港町シービスタ

 シービスタの港町の石畳を、颯真とレリルは連れ立って歩いていた。


 シービスタにはふたつの港がある。


 そのひとつは、大昔から続く漁港であり、その名の通り漁業が盛んな場所だ。

 まだ港というより船着場程度の規模だった頃から、男衆がいくつもの小船で漁に出て、女子供衆が獲ってきた魚を捌いたり塩漬けにしたりと加工するような、規模や設備こそ比ぶべくもないが、そういった昔ながらの風景が今もなお続いている。


 もうひとつは貿易港として発展した場所であり、大型の船舶が停泊し、荷の積み下ろしや買い付ける商人でごった返す、物資の流通の拠点だ。

 需要の拡大と共に規模も拡大し、今では近辺海域での一大拠点となっている。


 前者は南側、後者は北側に位置しており、同じ港町でありながら、南と北では雰囲気も客層もずいぶんと異なる。

 シービスタ内では『南漁業の北貿易』と呼ばれており、単に『南』『北』で意味合いは通じる。


 そして、町の東部は、北と南で働く者の居住区や、観光客目当ての商店が軒を連ねている。

 北の貿易港の規模の拡大に伴ない、東部も拡大し、年々町は北東へと拡がってきている。


 颯真たちが訪れているのは、この南の漁港のほうだった。

 北は主に商売人が訪れる場所であり、観光客が見て面白いところがないのと、単純にレリルの別荘がある避暑地は漁港のさらに南に位置しているため、近いからというだけだ。


 漁港は朝が早く、昼日中もとうに過ぎたこの時間では、港に繋がれた漁船が並ぶだけで、漁民の荷揚げ風景や威勢のいいせりの掛け声を見聞きすることはできない。

 しかし、昼頃からは、眠っていた屋台街が目を覚まして取って代わり、港近辺は一転してB級グルメ街と化す。

 近頃ではこれがまた人気で、このB級グルメが目当ての観光客まで出てきたほどだ。


 颯真とレリルのふたりが散歩しているのはこの屋台街で、町に入ってものの数分だが、すでにレリルの両手にはそれぞれ串が握られている。

 小粒な貝を煮詰めたものを刺した串と、さく切りした魚のブロックを豪快に照り焼きにした焼き串だ。


 もはや散歩ではなく食べ歩きだったが、ご相伴に与る颯真にとっては文句はない。

 颯真もまた、同じ串を握っている。


 見た目はすごく美味しそうなのだが、元がスライムボディの颯真には味がしない。

 食べると満足感だけは得られるのだが、元々味という概念がないであろうスライムならまだしも、人間として美味を味わったことがある颯真にとっては、過去の経験から味が推測できるだけに、物足りなくはある。


 レリル曰く、『漁港ならではの潮の香りと魚の生臭さに、屋台料理の香りが相まってすごい匂いとなっている』そうで、『でも慣れてくると、癖になってそれがたまらないのよねー』との、なにやらマニアック発言をしていたが、鼻が利かない颯真にはピンと来ない。


 食事の大事な要因ファクターである味覚と嗅覚。スライム状態ならともかく、人間形態では感じても良さそうなものだが。

 今後の颯真の重要な課題でもある。


 今のところは味がしないので、颯真の興味はどちらかというと味より量という感覚がある。

 もちろん元日本人としては、”豪華”だの”高級”だの”珍味”だのという肩書きに弱い面もあるのだが。


 港町だけに、町中にはおこぼれを狙う小動物も多く住み着いている。

 先ほどから道すがら視界を横切る猫っぽい生き物を、颯真は幾度となく見かけていた。


 日本人には猫には魚というサザ○さんイメージがあるらしいが、猫は元々肉食で、元来、魚はあまり食べないものらしい。でも、シービスタは日本猫に近いようで、魚を餌に繁殖しているようだ。

 まあ、なにが言いたいかというと、道行く猫を見つめる颯真の視線が、獲物を見る狩人ハンターになっていても、それは仕方がないわけで。


(猫……でも、愛玩動物ペットの犬猫の類は抵抗あるかなぁ……うちも以前は犬飼ってたし)


 などと、山まで狩りに行かなくても食料豊富な港町の風景を見て、苦悩する颯真であった。


どうしたの、颯真ろうひたの、ほーま? 難しい顔しちゃってむふかひいかほひひゃっへ?」


「口いっぱいに頬張って喋るな、子爵令嬢。別に大したことじゃなく、今後何食うか悩んでいるところだ」


 レリルはむぐむぐと口を動かして、必死な表情で口の中の物を飲み下していた。


「ふぅ。わかるわ。これだけいろいろ美味しいものがあると迷っちゃうよね」


 意味合いが少し違うけどな。


「ほんと、太っちゃいそうで困る」


 と言いつつ、新たな屋台を見つけて即座に駆け込むレリル。


 なんというか、親戚の子を縁日に連れてきたかのように微笑ましい光景だ。

 ただ周囲を見回すと、屋台の店主や通行人も、同じような視線をレリルに向けている。


 ああ、こうして温かく見守られるようになるんだな、と颯真は納得していた。


 屋台であれこれ懸命に注文しまくっているレリルを、道路の端で颯真が待っていると、なにやら背後から服の端をものすごく引っ張られている感触があった。

 颯真の場合、人間形態での服も擬態の一部だ。つまりは身体の一部なわけで、服を引っ張られるのは腕や指を引っ張られるのと変わらない。


(なに、このデジャヴ……)


「お待たせー」


 レリルが幸せそうな顔で、両手に厚手のハンバーガーっぽいものを握って帰ってきた。


「……なにしてんの?」


 颯真が微妙そうな表情をしているのでレリルが訊ねると、颯真は無言で背後を親指で指差した。


 颯真の背後から声が聞こえる。レリルの立ち位置からでは、颯真の身体が邪魔をして隠れて見えないが、ずいぶん幼い声だ。


「うーん! ううーん!」


 颯真の肩越しにレリルが覗き込むと――そこには、一生懸命な顔で、颯真の服の裾を引っ張る幼女の姿があった。

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