幼女再び
「……なにしてんの、颯真?」
すごいじと目でレリルが颯真を睨んでいた。
それもはもう、「なにこの犯罪者」と言わんばかりの目で。
「いやいや、おまえにはこれが俺がなにかしてるように見えるのか?」
「お巡りさん、こいつです」
「やめんかっ!」
というか、やめて。
「うーん! ううーん!」
相変わらず幼女――アデリーは、親の仇とばかりの勢いで、颯真の服を引っ張り続けている。
「ええ加減にせい」
「あうっ」
颯真が洋服の襟首掴んで引っぺがすと、アデリーはあっさりと手を離し、颯真のなすがままに宙にぷらぷら浮いていた。
あれだけ熱心だった割りには、特にこだわりはなかったらしい。
「おぉーう、飛んでる!」
「うむ、飛んではいないな」
颯真がそのまま地面に降ろすと、アデリーは心外とばかりに頬をまんまるに膨らしていた。
「もっともっとー! そーまー!」
両手を掲げての催促が堂に入っている。甘え慣れているというべきか。
(ふっふ、誰もが幼女に甘い顔すると思うなよ。人生の厳しさを知るがよい)
断固拒否とばかりに腕組みをして、ふふんと鼻を鳴らして見下ろす。
たかが抱っこを人生と同義にする大人気ない颯真であった。
そのとき、ふと気づく。
(あれ? 俺、この姿のときに名乗ったっけ?)
颯真がアデリーと出会ったときは、颯真は馬――
「またお馬たんして! お馬たん! ぱっかぱっかって」
しかしながら、どうにもアデリーには颯真=馬と同一に認識している節がある。
「で、どういう関係なの? こんないたいけな幼女と。ずいぶんと懐かれているようだけれど?」
(うーん。ま、いいか)
レリルの声に、颯真はとりあえず考えるのをやめた。
いずれにせよ、たいした問題でもない。
「こっちに来たときに一度偶然に会って、そんとき遊んでやっただけだ。名前はアデリーだっけか」
「へー、アデリーちゃん。可愛い名前だね」
レリルはアデリーの目線に合わせてしゃがみ込み、親しみ深いにこやかな笑みを浮かべてその艶やかな金髪を撫でていた。
いかにもできるお姉さんっぽい対応に、子爵令嬢の正体を知っている颯真は、「馬鹿な、あのレリルが」と驚嘆する。
「身なりもいいし、どこかの貴族のご令嬢かな?」
背後でそんな失礼なことを思われているなど知る由もないレリルは、笑顔でアデリーをあやし続けていた。
可愛がられることにも慣れているふうのアデリーは、撫でられることも好きらしく、むしろ撫でやすいように頭を突き出していた。
その様は、人が来るとすぐに引っくり返って腹を出し、撫でてと催促する子犬の仕草によく似ている。
「ずいぶん落ち着いているし、迷子ってことはないかな。こんな子が独りで町中にいるってことは、私たちと同じ貴族の屋敷から来たのかもね」
「前に会ったときは、ねーちゃんがいたみたいだぞ?」
「そうなんだ」
レリルは頭を撫でつつも、首を傾げていた。
「……うーん。なーんかこの子、どっかで見たことあるような……会ったことがあるっていうより、誰かに似てるのかな? 誰だろ?」
「いや、俺に聞くなよ」
レリルはそれから数分も頭を悩ませていたようだが、結局、思い出すのを諦めたようだった。
「アデリーちゃん、よかったらこれ食べる? 颯真の分だけれど」
『颯真の分』というところを強調して、レリルが膝に載せていたハンバーガーの包みをアデリーに手渡した。
「おおい」
アデリーは頷いて受け取ったはいいものの、包みを両手で握ったまま、不思議そうに引っくり返したり下から覗き込んだりしている。
「あれ、わかんない? こうするのよ」
ばりっと包みを破いて中身のハンバーガーを取り出すと、食べやすいように包み紙を半分残し、アデリーに握らせた。
作り立てで、まだ湯気の立つ温かそうなパテと彩りの野菜、中から覗くフライに、アデリーの表情は途端に満面の笑顔になる。
一瞬、どうやって食べたらいいのか、躊躇したアデリーに、レリルは自分の分を大げさにかぶり付いてみせた。
アデリーは安堵して、お手本を真似てかぶりつく。
明らかに食べ慣れていない様子で、あふれ出たソースで口の周辺や手をべとべとにしていたが、実に嬉しそうだった。
そんな少女ふたりの和気あいあいで、ほのぼのとした風景を眺めながら、颯真は元自分の分だったハンバーガーがフィッシュバーガーだったことに気を取られていた。
食い意地だけは人一倍だった。
間食を終え、散策に戻った颯真の肩には、なぜかアデリーが乗っている。
「お馬たーん。お馬たーん」
お腹も膨らんだおかげか、すこぶるご機嫌だ。
アデリーの姉や知り合いが周囲におらず、まさか放置してもいけないふたりは、とりあえずしばらくは行動を共にすることにした。
もともと、目的のないただの散歩だったからには、連れが増えても、特に問題もない。
まあ、唯一の問題を挙げるなら、アデリーが颯真の髪を手綱よろしく、むっちゃ引っ張っていることくらいだろう。
そうして、ひとり増えて、3人連れになった一行は、シービスタの町並みの散歩を続けるのだった。
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