任務は尋ね人

 ネーアの勧誘はしつこく何度か続いたが、颯真が首を縦に振ることはなかった。


 いい加減、煩わしくなって逃げ出そうかと颯真が本気で思案し始めたところで、ラシューレ家の侍女が、新たなお茶とお茶請けを運んできた。


 今度は、先ほど颯真に出されたよりも、明らかに高級そうなお菓子だった。

 町で流行りの新作というのは、運んできた侍女の弁だ。


 颯真は無言でソファーに座り直し、レリルとネーアも席に着いた。

 暗黙の了解で一時休戦となる。


「それでネーアたち宮廷魔術師団は、結局なんの調査で来たわけ? 王都からでは、このリジンの町なんて、辺境もいいところでしょう?」


 一息吐いて、唐突に思い出したように、レリルがネーアに問いかけた。


 それを受けたネーアは、肩をこけさせ、危うく飲みかけのティーカップを取り落としそうになり、わたわたしていた。


「……呆れた、レリルちゃん。さっき、カミラン団長の話していたとき、”委細承知”って言ってなかった? あれはなんだったの?」


「んー、話の流れで、つい。本当はお父さまからの手紙、めんどくさくなって最初のほうしか読んでなかったから……だって、お父さまの手紙って、毎度長いんだもの」


「はぁ。なんというか……2年前と変わってないね、レリルちゃん」


「そ、そう? えへへ」


(褒められてねえだろ)


 颯真は声には出さずに突っ込んだ。彼は今、お菓子を貪り食うのに忙しい。


「ひとつはね。闇昏き森デ・レシーナでの調査。調査内容は機密だから話せないけれどね。あの森には、この町が1番近いでしょう? その関係で、こちらで拠点を構えることになったの」


闇昏き森デ・レシーナって、あの? あそこって、とびっきりの危険区って有名じゃないの! 大丈夫なの?」


「だから調査団は、宮廷魔術師と随伴騎士との混成団なの」


「そうじゃなくって! ネーアが大丈夫かってことよ」


「ああ、そういうこと。でも大丈夫。わたしはそちらの任は外されているもの。もともと、わたしみたいな新人が選出されたのも、ラシューレ家と縁深かったから、交渉を円滑に進めるためのおまけみたいなものだったから。今回のわたしの任務は別行動で、町中での人捜し」


「なーんだー、そっかぁ。よかった、心配させないでよ」


「ごめんね。心配してくれて、ありがとう」


 少女ふたりの友情による微笑ましい光景だった。

 隣で一心不乱にお菓子の空き皿を積み上げる、颯真の姿がなければだが。なにか、いろいろ台無しだった。


「人捜しなら、人手がいるんじゃない? わたしでよかったら、力になるけど」


「……ちょい待ち。その”たち”ってのに、俺は含まれちゃいないよな?」


 聞き捨てならない台詞に、さすがの颯真も食べる手を止めた。


 レリルはきょとんとして颯真を見ると、


「え? 他に誰が?」


 事も無げに断言した。


 思わず颯真は食べかけの皿を投げ出して、ソファーから立ち上がった。


「いやいやいや。”なに当たり前のこと訊いてんの”、みたいな感じで言ってんだ?」


「なに当たり前のこと訊いてんの? 馬鹿じゃない?」


「うわ、本当に言いやがった! しかも最後余計だよ! 俺たち、縁もゆかりもない、たった1時間前まで見ず知らずだった相手だぞ?」


「だからなによ。男が細かいことを。訳わかんない」


「わからんのはこっちだ!」


「はいはい。謝礼は出すから。これでいいでしょ。ね?」


「なんで俺のほうが、駄々こねてるみたいな扱いになってるんだよ!? 謝礼はもらう! けど、さっきの分だ! それ受け取ったら、おさらばだ!」


「じゃあ、謝礼+豪華フルコースの食事を付けるけど?」


「承ろう」


 颯真は即座に着席した。


 森に戻って狩りをするにも腹は減る。食えるときには食っておきたい。

 しかも、”豪華”であり”フルコース”なのだ。

 人間時代、平凡家庭でそういったものに縁がなかった颯真が、ここは是非とも物にしておきたいと考えるのは、仕方のないことだった。


 そう、仕方ないことなのだ!


「……あなた方、本当に今日が初対面だったのですか? なぜか息ぴったりのような気がするのですけれども……」


『気のせい


 返事すらハモっていたが、ネーアはもう指摘しなかった。大人の判断だった。


「正直なところ、人手があるに越したことないので助かります。我々が捜しているのは、この人物です」


 ネーアがローブの下から取り出したのは、1枚の似顔絵――手配書だった。


「すでに町中の各所には張り出しています。故あって名前は記載していませんが、ご協力いただく手前、おふたりにだけはお教えします。この者の名は――ジュエル・エバンソンです」


「ジュエル・エバンソン、って……」


「そうよ、レリルちゃん。、ジュエル・エバンソンなの」


 ふたりは息を呑んでいる。


「誰、それ?」


 悪い意味で有名そうな口ぶりに、当然ながら異世界こちらの世情に疎い颯真なので、とりあえずレリルに訊ねてみた。


 レリルは深呼吸してから、緊張した面持ちでゆっくりと視線をネーアに向ける。


「……ネーア。誰だっけ、それ?」


 古典的な作法で、ネーアがソファーから滑り落ちた。


「ええ!? 本当に知らないの? レリルちゃん、貴族だよね? 国の歴史上、すごい著名人だよ!? 貴族の責務として、そこは知っておかないと!」


「いやー。なーんか、聞いたことはある気がするんだけどねー。あはは」


 照れくさそうに頭を掻くレリルは、いろいろ残念すぎた。


「かつての魔導の権威! 近代魔導の祖! 先々々代の宮廷魔導師長にして、禁忌の魔導に手を染め、追放された魔導士だよ。ほら、狂人エバンソン! 聞いたことあるでしょ?」


 魔導に関することだけに、ネーアはかなり本気マジだったが、対するレリルの顔にはくっきりと?マークが浮かんでいた。


 ネーアによる即席講座が始まったので、颯真は飛び火しないように気配を消した。


(ジュエル・エバンソンねぇ……)


 手配書にはこの世界独特の術でも使用されているのか、絵にもかかわらず、写真のような精巧さだった。

 描かれているのは、かなりの高齢で、白髪白髭の老人だ。

 元来は彫りの深い顔立ちであったろうが、それ以上に深い皺に埋もれてしまっている。

 痩せこけて顔色も青白っぽく、生気が薄いわりには、眼だけが異様にギラギラしていて、人相が悪い。はっきりいうと悪人面。


(はて。どっかで見たことあるような?)


 颯真は手配書を掲げて、似顔絵の顔とにらめっこする。


(ま、爺さんなんて、誰でも似たようなもんか……)


 しばらく悩んでから、そう結論づけたのだった。

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