宝石あげる5

「一色だけじゃつまらないよねえ」

「座敷童は着物の色で変わるらしいよお」

「じゃあ、それも考慮してえ……成人式でも使える華やかな絵柄にしよっかあ」

「女の子だもんねえ」

 あははうふふと、先程までのギスギスが幻だったのかと思えるほど和やかに親子は作業している。

 片やエメラルドの妖精は絹の生地を魔法で鮮やかな色に染め上げ、片やシトリンの妖精は出来上がる生地を片っ端から刺繍していく。

 二人の流れと、それぞれの手さばきの両方が神業。

 あり得ない速度で着物が完成に近づいていく。


 あたしの家のリビングで。


「り、りりりリーネアさん……あの二人、止めて……!」

 オムライスを食べてもらったら『お礼するねえ』とユニゾンで言われて、皿をテキパキ片付けるなりすぐさま作業が始まってしまった。

 触れるまでもなく良い生地を使っているし、フローラさんがミシン顔負けの速度で仕上げる刺繍もオウキさんがグラデーションをかけていく生地も、全てが凄まじい。

「いいじゃん」

「あたしは何もしてない。あんなにいいものをもらえるようなことなんて……!」

「そもそもの問題として俺から言っても聞かないってのがあるんだが……」

「コミュニケーション!」

「リアクション面白いなお前」

 全体の生地が出来上がり、着物の形に組みあがり始めた。異様に速い。

「……レプラコーンなのに、和服作れるのね……」

「ばあちゃん、ひぞれの人脈経由で着物職人のところに学びに行ったことあるよ」

「真面目ね」

「ばあちゃんはルヴェニモって家名出身。そこのレプラコーンは、裁縫・料理・掃除洗濯の家事全般が得意な一族だったらしい。貴族の家でよく働いてたとか」

「……道理で」

 うきうきなフローラさんは、作業を始める前の掃除も神業を連発していた。

「これから背が伸びるかもしれないね。ちょっと余裕を持たせておこう」

「伸びるかなあ」

「うふふ。帯を締めるときに調整できるもの。大丈夫よ」

 さりげなく失礼だなあの親子。

「速くない?」

「レプラコーンの伝承なめるなよ。『人間が苦労する作品が一晩で出来上がる』んだぞ。力技で達成するに決まってるだろ」

 力技なんだ……

「染めるとか時間かかるとこは魔法だけどな」

 フローラさんの使う糸は、オウキさんが魔法で染めている。生地もそうだった。

 魔法込みの力技とはいえ、確かな技術がなければ出来ないことだ。

 やっぱり職人さんってすごい。

 ――着物が完成した。

 出来上がるなり仮の帯で着付けられ、ああだこうだ言いながら細かな調整。その調整も異様に速く終了し、今度は本物の帯を巻いて着付けてくれた。

「…………」

 赤から白へグラデーションする生地のあちこちには、花や鳥の刺繍が散らしてあって……あたしの貧困な語彙では表し尽くせない美しさだ。

 職人二人は満足そうにあたしを見ている。

「これであーちゃんの依頼は達成ね!」

「あ、やっぱり?」

「……あーちゃんって誰?」

 二人が口を揃えて答える。

「「シェルだよ」」

「…………」

 あの人どこまで読み切ってるのかな。

「あーちゃんからは赤白としか言われてなかったから、刺繍と帯はせめてもの気持ち! 成人式ででも着て?」

「い、いいの?」

 着心地も思ったより軽くて、お値段がすごそうだということしかあたしにはわからなかった。

「あなたのために作ったのだもの」

 彼女は声を震わせ、着物の袖を指でなぞる。

「夢だったの。なんだっていいから、一緒に……普通のレプラコーンの親子みたいに、同じもの作ること」

 泣き笑いして、オウキさんを見る。

 彼はリーネアさんにもらったタルトを幸せそうに食べている。

「やっと出来た。あなたのお陰で夢が叶ったの」

「フローラさん……」

「だからお礼。受け取って」

「……ありがとう。いただきます」

「おばあちゃんにも見せてあげてね!」

「うん」

「佳奈子、佳奈子」

「?」

 タルトを食べ終えたオウキさんが、口の周りをフルーツソースまみれにしてやってくる。

「拭きなさいね」

「ふゅん」

 フローラさんが世話を焼く。

「どうして拭くの下手なの?」

「殴られてたせいか、頭あたりの皮膚感覚が鈍くて」

 フローラさんが泣き始めた。

「なんで泣くの?」

「……」

「母さん。……」

 抱きしめて何も言わなくなった母の背を、ぽんぽんと撫で始めた。

 リーネアさんも渋い顔をしている。



 ようやく落ち着いた頃、オウキさんがあたしに直方体の箱を差し出す。小さいながらも革張りで、高級感のある箱だ。

「はいこれ」

「開けていい?」

「どうぞ」

 リボンを解いて開く。

 中身は一本のシャーペン。

「…………」

 見た目には何の変哲も無いシャーペンなのだが……何だか奇妙。吸い付くような不思議な感覚がある。

 あたしから発せられる理屈もわからないチカラが引っ張られるような。

 手に取ると、今まで使っていたどのシャーペンより手に馴染む。

「これ、なに?」

「アーカイブの伝導率を高めたシャーペン。これを使えば、もっと長く文字を書けるようになるはずだよ!」

 あたしは魔法を使って文字を書く。

「……あ、ありがとう……」

「最初から使っちゃったら、普通のペンで文字書けなくなっちゃうからね。これは受験用の特別版。普段の練習はいつものシャーペンでやるんだよ」

「わかったわ。訓練ね」

「そうそう」

 満足そうなオウキさん。

 なんとなく、その後ろでリーネアさんがそわそわしているのが気になる。

「オウキさん、何かお母さんに言いたいことないの?」

「っ……」

 図星らしい。

 片付けをしていたフローラさんが顔を上げる。

「? どうしたの、オウキ」

「母さん、父さんは……」

「家で寝てる。……雨浴びちゃったの」

 オウキさんが青ざめる。

「だっ、大丈夫! ちょっとだけ。飲んでまではないから……!」

「俺が、逃げたから……?」

「落ち着いて!」

 慌てて宥めにかかる。

「命に関わるくらいなのね」

「じいちゃんは父さんと同じくらいに不死だよ。……だからこそ、激痛も高熱も地獄なんだけどな」

 死なないことは、必ずしも良いことばかりではないのだなと思った。

 ……それと、オウキさんなりにご両親のことを想っていることもわかって、他人事ながらも嬉しく思った。

「ん、ごほん。……安心したけど、今日はこのままついてくよ」

「……いいの……?」

 今度はフローラさんが泣き出しそうになる。

「うん。父さんにも、謝らなくちゃだし」

「謝るの私たちなのにぃ……」

「泣かないでよ、母さん」

 妖精は《子ども》で、感情を素直に顔に映し出す。

 なんだか微笑ましい。


「俺の余命、あと50年くらいなんだ。親孝行するね」

 ――このタイミングで爆弾発言をするのも《子ども》だから?


「…………」

「待たせてごめん。大学で教授するのも、あと5年で終わる予定だから気にしないで――」

 明るい笑顔で言う彼にフローラさんが飛びつき、床に押し倒して裁ちバサミを構えた。

「あなたを殺す。私も死ぬ」

 この極限な感じ、さすがリーネアさんの祖母だ。

「母さん⁉︎」

「なんで、やっと、話せたのに。一緒に遊べるようになったのに、余命……」

「母さん、落ち着いてよ。まだ50年もあるじゃないか」

 この話題で明るく笑っていられる彼が信じられない。

 お母さんの気持ちがわからないのかとさえ。

「子が親より先に死ぬ以上の親不孝があると思ってるの⁉︎」

 それきり言葉にならず泣き出すフローラさん。

 ぼうっとして停止するオウキさん。

「……佳奈子、父さんの方頼む」

 リーネアさんがフローラさんを背負って客間に移動していった。

 床から起き上がったオウキさんと向き合う。

「なにがダメだったのかなあ?」

 不思議そうに首を傾げた。

「俺、何しても上手くいかないんだよね。泣かせてばっかりで」

「……これまでも、何かしようとしたことあったの?」

「こっち、母の日父の日があるじゃないか。……それを口実に会いに行こうとか。向こうの世界の行事にプレゼントでも、とか。勇気出なかったんだけどね」

「…………。オウキさんは、どうしたかったの。夢とかないの?」

「俺の夢……」

 地獄の日々の中でも、かすかな希望があったのなら。

「幸せに、なりたかった」

 素朴な願いは、なによりもぴったりと似合っていた。

 叶ってくれればいいのに。

「家を出て……誰かに、愛してもらえたら、嬉しかった。ユミアと出会って、でも、すぐに……」

 ユミアとはリーネアさんとカルミアさんの母親だろう。

「っふっく」

「大丈夫……?」

「……うん。まあ」

 苦しそうにしても、すぐに表情を失う。

「子どもたちのことは、好きで愛おしいんだよ? ルピナスたちも……最初は思うところあったけどほんと」

「うん」

 疑いなどしない。

「成長を見ていたいとも思うし、一緒に話して笑って過ごしたいとも思う」

「……うん」

「でもね。死にたいんだ」


「俺は体感覚の完全記憶。……いつでも発作的に死にたくなる思い出がたくさんあるよ」


 やはりそうか。アーカイブ代表にまでなる神秘持ちは、必ずなんらかの完全記憶を持っている。

 翰川先生もシェル先生もそうだった。

 この調子ではリーネアさんもそうだろう。

「自殺は失敗しちゃう。体が再生するからね。かといって他の人にも、むり。再生する。……シェルのお母さんならできると思って頼もうとしたら、それは鬼への侮辱だと気づいたからできない」

「うん」

 相槌を打つしかない自分が無力だ。

「ようやく死ねるんだって思うんだ。……さっきの……親不孝だよね。今わかった。遅いね」

「遅くなんてないでしょ。……謝れば許してくれるわよ」

「……これはまた、お礼を追加しなきゃだなあ」

「いいのに」

「とびっきりのを贈ってあげよう」

 あたしの拒否など御構いなしだろう。諦めて頷いておく。

「ね、佳奈子。リナリアも悲しんでくれると思う? 前に余命の話したら、母さんとほぼ同じリアクションしたんだけど」

「十分悲しんでるわよ」

「……そうかな」

「うん」

 感情が不器用な彼は、とても家族思いだ。父親がいると聞いて雪の中駆けつけたのがその証左。

「……家族との幸せより、死ねる安堵が勝るのが嫌なんだ」

「うん……」

「死にたいのは変わらないのにね」

 無邪気に笑う彼を布団に転移させる。

 オウキさんが驚愕の目であたしを振り向く。

「お陰で、自分の能力がわかってきたわ」

 あたしのチカラの本質は――この家にいる人を幸せにすることだ。

「ねえ、オウキさん」

 体感覚を失わないと言うのなら、眠ることさえ恐怖のはず。

「疲れたでしょう? 頑張ったもの」

 呼吸を整えて集中する。

「だから、眠っていいのよ」

「寝るのやだ」

「ついてるから眠っても平気よ」


 着物を着ている今ならなんだってできるから、大丈夫。

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