理想の生活3

 自転車を飛ばして帰ると、白のワンボックスがアパートの前に停まっていた。

 リーネアさんが俺に気付いて手を振る。俺も振り返す。

 自転車を駐輪スペースに停めて、ワンボックスに駆け寄る。

「よう」

「ちわっす。荷物降ろすの手伝いますか?」

「悪い、頼む」

 一ヶ月の滞在となれば衣類も多い。

 プラスチックの衣装ケースを渡される。

「これはどこへ?」

「佳奈子の部屋」

「ういっす」

 階段を登って行くと、三崎さんもケースを抱えて入るところだった。

「おお……」

 追いかけて俺も佳奈子の家に入る。

「あ、森山くん! お世話になります」

「うん。どこ置けばいい?」

 佳奈子が答える。

「一旦茶の間でいいわ。まだ制服があるから、リーネアさんとこ行かなきゃ」

「行ってくるわ」

「え、わ、私行くよ?」

 わたわたする彼女が可愛い。

「京は座ってて。お客さんなんだから」

 佳奈子は客間の用意をしている。家事をする姿に成長を感じる。

「行ってきます」

 階段を駆け下りる。

「あとこれだけだ」

 リーネアさんがカバー入りの制服とコートを差し出す。

「車、駐車場に停め直したら上がる。頼むな」

「はい」

 ケースと比べれば軽いし持ちやすい。駆け上って佳奈子の家に入る。

 三崎さんに手渡すと、彼女が申し訳なさそうに頭を下げる。

「ありがとう。……お世話になるのに、最初から助けてもらっちゃって……」

「いいっていいって」

 佳奈子が客間から出てきて、玄関で仁王立ちする。

 何やってんだろ。

「……?」

 インターホンの音。

 ドアストッパーで開きっぱなしの玄関扉の前で、リーネアさんが立ち止まる。

「どうだ?」

 眉間にしわを作って顎に手をやる。

「……変な感じ。侵略者ってほどじゃないけど、長く滞在されたらちょっと不安かも」

「じゃあやめとくか」

 座敷童とレプラコーンは、どちらも家に住みつく種族だ。性質が競合を起こすこともあるのかもしれない。

「光太。お前んち、話す場所に借りていいか?」

「あ、はい」

 荷物を仕分けていた三崎さんに声をかけ、俺の自宅に移動する。……掃除しておいて良かった。

 鍵を開けて、3人を招き入れる。

「どうぞ」

「お邪魔します」

 コーヒーと紅茶の希望を聞いてから、カップに淹れて茶の間に戻る。

 リーネアさん曰く、『今回の仕事は依頼主が個人じゃなくて企業。大規模なものを頼まれた』とのこと。

「一ヶ月より長くなるかは、向こうで見ないとわからない。わかったら知らせる」

「あたしはいつまででも嬉しいわ。けど、一ヶ月もマンション空けちゃって大丈夫?」

「俺の家、住民が誰もいなくなったら認識消せる。俺かケイ以外は誰も入れないし存在を認識できなくなる」

 マンションの一室をちょっとした異空間にしないでください。

「セキュリティとしては最高っすね」

「うん。……忙しいのに世話をかけてごめん。よろしく頼む」

「お、お世話になります!」

 リーネアさんと三崎さんが頭を下げる。

「いえいえ」

「あたしたちこそ、よろしくお願いするわ」

 頭を下げあってから顔を上げる。

「いつから里帰りするんですか?」

「明日の昼。朝千歳から東京に飛んで、転送ターミナルで」

「気をつけてね」

「休みもとってくださいね!」

 佳奈子と三崎さんに言われて彼が頷く。

「ありがとな」

 三崎さんと話せるチャンスをくれた彼への感謝を伝えたいが、口に出すわけにもいかない。物でお礼しよう。

「そうだ、リーネアさん。大判焼き食べれます?」

「おーばんやき?」

 首を傾げるリーネアさんに、三崎さんが教えてあげる。

「中にクリームやあんこの具が入った、柔らかい生地の甘い食べ物です」

「食べたい」

「持ってきますね」

 冷蔵庫からケースを出して、レンジで軽く温める。皿に乗せてリビングに戻る。

 盆から配ると、無言で大判焼きを食べるリーネアさんともっしゅもっしゅと食べる佳奈子というある意味貴重なツーショットが見られた。

「……レプラコーンと座敷童って、似てるのかな……」

「そうかもだねえ」

 三崎さんはほのぼのと二人を見ながら、あんこの大判焼きを半分に割って食べている。

「んむく。美味しかった。ありがと」

 満足げな佳奈子が俺に会釈する。

「どういたしまして」

「美味かった。ありがとう」

 リーネアさんも食べ終えて会釈した。

「どういたしまして。……リーネアさんも食べるの速いですよね」

 佳奈子と僅差だ。

「食べてる間は無防備になるから」

 戦争の人の真顔が怖い。


「ちゃんと手伝いするんだぞ」

「はい」

「勉強は無理するなよ」

「はい」

「それとな、」

「先生。心配してくれるのは嬉しいですけど、心配しすぎです」

「……ん……じゃあ、行ってくる」

「はいっ。行ってらっしゃい、先生」

 過保護なリーネアさんは、ワンボックスに乗って帰っていった。



 夕食はチャーハン。三崎さんが『ご馳走させてね!』とやる気満々で作ってくれた。材料持参で。

 非常に美味であったことを明記しておく。

「今日は早速、勉強会しましょう!」

 佳奈子が宣言すると、三崎さんも手を振り上げる。

「おー!」

 俺も制服から着替えて佳奈子の家にお邪魔している。

「シェルさんは来ないの?」

 よく佳奈子の面倒を見ている鬼畜の人の名を挙げると、首を横に振った。

「受験が終わるまでは紫織についてる」

「あ、そっか」

 あと二週間弱で推薦入試スタートだ。

「私たちに教えてたら足引っ張っちゃうからねー……」

 二人とも苦笑している。

「紫織ちゃんの科目、数学と国語だっけ」

 その二つは彼女の得意科目。あとは魔法学の基礎だそうだが、それこそ俺たちがどうこうできるものではない。

 受験を間近に控えて人に教える時間は割けないだろう。

「そうそう。合格圏らしいけど、きっちりやってるみたい」

「終わったらみんなでお疲れ様会やりたいね」

「だなあ」

「美織も部活にテストにと忙しい時期みたいだから、みんなの都合が揃ってからじゃないとね」

 美織ちゃんは書道部だそうで、秋が忙しいのだとか。

「そういや、あんまり美織ちゃんと話してないな」

 すき焼きパーティーの時も紫織ちゃんの後ろに隠れられてしまった。

 きちんと話せたのは、偶然の邂逅のひと時だけだ。

「実は美織って、紫織に輪をかけて人見知りなんだよ」

 俺の呟きを拾った三崎さんが苦笑する。

「森山くんにお世話になったお礼がしたいみたいなんだけど……緊張しちゃうんだって」

「お世話に……大したこともできなかったけどなあ」

「私は嬉しかったよ」

 三崎さんの笑顔が眩しい。

「きっと美織もそうだから」

 佳奈子が頷いて補足する。

「美織単独でも遊びに来ていいって呼びかけてあるから、部活が落ち着いたら訪問してくるでしょ。思い詰めて振り切ったらエンジン点火で突っ走るタイプだもの」

「そか。妹さんだもんな」

 紫織ちゃんはお淑やかに見えても、心にしっかりとした芯と行動力を持っている。美織ちゃんも同じだろう。

「よし。で、何からやる?」

「被ってる科目からやってこうぜ」

 俺は社会学部受験。佳奈子と三崎さんは数理学部だ。

 社会学部は国数英理が一科目ずつ。社会科目が二種。

 数理学部は国数英社が一科目で、理科が二種。

 逆さになっている上、選んだ受験科目はそれぞれ違うはず。

「森山くん、社会は何を受けるの?」

「現社と世界史」

「あたし現社」

「私も」

「じゃあ現社からやろうか」

 佳奈子は文字を連続で書くのが辛いそうなので、これまで俺が寛光の過去問からまとめてきたノート、そのコピーを渡すことにした。

「お、おおお……すごい。コウの地道に真面目な性格が滲み出るようなノートね!」

「微妙に褒められてねー気がしますよ佳奈子さん」

 実際、ノートを作る作業は地道だったが。

 三崎さんにもコピーを渡す。

「ありがとう。……見やすくてわかりやすいね」

 二人が粗方目を通し終えたところで、所感を話す。

「やっぱり、神秘産業が多め」

 神秘産業とは、名前の通り神秘が使われた製品の製造販売を主とする産業を指す。寛光は神秘を役立てることを目標に掲げた大学だし、不自然はない。

「次にはそれぞれの国の異種族事情? あとは広く浅くいろんなところから出題されてると思うよ」

「面白いわよね、現社……最終問題、『あなたが異種族をごった煮にした大学を作るとき、どういった方針で運営しますか?』だって」

「えぐいよな」

 どの科目でも最終問題は5点満点。その5点が取れれば無条件で入試は合格なのだが、それぞれの科目が各々の方向でエグい難易度を誇っている。

 そんなんでもなきゃそんな制度成り立たないだろう。合格者が乱立してしまう。

「採点基準どうなってるのかしら、これ」

「『社会科目は考えさせる問題が多い。どんな答えであれ、思索の深さが一定基準に達していれば満点だ』って、翰川先生が言ってたよ。要求される基準が専門家レベルみたいだけれど……」

 どうりで、社会科目で最終問題満点を取った人が、過去3人しかいないわけだ。その3人は化け物か何かだろうか。

 過去問集の付録に載っていた。

「点を取ろうとすると要求される文章量も多くなってくるから、無理に挑まない方が良いみたい。でも、白紙じゃなければ必ず2点はくれるから、何か書いた方がそれも良いんだって」

「……う。が、頑張る……」

 佳奈子は魔法を使って文字を書く。スタミナ配分も重要だ。

「個人的なアドバイスとしては、大問2から解くといいぞ。例年、記号問題が多いとこ。難易度も低め」

「うん」

 三崎さんも佳奈子にアドバイスする。

「あと、大問5も意外と……」

「ま、待って、メモするから……」

 佳奈子は『オススメ』、『先回し』。『何か書く!』といった内容を猫が喋っている判子を押していく。

「それ便利だな」

 魔法を使わなければ文字を上手く書けない佳奈子なのだが、魔法を発動するのも持続させるのも体力を消耗する。

 だが、こういったスタンプなら押すだけで必要な文言がメモできる。

「オウキさんが作って置いてってくれたの」

「あ、あの時の? あの時はありがとう、佳奈子」

 何やら俺の知らぬところでオウキさんが登場していたらしい。妖精さんは神出鬼没だ。

「お風呂何時に入る?」

「9時くらいで」

 夕食が早めだったから、まだ猶予はある。小休止にもちょうどいい時間だ。

「じゃあ、頑張りますか」

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