獣馬の習性

 元来、獣の走るという行為は、生存競争に由来する。

 狩りにおける、被食者逃げるもの捕食者追うものとの競走だ。

 勝者はその日の糧を得、敗者は命を失う。単純明快なことだろう。


 地を這うことを選んだ種族は、古来より厳しい生存競争を勝ち抜くべく、走るという能力を特化させてきた。

 一概に走る能力といっても、その種類はさまざまだ。中には両立できるものもあれば、できないものもある。


 前者としては、瞬発力ダッシュ持続力スタミナ

 そして、後者としては、機敏性フットワーク最高速度トップスピードが当て嵌まる。


 単なる物理現象だ。

 カーブを曲がる際の遠心力は、速度の2乗に比例する。

 慣性の法則により、速度が上がれば上がるほど、曲がるためにはより多大な負荷が生じる。 

 そのため、機敏に動こうとするほど、その都度減速せねばならず、速度は得られない。


 つまり、曲がることができないというのは欠陥ではなく、両立できないゆえの片方を極限まで突き詰めた結果ということだ。

 そこに在るのは、卓越した最高速度トップスピードを有するに至った証であり、むしろ誇るべきことといえるだろう。


 ――と、颯真がなけなしの知識を振り絞って、責任を免れようと曲がれない理由を図解してまで力説したのだが、レリルの返答は顔面スリッパだった。


「言い訳はやめなさいよ、颯真。ったく、男らしく――馬らしくないわね!」


 何故言い直したのかは不明だったが、実際のところ、かなりまずい状況だった。


 颯真も試してみて初めて知ったのだが、この一角獣馬ユニコーンという魔獣は妙な生態を持っていた。

 普通、ゆっくり移動すれば”歩く”、徐々に速度が上がるにつれ、”早歩き”、”小走り”、”走る”というふうに段階を経ていきそうなものだが、この魔獣は”歩く”の次が”全力疾走”なのだ。なんたる両極端。


 しかも、いったん走り出すと、駆け出しから最高速に達するまではほんの数秒とくるものだから、実に偏った走行性能――さながら地を走るロケットである。

 正直、競走という点では、他の追随を許さないだろう。

 ただそれは直線であれば話で、入り組んだコースを走るにはまったく不向きだった。


 一言でいってしまうと、勝ち目なしなのだ。てへ。


「これで横から優勝を掻っ攫おうなんて、無理があるんじゃないか? きっと南北の連中も、勝つ自信満々なだけにいい馬を用意しているだろうし。俺だって、負けてレリルが恥をかくのを見たくねーよ。悔しいが、今回は諦めようぜ、な?」


 颯真はそっとレリルの肩を抱き、宥めに入った。

 やさしく気遣う視線――そこに秘められた心情とは。


「颯真……あなたの気持ち、よくわかったわ……」


 レリルはわずかに瞳を潤ませて、肩に置かれた颯真の手に、掌を重ねた。


「わかってくれたか、レリル……」


 参加するのがレリルだけなら、負けても自己責任、颯真としては見かけだけでも同情しておけばいい。

 しかし、颯真まで参加して負けようものなら、全責任を押し付けられるのは目に見えている。

 勝つ見込みがあるのならいいが、それが潰えた今となっては、まず確保すべきは自身の保身である。


 颯真の真摯な瞳の奥には、そんな明け透けな打算が見え隠れしていた。


「……逃さないからね、颯真?」


「およ?」


 感激しているのかと思いきや、レリルの額にはしっかり怒りマークが浮かんでいた。

 掴まれた手から、ぎりぎりと音がしている。


「こうなったら一蓮托生。死なば諸共よ。明日は出走する、そして勝つのよ!」


「ど、どうやって?」


「……ふぅっ」


 不意に、レリルが小さく息を漏らした。立ち上がり、乗馬の練習のために結いていた髪を解く。

 たちまち、夕日に輝く白金髪プラチナブロンドが風に攫われ、幻想的に宙を舞った。


 髪を押さえながら振り返ったレリルは、えもいわれぬ慈愛に満ちている。

 穏やかな笑みをたたえて、レリルは颯真に囁きかけた。


「わたし、信じているもの。颯真なら、どんな苦境でもきっとなんとかしてくれるって。わたしも、少しでも颯真の力になれるよう、祈っているわ」


 それって、俺に丸投げということでは――


 と、颯真が発するよりも早く。


「それじゃあ、明日はお互いにベストを尽くしましょう! 万一にもないとは思うけど、もし負けたりなんてしたら……そのときは色々と覚悟しておいてね♪ アデュー」


 レリルは颯爽と身を翻し、別荘へと去っていった。


 ひとり立ち尽くす颯真だけが、丘に長い影を残していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る