固有魔法
ネーアはなおも落ち込み中。
これもカルチャーショックというのだろうか。
あまりのネーアのショックっぷりに、さすがに颯真も哀れになってきた。
「う~ん。魔術とか使わなくても、
嘘は言っていない。使う必要がなかったというより、使えなかったが正しいが。
「……そういうことでしたか。恵まれた環境がゆえのことだったのですね」
颯真のフォローに、ネーアも少しは立ち直ったのか、居住まいを正していた。
それどころか、膝歩きで詰め寄り、真摯な顔で颯真の両手をひしっと握り締める。
「それにしても、勿体無いです。訓練もなにもせずにその魔力でしたら、幼い頃から修練を積んでいれば、きっと歴史に名を残せる大魔術師も夢ではなかったでしょうに。でも、今からでも遅くはないと思うのです。どうでしょう、正式に魔術を教わってみるというのは? 颯真さんさえよろしければ、わたしが上に掛け合ってみます。きっと颯真さんならやれます。わたしも協力しますから、一緒に立派な魔術士を目指しましょう。是非!」
大人しそうな性格なのに、ここぞとばかりにぐいぐい押してくる。ついでに乳もぐいぐいと密着中。
口調は穏やかだが、言葉の端々に熱がこもっているのがわかる。
「んー、やっぱ興味ないからやめとくわ」
にもかかわらず、颯真はばっさりだ。
颯真にしてみると、せっかく異世界まできて、学生よろしく勉強する気など毛頭ない。
ただでさえ、煩わしい大学受験からようやく解放されたばっかりだったのだ。
「うう~、そうですか……残念です。実に残念です……」
「あれ? でも颯真。魔術使えたよね? あの熊に変化するやつ」
あ、余計なことを。このポンコツ。
案の定、ネーアの翠緑の瞳に火が灯った。
「颯真さん! どういうことでしょう!? 先ほどは魔術を使えないと――いえ、それは今はいいです。変化というと幻覚魔術の系統ですか?」
「違うと思うよ。男の人たちを盛大に張り手で吹っ飛ばしていたし」
レリルとネーアは顔を突き合わせ、今日起こった出来事を話し合っていた。
当の颯真はそっちのけで、やいのやいのなんだか楽しそうだ。
レリルは身振り手振り交えてネーアに陽気に説明している。
ただ、颯真の記憶が確かならば、レリルはチンピラに捕まって上着を脱がされかけていただけのはずだが、どこにそんな楽しげな要素があるのか不思議ではあったが。
「はぁ~~。また、レリルちゃんはそんな危険なことを……おじさまが聞いたら卒倒しますよ? 颯真さんがいなかったら、どうなっていたことか」
「でも、颯真がいなかったら、そもそもそんな事態にもならなかったんだけどね! ったく!」
(あれ? なんで俺、おまえにディスられてんの?)
「百聞は一見にしかずよ! 颯真、ネーアにも見せてあげて! さあ!」
(そして、なんで俺はおまえに命令されてるんだ……)
言っても無駄そうだったので、颯真は諦めた。
仕方なく、手始めに本来のスライムの姿に戻る。
「あ! スライムだ! 見て見てネーア! スライムだよ、ほらほら!」
「すごい、魔物にもなれるなんて……!」
猪。
スライム。
鹿。
スライム。
狼。
スライム。
連続で擬態を繰り返し、最後に天井まで届きそうな熊の巨体で2人を見下ろす。
その威容に2人は絶句し、熊の颯真を唖然と見上げていた。
そして、スライムに戻ってから、あらためて人間形態へと擬態する。
「って、こんな感じだな」
「すごい……けど、スライム率が高いのはなんでなの?」
「……好きなんだよ、スライムが」
一度、
レリルはやんややんや喝采していたが、一方のネーアは難しそうな顔をしていた。
「なんという再現度……幻術とも異なりますね。これはもはや、魔術の域を超えています。颯真さんはどこの誰にこれを学ばれたのですか?」
「多分、(スライムの)生まれつきかな。学んだり、やろうと考えてからできたものじゃない」
「そうですか。そうなると、これは固有魔法のようですね。それならば納得できます」
「魔法? 魔術ではなく?」
「ええ。魔術とは自然の摂理に則った現象――つまり、要する魔力量で制限があるとはいえ、言ってしまうと正式な手順を踏みさえすると、どのような魔術であろうと誰にでも再現できるものなのです。ですが、魔法は違います。魔物や魔獣が顕著ですが、その種が生来持つ、他者には扱えない特殊能力――それが魔法です。人間にもごく稀に、生まれながらにそういった個人特有の力を持つ者がいます。固有魔法とは、その力を指すのです」
擬態能力は、知られざるスライムの特殊能力。
ならば現状での颯真の固有魔法とも言えなくはない。
「その中でも、颯真さんの固有魔法は驚異です。宮廷魔術師としてそれを活かすというのは――」
「ん。断わる」
颯真の返答は、やはりにべもないものだった。
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