わたしの夢2

 目覚めても泣き続ける彼女に、クーピーと新しいノートを手渡す。ついでに、裏が無地のチラシも数枚。

「どうぞ」

「いいの?」

「うん。それはドロシーちゃんにあげるよ」

「……コウタ好き」

 超絶可愛い。

「ありがとう。好きにお絵描きしててね」

「うん!」

 茶の間に残して、自室に入る。

 虹銀髪の鬼畜が立っていた。

「……あのう……せめて玄関から……」

「一つ言っておこう。私はあの自称鬼畜ではなく、その姉だ」

「!」

 シアさんの方だったとは。

 髪型から格好までそっくりだから、見分けがつかないのだ。しかも今日は杖を持っていない。

「すみません」

「良い。お前が謝ることではない」

 袖をゆるりと払う。気品ある仕草さえそっくりで、やはり見分けがつかない。

「こちらに私たちの兄弟が来ていると聞く。何番だ?」

「……シアさんも番号呼びですか」

「そうではない。私たちが何人いると思っている?」

 5万人です。

「直接の面識がない兄弟も多いのだ。生まれ順で聞いた方が速いに決まっているだろう」

 確かに、名前を知らなければ自分より年上か年下かさえわからないもんな……

「……164番だとか呼ばれてました」

「ドロシーか」

「知り合いですか」

「いや、それが有名な悪竜なのでな。覚えていた」

「?」


「ドロシー、164番。封印監獄にて、上から三つ目の階級の指定で封印されている。階級を日本語訳すると『おぞましきもの』だ」


「…………はい?」

 なにそれ?

「知らないか。封印監獄とは弟が作り上げた異世界の一つ。それ自体が施設と庭、出入り口となる転移ターミナルのみで完結した世界。ターミナル以外とは他への繋がりがない世界だ」

 世界を作ったのくだりは分からないが……つまり、文明圏と隔絶された異世界であると。

 まさに監獄の名がふさわしい。

「封印ですか」

「名の通り、他の世界との隔絶が必要とされるものを封印している。ドロシーはそれに値するほどの悪竜だ」

「悪竜さん専門?」

「実質そういう施設だ」

 なるほど。

「……あれ?」

 ドロシーちゃんがそこから脱走してきたということは、あの男性たちは……

「逃げ出しても、監獄の管理官がすぐに動く。どうした?」

「振り切って……」

 もしかしてマズイことした?

「……振り切れたのか。化け物だな」

「へ?」

 ああ、ドロシーちゃんのことかな。

 何やら助けてくれていたらしい。さっき魔法っぽいの使ってたし。

「振り切ったは振り切ったんすけど……さっき来て、銃向けられたんで追い出しました」

「…………。銃が怖くはなかったのか?」

「まあなんとか……」

 リーネアさんで慣れた。

「ドロシーは?」

「茶の間でお絵かきを」

「それを早く言え‼︎」

 襟首捕まれ、視界が揺れたと思えば茶の間に転移。

 ドロシーちゃんはチラシに猫の絵を描いて遊んでいた。

「…………良かった」

 シアさんがほっと一息。

「なん、なんですか……」

 俺はと言えば首が軽く絞まった。

 咳き込んでいると、ドロシーちゃんが顔を上げる。

「コウタ! ……その人だあれ?」

「ドロシーちゃんのお姉さん」

「まあ、お姉ちゃん?」

「…………」

 彼女はなぜか眉間にしわを寄せたが、すぐに微笑んでドロシーちゃんに会釈した。

「ああ。初めまして、ドロシー」

「! お姉ちゃん。ふふー」

 きゃあきゃあはしゃぐ。

 本当に無邪気だなあ。悪竜さんは竜と異種族のハーフも多いというし、もしかしたらドロシーちゃんは片親が妖精なのかもしれない。

 微笑ましくお絵かきを見守っていると、シアさんがドロシーちゃんを撫でた。

「可愛いドロシー。私はこの若者と話すことがある」

「お話? わたしも混ぜて!」

「すまない……ドロシーに美味しいご飯を作るための秘密の会議なんだ」

「!」

「いい子にして待っていてくれたら、デザートもつけてあげよう」

「ほんと? コウタほんと?」

 純朴な瞳で見つめられると弱い。

「う、うん。ドロシーちゃんは何が好き?」

「甘いもの。ここの国のものがいいわ!」

「わかったよ」

「ではドロシー。お絵かきを楽しんでおくれ」

「うん!」



 シアさんに玄関の弾痕を消してもらってから再び自室。

「あのな、光太。異種族の外見年齢は必ずしも実年齢とは一致しない。私は54330。ほとんど末だ」

「は、はい」

 164ということは、ドロシーちゃんはかなり上の番号だ。

「……先に話しておかない私も悪かったが、はっきりと言っておこう」

「?」

「ドロシーの特性はな。《世界の理想化》だ」

「なんだか平和に思えますけども」

 可愛らしい能力ではないか。

「子どもの頭で描いた《理想》だぞ。恐ろしい世界にしかならん」

「…………」

「小さい頃、馬鹿げた空想をしたことは? 夕暮れに鐘の音が響く中、『ずっと遊んでいられる世界だったらな』と願ったことは?」

 ある。

 大人になった今では『あの頃は幼かったなあ』と感じる空想は、しかし実現するとなれば恐ろしい世界だ。

「つまりはそういうことなんだ。だからドロシーは文明圏から隔絶された世界で厳重に閉じ込められている」

「……」

 彼女は忠告を終えて、ため息をつきつつ虚空から袋を取り出した。

 見覚えのあるエコバッグだ。

「!!!!」

「先程、管理官が私に預けて行った。お前に謝っていたよ」

「え、あ。……それは、申し訳ないです」

 悪いことしたな……

「良い。いくらドロシーが居たからとて、お前に銃を向けたことは変わらぬ」

「……」

 彼らも冷血ではない。そのことがわかっただけでも、救われた気分になった。

「受け取れ」

「ありがとうございます」

「盗聴器や薬物が仕込まれてはいないかと中身も改めさせてもらったが、入っていなかった。安心せよ」

「……ありがとうございます」

 全く警戒していなかった。

「それでドロシーのおやつを作ってやれば良いのではないかな。この時期に餅を楽しむのは、この国ならではの文化だろう」

「あ、ほんとだ」

 届けてもらえて助かった。

「……ところで、ドロシーちゃんのお絵かきを警戒してるっぽいのは何故です?」

「あれのパターンは、絵を描くことで世界を理想化する。一度発動してしまえばまともには止められん」

 管理官さんたち申し訳ない。

 そりゃあ、咄嗟にノートを引き裂く訳だ。

「……お前のそばでは不思議と抑え込まれているようだが、ドロシーの能力を知っている私たちにとっては、あれが筆記具を持っているだけでも冷や汗ものなんだ」

 って、聞き逃しかけたが……パターン?

 京やリーネアさんと同じ神秘だ。

「……それって、」

『ねえー! いつまでお話してるのー‼︎』

 しびれを切らしたドロシーちゃんが、部屋の外でぷんすかしている。

「…………」

 シアさんが小さく笑い、俺の肩を叩く。

「お姫様がお怒りだ。おやつを作ってやろう」

「……はい」

「受験が近いのだろう。餅さえ用意してくれれば、後の相手は私がする。……巻き込んですまないな」

「あ、いえ……助かりました」

 ドロシーちゃんに、冬用の女児服を用意して着せてくれたのもシアさんだ。

「それなら良かった」



 オーブンで餅を焼いている間も、ドロシーちゃんはわくわくと楽しそうだった。

 焼いた餅を湯にくぐして、きな粉をまぶしていく。

「シアさん、持ってってもらっていいですか?」

「承った」

 俺から皿を受け取るなり、皿はドロシーちゃんの待つテーブルに転移する。

 シアさんも魔法使いなんだよな。

「ね、ね。食べていい?」

「いいよ。熱いから火傷しないようにね」

 子どもでも食べやすいように、小さめに切ってある。

「わかった! でもわたしはお姉さんだからコウタとシアのこと待ってあげる」

「おや。優しいお姉さんだ。ホットミルクをあげよう」

 シアさんは片手鍋で温めていた牛乳を木べらで混ぜている。

「はちみつ入れて!」

「はちみつか。……あるか?」

「あります」

「ありがとう」

 食器を準備して、三人で着席する。

「おいしー! コウタ、これなあに?」

「きな粉っていうんだよ。この国の伝統的なお菓子」

「美味しいねー。ありがとお!」

 可愛い。

「うむ、美味い」

 優美に微笑むシアさんは美しい。

 二人の顔立ちは全く同じなのに、見せる表情と外見年齢で別人に見える。

「気に入ってもらえて良かったです」

「コウタ好き!」

「ありがとう」

 小さい子に慕われるのは、むずがゆいが心温まる。

「ドロシーちゃん、チーズベーコンも食べる?」

 遅めの昼飯のつもりで焼いた分を差し出してみる。

「食べるー!」

 はしゃぐ。

 シアさんが俺に耳打ちする。

「……管理官曰く、ドロシーには体力がないらしい」

 体は4歳児だもんなあ。

「はしゃいで満腹になれば自然と昼寝するそうだ」

「……わかりました」

 この調子で寝かせよう。

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