わたしの夢5
「じゃ、じゃあ、またね……光太っ」
「う、うん。うん。また。……リーネアさんによろしく」
「ありがとう。……お邪魔しました!」
ギクシャクとしたまま勉強会が終わってしまった。
無邪気なドロシーちゃんがシアさんに飛びついて話しかけている。
「ケイって可愛いのね!」
「そうだな。純朴な乙女だ」
「ふふー」
仲が良くて羨ましい。
「……ところで光太。お前、アルバム……あー……」
「?」
「なんでもない。弟が言わなかったことを私が言うのは割に合わないからな」
「姉弟揃ってようわからん人たちですね」
「死ね」
セリフも殺意も直裁的だ。
恐れ慄いて硬直していると、シアさんは殺意を引っ込めて手を振った。
「……まあいい。直れ」
「うっす」
お姉さんに向き直り、優しく撫でる。
「ドロシー、今日は何をして遊ぶ?」
「ん……お絵かきしたい。お部屋にいる」
「わかった。何かあればいうんだよ」
「うん」
ドロシーちゃんを客間に送り出し、シアさんと向き合う。
「まだ結論は出せてません」
「焦ることはない。私はあと2ヶ月ほどはここに滞在できる」
「頼もしい……仕事大丈夫なんですか?」
「修羅場を乗り切ってここにいるんだ。滅多に会えない可愛い姉と戯れて癒されている最中だというのに邪魔をするな」
「す、すみません……」
「やはり私の兄弟は愛おしい」
「シェルさんは?」
含まれないのだろうか。
「愚弟を話題にさえ上らせるな」
「はい」
こわい。
「さて、お前の持つ神秘についてだが……」
「神秘なんですね」
「異能と呼ばれるものは、かなり限定的なんだ。目に神秘が宿れば予知。手なら人を癒す手。耳なら動物の声が聞こえたり……珍しいのでは足に宿って凄まじい俊足を発揮する奴もいたな」
「へえ〜……俊足……」
「走ることが異能。そいつは僻地専門の飛脚をやっている」
飛脚とは、江戸時代を思わせる職業だ。
「飛脚は比喩だ。障害の多い道をも容易く走破するから、ヘリや車でも動きにくい秘境を越えて徒歩で届けに行く」
「すごいですね」
自分の才能を活かして活躍しているんだな。
「お前の場合、体の一部や特定の能力ではないので、神秘だと思う」
「『思う』なんですね」
「なんとなくの予測はある。しかしだ。神秘分類を決めるのは医療分野。私たちの憶測で間違っては困るから、精密検査を受けてもらいたい」
「10歳検査アゲインってことですか?」
「それよりもっと精密だ。細かな性質まで明らかになるほどのもの。神秘を活かした職につく場合、証明発行のために受ける必要があるときも」
「……」
うちの学校の進路担当もそういう手続きをしたのだろうか?
「俺、検査引っかかりませんでしたよ?」
「レアケースながら、後天で発現することもある。交通事故で激しく頭を打って、霊視ができるようになったりなど。本人がエッセイを書いてベストセラーになったのでオススメしておこう」
「おお」
シアさんは本のタイトルと筆者をメモに書いてくれた。
「お前の場合は《呪い》のせいだ。神秘から長年遠ざけられたせいで、お前は神秘と縁遠い」
「……」
そういうことか。
複雑な感情はあるが、幸運もあったのだと今では思える。
「それが原因で、他のアーカイブを打ち消す……あるいは発動を阻害するようなアーカイブが発現したのだろう。ここまではひーちゃんと私の共通認識」
翰川先生ってすごいなあ。
「ひーちゃんは生きているだけでコードを緩やかに放出している。それのおかげで、お前のそばだとコードが薄れることに気付いたのだそうだ」
「……初対面のときからわかってたんだな、先生」
「うむ。……繰り返し言うが、お前の神秘が何に分類されるのかまではわからん。だから精密検査を勧めている」
「費用は?」
「10歳と違ってタダではないが、大学を通して申請すると割引があるぞ」
「う、ういっす」
大学受かって落ち着いたら受けに行こう……
客間にジュースを差し入れしに行くと、ドロシーちゃんはさっとノートを閉じて俺を振り向く。
「見ないでね」
「見ないよ。それはドロシーちゃんにあげたノートなんだから」
「……良かったあ……コウタ意地悪じゃないのね」
「?」
「だって、いっつもお絵かきするたびにわたしの絵見られるんだもん。……好きな絵描けない」
彼女が自由を願ったのは、絵を誰にも見られずに描きたかったから。
とはいえ、管理官さんたちも彼女が恐ろしい絵を描いていたら……となれば確認せざるを得ないのだろう。
「そっかあ。でも、その人たちのお仕事なんだよ。嫌かもしれないけど、優しくしてあげてね」
「むー」
「きっとドロシーちゃんの絵見たいんだよ。見せてもいい絵だけなら、許してあげたらどうかな」
「……考えておくわ」
「そうしてあげて」
オレンジジュースと饅頭を彼女のそばに置く。
「これなあに?」
ピンクの饅頭は紅白饅頭の片割れだ。
「おまんじゅうだよ。お餅に、あんこを包んだお菓子」
「美味しい?」
「俺は好きなお菓子」
「じゃあ食べる!」
かーわいいなあ。
一つが大きいから四分の一ずつにカットしたが、それでも彼女には大きいらしい。
「ドロシーちゃん、粉が落ちたら汚れるから、ノート避けるよ」
「うん!」
ノートをテーブル端に寄せる。
「シアは何してるの?」
「お掃除だよ」
物置の神棚の様子を見に行ってくれている。彼女は『手入れが万全とは思えん』と言って物置にこもった。
神棚の扱いは専門家の方が良いだろうと思い、お言葉に甘えてお任せした。
「コウタもお掃除するの?」
「俺の担当は終わったから、ドロシーちゃんに差し入れしに来たんだ」
茶碗洗いと洗面掃除はすぐに終わった。
「ありがと」
「どういたしまして。じゃあ、またお絵かきしてね。お邪魔しました」
「うん!」
シアさんは疲れた顔で物置から出てくるところだった。
「どうでした? 掃除はしてたつもりなんですけど……」
「……あれでバランスを保てるのが奇妙だ」
「よくわかんないなあ……」
俺には見えないし、寒気も怖気も感じられないのに。
「無事暮らしているなら諦めよう。お前はそういう存在なのだと」
意味不明なりに褒められていない気がした。
「どうだった?」
「ノートを隠しました。チラシはそのまま」
クーピーで描かれた動物の絵は隠さなかった。
シアさんから『何を隠して何を隠さないのか観察せよ』との使命を受けて差し入れに行ったのだ。
「やはりか」
「なんで気にするんです?」
「……監獄でも、筆記具と媒体を変えてあれこれ試しているんだ。ノートのように他人から隠せる形の紙を与えると見せたがらない。無理やり見た管理官の目と腕が消滅したらしい」
「あんたそんな危険な確認を俺にやらせたんですか⁉︎」
「奪い取らない限りドロシーは攻撃しない。確認だけだったろう」
「そういう問題じゃ……ああああ……」
きっと抗議は通じない。なぜなら彼女はシェルさんとそっくりだからだ。
「ドロシーをここに置く際の交渉で『彼女が隠したがる絵をなんとかして見てほしい』とは言われているが、それには信頼を築くのが不可欠だ」
「……管理側も信頼を築けば良かったのに」
厄介な性質はあるが、根っこは素直で可愛い幼い子。優しく接すれば分かり合えそうなものだ。
「まだわからないのか?」
首を傾げる癖。
「?」
「お前のそばだからドロシーが正気を保っているんだぞ。監獄内の姉は話など通じない。お前には無邪気に見えても、管理官たちにはあれが自由意志と過剰な知能を持った化け物に見えている」
「…………」
「管理官たちに人の心がないわけではない」
「……心あるからこそ怖い……?」
「そうだ。……ちなみに彼女が寝ている間にこっそりと見た奴は存在ごと消えているので、やはりドロシーに見せてもらうしかない」
見る必要が……あるんだろうなあ。
交渉の材料にしてくるくらいだもんな。
「私は見られん。お前に頼むしかない」
「? なんでですか?」
「色々あるんだ」
そうなのか。
「……気長にいきましょう」
「もちろんだ」
客間の戸が開き、泣き顔のドロシーちゃんが現れる。
「二人とも内緒話してずるい……!」
「ああ、すまない、ドロシー。お絵かきの邪魔をしては悪いかと思ってしまった」
「んー……!」
シアさんに顔をぐりぐり押し付けている。シアさんが至福の表情だ。
(シスコンだなー……)
「寂しくさせてしまったな。一緒に遊ぼう」
「シアはお絵かき好き?」
「うーん……あまり得意ではないかな」
「動物さんかいて!」
「話を聞かない感じだな。……期待はするなよ」
「えへー」
彼女の唇が『勉強してこい受験生』と言葉を描く。
頭を下げて、自室に飛び込んだ。
「…………。数学やるか」
ローザライマ家から譲られた参考書類を片手に、数学の高度な問題をパラ見する。
頭のつくりからして違うのではないかと思えるくらい、シェルさんは天才だ。そこは揺るぎない。
その彼がシアさんは自分と同格と言うし、シアさんも逆側から同じことを言う。
瓜二つなのに、話せば仲良くできそうなのに……なぜあんなに仲が悪いんだろう?
「俺にどうこうできることじゃねーけど……」
今はとにかく自分に集中。
受験本番まで、あと二週間ちょっとだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます