対抗戦、パドック 1

 ぽんっ、ぽぽんっ。


 港町シービスタの風物詩、南北対抗戦の開催を告げる火花魔術花火が打ち上げられ、澄み切った青空に白煙が舞った。


 詰めかけた人々から、景気のいい歓声が上がる。


 早朝から始まったお祭り騒ぎは、今が最高潮ピーク

 特に、今年は南北の命運を決するだけに、各々の町の住人は、熱狂的な盛り上がりぶりを見せていた。


 スタートは貿易港の北端、そこから町中を経由して南北を隔てる壁沿いに東へ、そこからぐるっと町の外周を回って西に戻り、南端の漁港がゴールとなる。

 距離にしておよそ10キロ。起伏こそ少ないが、狭い路地に曲がりくねった道なりと、乗り手の技量が試されるコースだ。


 スタート地点には、観客の人垣に囲まれて、すでに30頭近い出走馬がスタンバっていた。

 騎手も騎馬も、人の熱に当てられて興奮気味だ。鼻息が荒い。


 そんな中、ひときわ目立つ人馬がいた。

 純白の体毛に躍動に満ちたしなやかな肢体、翡翠色のたてがみを持つ見事な白馬。

 その背に跨るは、全身白で統一した騎手服に仮面を被り、白金色の髪プラチナブロンドを結い上げた男装の麗人。


 いかにも煩雑とした港町において、そこだけ壮麗な絵画として描き抜かれたような趣があった。

 一部の若い女性陣からは、黄色い声が上がっている。


 騎手が馬のたてがみを撫でつつ、耳元に顔を寄せて、何事かを囁いていた。馬もまた、応えるように小さく嘶いている。

 きっと、出走間際の愛馬を慮って、慈しみの声をかけているのだろう――実に絵になる光景に、見物客からも熱い吐息が漏れている。


「……ちょっと。昨日の問題は大丈夫なんでしょうね? 当日に参加をねじ込んだんだから、これで途中リタイヤとかやめてよね(ひそひそ)」


「ええぃ、たてがみを引っ張るな。ってか、抜くな。盛大に丸投げしといて、なんも苦労してない奴に言われたかねー(ひそひそ)※馬語」


「なに言ってんの、これは役割分担でしょ。わたしはわたしで、今日に備えて対策してたんだから(ひそひそ)」


「ほお。ちなみに訊くが、なにやったんだ?(ひそひそ)※馬語」


「うん。昨晩はしっかりと睡眠をとったから、体調ばっちり(ひそひそ)」


「つまり、寝てただけだと。いい度胸だ、後でしばく(ひそひそ)※馬語」


 角なし一角獣馬ユニコーンに擬態した颯真と、レリルのコンビである。


 遠目からの夢想を打ち破る、あんまりな会話だった。


『え~、では~、今回の出場者のご紹介をさせていただきます~』


 スタートを目前に、出場メンバーが順番に拡声魔導具スピーカーでその所属とともにアナウンスされた。


 北の貿易港所属では、北の住人からは声援が、南の住人からはブーイングが巻き起こる。

 南の漁港所属ではその逆で、いかにもな対立の構図がわかりやすい。


「そういや、レリル。参加登録はどうしたんだ? やっぱ、本名?」


「ばっかねー。これは本来、領民のためのお祭りイベントよ? なるべくなら、水を差したり萎縮させたくないから、介入は控えたいのよね。ま、今回は事情があってこうなっちゃったけど。だから、せめてもってことで、これなわけ」


 レリルが変装用の仮面をつつく。


(だから、なんでこいつはこれでバレないと思っているんだろうな……?)


 そこがどうにも不思議なところだ。

 仮面くんも、そんなに効果を過剰期待されると迷惑だろう。


 ただ、それは置いていても、領民のためをと思う気持ちは、颯真とて素直に称賛できるものだ。


「へえ、レリルも少しは考えてるんだな。俺はてっきり、負けたときに正体バレてたら恥ずかしいからとか、んなちっちぇーことかと」


「…………そんなわけないじゃない」


「図星なんじゃねーか」


 レリルが明後日の方向を向いている。

 台無しだった。

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