宝石あげる4
オウキさんとフローラさんは、二人並んでケーキを食べている。似た者親子。
その隙にリーネアさんを洗面所に呼び、コートを預かって物干しにかける。
「ありがとうな」
「いえいえ。ここ、乾燥機あるから、すぐ乾くわ」
「そか。……遅くなって悪い。近所で車が事故っててな」
ここ最近は大雪が続いたことで、あちこち積もって凍っている。事故現場を迂回して安全運転で来れば、時間がかかるのも当然。
「冬だもの。……援軍に来てくれたことが心強いわ」
「身内がごめん……」
一般人から比べると常識がなさすぎるリーネアさんは、しかしひとたびレプラコーンの中に放り込まれれば苦労人となる。可哀想だ。
「かなこー……」
「かなこちゃあん……!」
もう悲鳴が上がった。
「……」
リーネアさんの目が死ぬ。フローラさんそっくりだなあ。
二人でリビングに戻る。
「……ばあちゃん、久しぶり」
「ひ、久しぶり、リナ……」
「うん。……父さん」
呼ばれたオウキさんがビクッと肩をはねさせる。
「ばあちゃんに言いたいこと言え」
その殺意は、本物なのだろう。
オウキさんが涙目でフローラさんを横目に見る。
「……でも、」
「でもじゃねえよ。なんだかんだで温かく見守ってきたけど、佳奈子にまで迷惑かけるならやめだ」
「…………」
オウキさんから笑みが消えてぼうっとする。
リーネアさんに促されて、一緒にリビングを出た。客間に入る。
「い、いいの?」
「うん。その証拠に悲鳴聞こえないだろ?」
「……わかった」
他ならぬ息子さんが言うのなら信じられる。
「父さんの扱い上手くなったな、佳奈子。誠に申し訳ありません本当に」
リーネアさんのキャラがぶれている。彼はこんなところでしどろもどろに謝る人じゃないはずだ。
「……だ、大丈夫よ?」
「だってなんかもう……受験の大事な時期だってのに二人して……」
「気にしてないってば!」
残念ながら、防音性のない我が家では扉を閉じても会話が漏れ聞こえてしまう。あまり大声を出せばあたしたちの声も響く。
「……」
リーネアさんはぴたりと止まって、耳を傾け始めた。あたしも気になるので、耳を澄ます。
『俺のこと、誰かから、聴いてる?』
『……うん』
『ふうん』
『ごめん、なさい……』
『なんで謝るの?』
『私……あの人と、家族になりたかった』
あの人とは、オウキさんの父にしてフローラさんの旦那さんである人物だろう。
『結婚して、あなたたちがお腹に出来たとき、すごく幸せだったの。……風習のこと、嫌だった。あなたたちのこと一瞬でも手放したくなかったのに』
手放す? 風習?
不穏なワードに首を傾げていると、リーネアさんが小声で教えてくれた。
「……チェンジリングって風習だよ。妖精は子どもが産まれたら人間の子どもと取り替えて、手元に戻すんだと」
「な、んで……⁉︎ もがっ」
口を塞がれる。
「そういうもんだからとしか言いようがない。幻術だか転移だかが得意な妖精族にとっては、一瞬入れ替えることなんて造作もないんだろ」
ぱっと離れる。
「……でも、意味ないじゃない」
利用されて、産まれたばかりのオウキさんと妹さんは両親から引き剥がされた。
その風習があったから、オウキさんは『取り替えた後、迎えに来てくれなかった』と思い込んだのだろう。傷ついて、両親に恨み言をぶつけるほどに怒り、悲しんだ。
「お前ら日本人も日常生活ではなんの意味もないけど、しなくても死なないけど、あれこれ行事したりするだろ。そういうレベルの話」
クリスマス、大晦日、初詣……だとかと同じか。
「風習を守らないと罰当たりだとか言われたりするし、昔だから地域のつながりも強いし……じいちゃんばあちゃんにとっても苦渋の決断だったと思う」
「……」
『謝られても時間巻き戻らないんだけど』
あの朗らかな妖精さんは、こんな、冷たく突き放すような低い声も出せるのか。
フローラさんが洟をすする音が聞こえた。
しばらく沈黙。
「……だ、大丈夫かなあ……」
「見守るしかねえだろ。佳奈子、メロンとオレンジどっちがいい?」
「このタイミングで食べるの……⁉︎」
緊張感がもたない。
リーネアさんはケーキ箱から宝石のように美しいフルーツタルトを出して、紙皿に盛り始めている。
『あ、やまるしか、できない……私、なにも、してあげられなかった……!』
「フローラさん……」
「…………見つけたの自体は、父さんが16歳のときだったらしい。でも、《家》にはレプラコーンの体質を利用して存在を縛り付けられてた」
だからこその《家恐怖症》。
「《家》を壊せば父さんが死ぬ。忍び込めば同じレプラコーンのじいちゃんたちは捕まる……どうしようも出来なくて――いつしか父さんが《家》から自分で脱走。雲みたいに消えて逃げた」
「……」
きっと、逃げる瞬間も見ていたのだろう。駆け寄ろうとして逃げられたことも予想できる。
オウキさんは、自分の味方など誰も居ないと思っていたから。
『……ごめん。いまのは、母さんと父さんのこと考えてなかった。ごめんなさい』
『お、オウキ。私……』
深く息を吸う音の直後、オウキさんの声。平常の優しく明朗な声音。
『ねえ。聴いてね。最後まで、呆れないで聞いてね』
あたしと似た言い方をしたことに驚いてしまう。
『佳奈子に勇気もらったから頑張る。……話すね。聞いてね』
「…………」
呆けていると、リーネアさんが皿を机に置いた。
「食え。メロンだ」
「……いただきます」
実を言うと、小腹が空いていた。
「父さんはメンタルぐずぐずに壊れてるけど、決意したらちゃんと進むよ。背中押してくれてありがとうな」
「……オウキさんが強いだけ」
「お前も強いのにな」
タルトを食べながら、会話に聞き入る。
『聴く。聴くよ』
『ありがとう』
オウキさんは、自分が《家》でどのような扱いを受けたか、その結果は何かについて簡潔に話していく。
……確かにあたしに話したのはマイルドバージョンだった。
『これで、おしまい』
『……話してくれてありがとう……』
『ねえ』
『っ……んく。なに?』
『俺は、酷いことされたしさせられたし自分でもした。死んだ方がマシなくらい手が汚れてて。体もぐちゃぐちゃなんだけど』
『……』
『母さんは、俺のこと、好きですか?』
息を飲む音。
『父さん母さんに、汚いって思われたら嫌だから……怖くて避けた。でももう全部言っちゃった』
『嫌ったこと、一度もない……‼︎』
『ほんとう? 育ての母親惨殺して双子産んで半分操られたままいろんな人暗殺して種族複数滅ぼした戦闘兵器でも愛してくれる?』
問答無用で気分が沈む。
『愛してる! そんなことで私の愛は揺らがない‼︎』
涙声でフローラさんが叫んだ。
『今でも抱きしめたいのに出来ないからっ……オウキが辛くてもなにもしてあげられない自分が嫌なの‼︎』
『……そう』
『っ……オウキ?』
『リナ‼︎』
絶叫が聞こえると同時に、リーネアさんはリビングに飛び出していた。
オウキさんはくったりとして眠っている。
「……しばらく起きないな」
「だ、大丈夫かな……」
「大丈夫だよ。疲れたんだろう」
おろおろするフローラさんをなだめて、『そばについててやってくれ』と頼んでからあたしのいる台所の方にやってくる。
「遅くなったけど夕飯作りましょう。あたしが頑張りますが、危ないところは手助けしてほしいです」
「うん。メニューなに?」
「オムライス。かつてオウキさんが教えてくれたレシピで」
「佳奈子って可愛いよな」
「さらっとそういうこと言うのよね、リーネアさんは」
「? まあいいや。具材切るわ。みじん切り?」
「うん」
実はオウキさんは野菜が好きではなく、『オムライスだけどチャーハン式に具材を小さくしてるんだよお』だそう。彼に作るのだから、その方がいいだろう。
「お願いします」
「わかった」
ニンジンを軽く水洗い。のち、皮を剥いてまな板の上で一気に処理する。
超速い。あたしが切るより三倍速い。
「…………」
「肉は?」
玉ねぎを切りながら問われ、冷蔵庫からお肉パックを出す。
「豚肉! これはあたし切るわ」
「わかった」
作業しながら会話する。
「京は何してるの?」
「光太と勉強してる。お邪魔虫は退散するものだって姉ちゃんたちが言ってた」
ドライに見えるリーネアさんは、意外と無邪気だ。
「殊勝な妖精さんなのね」
「だろ」
出会ったばかりの時はコウのことを警戒していた――否、その時点でのコウは『リーネアさんチェック』に通っていなかった。実際、京と翰川夫妻との花火大会からは弾いたわけだし。
いつチェックを通ったのか知らないが、今は普通に見守ってくれているらしい。
「……でもな、あいつらまだ名前呼びのくだりやってんだよな……」
まだ名前呼び出来てないのか……
「それくらいの方がリーネアさんも安心なんじゃないの? 京、けっこうな天然だしさ」
「だとは思うけど、恋人になったんなら、呼び名なんてなんだっていいだろうに」
「心配性ね」
炊飯器からご飯が炊けた音。
さあ、練習を活かしてトロトロ卵を作ってみせよう!
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