宝石あげる2
目覚めたオウキさんが、明るく笑う。
「いやあ、迷惑かけたねえ! 宝石あげるね!」
その笑顔の狂的な無邪気さには努めて触れず、彼が風を起こす魔法でかき集めた宝石を指差す。
「あなたの血液なのよね?」
「…………ハイ」
床に正座しようとするオウキさんをソファに押し戻す。
「ねえ。あたしの言いたいことを聞いて。最後まで聞いてね」
「……ん」
頷いた。
お礼を言って、彼と向き合う。
「あたしね、すごく軽い気持ちであなたの背を押したの。オウキさんの事情も知らずに、会いに行けって突き飛ばしたの。……無理させたならごめんなさい」
「っ……い、や。それは」
「お願い。聞いて」
「…………」
困ったような笑顔を収めて、また頷く。
「オウキさんには前、好き勝手にわめき散らして八つ当たりした。……だから、今ここに居ることは気にしてないわ。謝らないでね」
「……」
ぼうっとしているのも、緊張できないせいなのかもしれない。
「これで言いたいことおしまい。あなたが言いたいこと、好きに言ってください」
無責任に突き放したことへ、あたしが示せるせめてもの謝意だ。
「…………」
無表情になると、印象が途端にリーネアさんに似る。
クッションに顔を埋めた。
「順序が前後するかもだよ?」
「いいわよ。のんびり聞くから」
「……ありがと」
彼はクッションに突っ伏したままなのに、朗々とした発声を揺らがさせず話し始める。
「父さんと母さんは、シェルの実家の近所に住んでるんだ。シェルのことも小さい頃から知ってる。だから、俺なんかよりローザライマ家の方が仲良いんだよ☆」
起き上がるなり無邪気な笑顔。
なんとなく、この人の表情の意味がわかってきた。
「オウキさん」
「なあに?」
聞くのはこれだけでいいはずだ。
「そういうこと言うの、楽しい?」
「…………」
泣き出しそうな顔をしたけれど、すぐに無表情に戻ってしまった。
「……楽しくない」
「そう」
否定も肯定もしない。
ただ、彼の感情が前向くような手伝いができればいい。
「俺のこの体質……雨水を浴びるとこれで、地下水を浴びると戻る。父さんとルピナスと同じ体質」
「うん」
「でも、父さんは俺やルピィと違って、雨水を灼熱に感じる体質。雨も雪も、浴びればまともに立っていられなくなる。……だからここまで逃げてきた」
この時期の北海道は雪が積もる。雪だって雨だ。
お父さんにとっては、触れるだけで致命傷の物体がそこら中にあることになる。
「……シェルに、追跡技術とか心理戦仕込んだの、母さんだから。どれほどかはわかるでしょ?」
シェル先生の奇妙な倫理観は周囲の影響が大きい気がしてきた。
「父さんが崩れれば母さんはそばに着くから足止め可能。両親が追いかけきれない場所を選んだ結果、ここに……文句言いに」
「ごめんなさい」
「違う。だってこんなの八つ当たりだ。八つ当たり……」
表情が揺らぐ。上手く見通せない。
「……折り合い悪いの?」
「折り合い……いや。俺の両親は、俺に人並みの愛情はあると思うんだけど」
毛布を被った。
「俺を捨てた人たちだって思い込んでた分、混乱が激しくて。……それまで俺を探して話しかけようとしたのも、全部、手酷く振り切ったから……」
一日で我が子ふたりともを失うなんて、その心境はどれほどのものだったろう。探して追いかけてもおかしくない。
「その当時、レプラコーンはもう生き残りが少なくて、研究素材みたいな扱いだった。だから売られたんだって思い込んで……」
「何にも悪くないじゃない」
「……そうなんだよね」
頭を揺らすと毛布がずれた。
「…………」
無表情のまま流した涙が、色鮮やかな小指の爪くらいの粒に変わっていく。
指でつまみあげてみると、その全ては金銀と多種の宝石。
「あは、ははは。それ、魔法竜の特性。涙か血が体の外に流れると宝石になるやつ。ねえ面白いよね。ねー。面白いんだよ、俺の体」
ソファから立ち上がって愉快そうに笑う。
「いろんな妖精の記号埋め込まれてるしー。妖精じゃなくても埋められたことあったかなー? 酷いのでは馴染まないもの埋め込まれて体が壊死したり。治っちゃったんだけどねっ♪‼︎」
シェル先生から、『オウキは不死です』と聞いている。彼はここ最近、事あるごとにオウキさんについてあれこれ教えてくれていた。……今日こうやって話すことも、予見していたのだろう。
「ねえ面白いでしょ面白いよねねえ面白いでしょ」
「……。オウキさん」
「面白いよねえ?」
「オウキさんってば‼︎」
涙が止まって体が揺れる。
「お願い……っ!」
自分の内側に眠る力、使い方さえわからないそれに祈る。
クッションが転移して、オウキさんを受け止めた。
「はぁ……っふ」
突発的に使ったからか、心臓がバクバクと暴走している。
何故だか泣きそうになった。
オウキさんが女の子の姿で良かったことは、あたしでも抱え上げて布団に寝かせられたことだ。青年の体だったらこうはいかない。
「なんで姿戻さなかったの?」
リーネアさんの言う通り、この人は自分の行動にいくつも保険をかけている。瓶もまだ持っているだろう。
「元の姿で倒れたら、佳奈子に迷惑かなーと……」
「助かったわ」
「ん……」
「吐き出してもいいよ。話したいなら話して、話したくなかったら他のこと話しましょ。付き合うから」
「…………」
ぼうっとする。
「話しても何も楽しくない場所に、赤ちゃんの時からずっと居たんだ。……21歳でようやく外に出たんだけど、その時にはもう精神がおかしいし、人格も常識もなかなか」
「うん……」
「両親への恨みだけで生きてた。……そうでもないと気が狂いそうだったから。いやまあ、狂ってたんだけど」
疲れ切ったような笑顔だった。きっと、これが本当の表情。
無邪気に笑うのは『どうだ。自分はこんなにも壊れている』という威嚇。
「俺ね。ルピナスの父親じゃないんだ」
いまの彼の体は、女性だ。
「なんで泣くの?」
「……わかんないわよ……」
「そっかあ……そうなんだねえ」
オウキさんは不思議そうに呟いて、言葉を続ける。
「この体質、父さん譲り。これも恨んだなあ。……そうでもなかったら、そういうこともなかった。……ルピィたちと会えたのは嬉しいけど別問題」
「……うん」
「でも、雨を浴びたら変わるのって、父さんが父さんのお母さん殺した呪いのせいなんだって」
呪いだから、灼熱の激痛が走るということらしい。
「父さんも俺と似たような境遇で周りにアーカイブ暴走させられて殺したらしいから、おっそろーい!」
笑ってでもいなければやってられないという、捨て鉢な心から沸き起こる狂気。
あまりにも痛ましい。
しばらく楽しそうに笑っていたけれど、あたしの視線に気付き、しぼんでまたぼうっとした。
「…………もうどうしたらいいのかな」
壊れているのは彼のせいではない。ご両親も悪くない。
悪いのは、彼らをそういう状況に追い込んだ誰かさんたちだ。
「座敷わらしの考察レポート受け取ったよね。あれの《家恐怖症》、俺なんだ。……マシにはなったけど、自分が暮らす家だと思うと今でも家具置けない」
「……」
手を握ると、あたしよりずっと冷たかった。……血をぶちまけたんだから、そうなんだろう。
「いま佳奈子にぶちまけて八つ当たりした俺は突発的に自分の首を刎ねようとしたんだけど踏みとどまったよ」
「ありがとう。本当に」
恐ろしい自己申告もあったものだ。
そして彼は、おそらくそれでも死ねない。
「……さっきのはマイルドバージョン」
あたしには全くマイルドに思えなかったが、彼は詳細を話してはいない。
緊張が続かなくなるほどのことをされたのならば、拷問まがいのことをされているのかもしれない。……ルピナスさんのくだりを考えても、まともな環境ではなかったのがよくわかる。
「父さん母さんと話した時は、もっと酷い内容をぶちまけてた」
和解しようと、誤解を解いて新たな関係を作ろうとするとき、血の滴る傷を見せることは心理戦においては最大の防御で、相手が両親であるからには最大の攻撃だ。
「ほらどうだ。お前たちのせいで俺はこんな風だ……って」
やっぱりそうか。
「……うん」
「泣く母さんと、父さんと、3人でいた。シェルのお父さんが来て俺に事情を話した。瞬間的に首かっさばいたら母さんが気絶して、父さんは真っ青な顔して……気づいたら病院。子どもたちが勢揃いしててちょっと感動した。泣きながら怒られた」
「……」
「およそ100年前のことなんだけど、それからずっと俺は両親と没交渉。だから、仲は悪くないよ。顔も合わせないから、仲が悪くなる余地もない」
笑顔はない。静かだ。
「ねえ、佳奈子」
「なあに?」
「ごめんね?」
「……いいの。話してくれて、ありがとう」
オウキさんはそれからも泣いたり笑ったりを不規則に繰り返して、次第に落ち着いた。
「……オウキさん、すごく強いのね。あたし、自分と向き合う勇気ないわ」
座敷わらしについてのレポートは読んだものの、生前の自分の情報は見られなかった。
「あー……シェルのあれかあ。ごめんね、あの子頭おかしくて。『知りたい』って思っちゃうと執着が止まらないんだ」
「知ってる」
「でもいい子だよ。暴走するだけで」
「それも、よく知ってるわ」
根は優しいということもわかっている。
「佳奈子はいい生徒だ」
「?」
「俺たち友人の間でも悪竜の間でも、寛光の一部教員の間でも……佳奈子は有名だよ。『あれと真正面から付き合ってられる女の子』として」
「そんな悪目立ちで有名になりたくないんですけど‼︎」
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