん、専門学校合格おめでと」

「なんだ知ってたんか……祝ってくれてありがと」

 京からメールで知らされた。

 彼女はレベルの高い学校に挑んでいたそうだけど、筆記試験も面接もきっちりこなして合格している。

「明日、喫茶店でお祝いしようと思ってるんだ。佳奈子もどう?」

「もちろん参加させてもらうわ」

「いいってのに」

「私が3年間お世話になったお礼だよ!」

 京は胸を張って宣言してから、あたしに微笑む。

「来てくれて良かった」

 あー、こいつほんとかっわいいなあ。

「……コウとの仲は進展した?」

 前に匿名掲示板で相談していたのを知っている。

「っ。ど、努力しております……」

 エマちゃんもニヤニヤして京をいじる。

「ミサッキーったら、昼休みになるたびもりりんとこ行くんだぜ。そんで弁当のおかず交換し合ってんの」

「ラブラブね」

 インフルさえかかっていなければ、その場面をこの目で見たかった。

「え、エマちゃんっ!」

「あんたが幸せで嬉しいよ」

「ん……あ……ありがとう……」

 コウめ。こんなに可愛い京を放っておいたら許さないんだから。

「ところで周りも気付いたの?」

 京は有名人だ。

 可愛くて優しくて、頭も良くてスポーツ万能。人気投票で3年連続一位になるなんて彼女しかいない。

「一縷の希望を抱いていた特進男子どもが崩れ落ちてたよ」

「……でしょうねー」

「でも、涙を飲んで応援してる」

「?」

 エマちゃんが苦笑気味に、京の方を指差す。

 息を切らしてやってきたコウに駆け寄る京を。

「だって、どう見たって……ミサッキーをあんなに幸せな顔にさせられるのは、もりりんだけだしね」

「……そうね」

 あの二人が揃うと、空気が暖かみに満ちる。

 いつかキスできるといいね、京。

 話しているうちに登校してくる生徒も増えたので、京とエマちゃんと別れてコウと一緒に3の5教室に入る。

「はよー」

「おはよー」

 改めて挨拶。

「遅刻常習のあんたがこんなに早く来るなんて」

「うっせー。……先生方に『卒業式まで毎日必ず8時前に来ます』って宣言させられたんだ」

「ぶふっ……」

 噂ではあたしが寝込んでいる間にも何やら遅刻したそうだから、仕方のない対応だ。

「前の遅刻は俺だけのせいじゃなかったんだよー……」

「じゃあ誰のせいなのよ」

「女神様」

「……コウ、病院行ったら?」

「ひっどいな佳奈子は」

 コウは困ったように苦笑していて、本人も信じてもらおうとは思っていないみたいだ。

 ジョークを飛ばすにしても、女神様はないでしょ。

「けっこう苦労したのに」

「でしょうね」

 昔から巻き込まれ体質だった。中学時代の登校途中に、転んで泣いてる迷子を自宅に送り届けていたりだとか。そのときは、自分が登校していたことさえ忘れていたらしく、迷子くんのお母さんに学校に送ってもらっていた。

 お人好しを極めているから、女神様とやらのことも手助けしたのでしょう。

「まあいいけどさ。体調大丈夫なんだな」

「ん」

 差し出された拳に拳を軽くぶつける。

「昨日、シェルさんたちが俺のとことばあちゃんとこにお土産持ってきてくれたよ。なんでも、『佳奈子を心配しているだろうが、他人の自分たちが入り込むことを許してほしい』だとか」

「あの人すごい律儀なのよね……」

 おばあちゃんに会うときは『孫娘を預かるのだから』と必ずお土産を渡すし、前はおばあちゃんの家の大掃除をご家族みんなで手伝ったりしていた。

 ローザライマ家の皆さんは平均すると頭はおかしいが、礼儀をしっかり通す人ばかりだ。

「お世話になったんならなんかお礼したらどうかな」

「……先生の好物、イチゴしか知らない」

 毎回毎回イチゴばかりなので、たまには違うものも食べてもらいたい気がする。

「お蕎麦好きだよ」

「なんで知ってるのよ」

「前、ひょんなことでお世話になって、シェルさんと末っ子ちゃんたちにご馳走したんだ」

 家事能力に比例するコミュニケーション能力の高さが凄い。

「鶏肉とネギと卵で月見蕎麦にしたら、おかわりまでしてくれたし」

「…………。考えてみるわ」

 シェル先生も末っ子ちゃんたちも、あまり量を食べないしけっこうな偏食。よほどの好物でなければおかわりなんてしないだろう。



 卒業式練習というやつは、なんとも堅苦しい。

 立ち上がるタイミング、お辞儀するタイミング……みんなで合わせなければダメらしい。

「……」

 実はあたしは、これまで卒業式という行事に出席したことがないのだ。

 ものすごい疲れた。

「佳奈子、大丈夫か……?」

「うん……」

 昼休みになれば、あたしは緊張感と疲労感でぐてっとしていた。

 こうなることを見越して、アネモネさんは小ぶりにまとまったおにぎりを持たせてくれたのだと思う。ぱくぱくと食べられる。

「もう保健室行っちゃった方が良かねーかのう……寝込んだら体力落ちるしさー」

 フラグが『ほい、差し入れー』とゼリードリンクを渡してくれる。

「うう……でも、あたし練習に参加したのさえ今日が初なのに……」

「しゃあないと思うよ。無理して本番出れない方が本末転倒だしさー」

「そうだよ。それに、午後の練習は午前の通しのおさらいみたいなものだから。起立とお辞儀が必要なところの確認」

「なんなら、後でまとめてメールで送るよ」

「明日の練習もどうせおんなじことするんだし、回復優先でいこう」

 コウも京もエマちゃんも、みんな優しい……

「じゃあ……今日は保健室行っちゃうね」

「行ってら」

「私、送るね」

 京が腰を浮かせかけたのをエマちゃんが制する。

「彼氏といちゃついてな」

「っ……はう……」

 癒されるなあ、京。向かいのコウがさりげに赤い顔で慌てているのも、新鮮で面白い。

 手を振ってからエマちゃんと教室を出る。

「送ってくれなくても、平気なのに」

「意外と健康優良児なあんたが青白い顔してっと心配になるんよね」

「……」

「高校入ってからズル休みは何度かありそうだけど、あんた普段は風邪なんか引きよらんでしょ?」

「う、うん……」

 記憶にある限り、今回以外で自分が病気になったことはない。

「エマちゃん、何で知ってるの?」

「…………」

 彼女はなぜか顔を赤くしている。

「?」

「あんたが、不登校にでもなったら、嫌だから。出席してるかどうかだけ、毎日確認を……」

「……。エマちゃんって、凄いお人好しね」

「だ、だってさ、あんな……」

 足を止めて、ぐしゃぐしゃとショートの髪をかきあげる。

「……うちはそんなにお人好しじゃない。ただ、ずっとこれまで……あんたが学校でひっそり隠れ続けてたのが……後悔が、残ってて」

 あたしが女子たちと衝突した時、間に入ってくれたのは彼女だ。

 その勇気と、態度最低なあたしのことさえ気にかけ続けてくれた優しさこそが、人の好さだと思う。

「ありがとう」

「……どういたしまして」

 また歩き出す。

 保健室の前で、彼女と別れた。

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