第二話 東の門
今日も東の門は忙しい。
東に位置する魔術都市国家メテルから来る商人の多さ故の忙しさもあるが、検品作業の方が時間がかかる。メテルの商人は、ポーションや魔道具といったアイテムをルズベリーで売却し、ルズベリーで集められた魔石を購入している。
そんな商人の中には、良質の品を卸す商会の商人もあれば、玉石混交な品を卸す個人商人もいる。その中の質の悪い商品や規制品をこの検品作業で省かなければならないのだ。
「こちらの検品作業完了いたしました」
作業員より商品のリストを受け取った。やはり、大商会であるセインケイン商会だ。検品チェックでは、全ての商品に許可が出ているし、検品しやすいように整理されていたおかげでかなりの時間短縮が出来ている。全ての商人がこうであってほしいのだがな……。
「ご協力ありがとうございました。冒険者の皆様も護衛依頼の確認が取れましたのでお通りください」
セインケイン商会の馬車が複数台、ルズベリーへと入っていった。
その後ろには一台、別の商人の馬車が一台並んでいた。
「止まれ! 今から検査を行う。所持品と馬車の荷物を確認させてもらう。御者と搭乗者はこちらへ」
御者は馬車に対して一声を駆ける。その後、馬車からは一人の男が降りてきた。一般的な御者の服装に比べ降りてきた男は、白を特色とした軽装に白のマント、更には白いアイマスクといった少し奇抜な服装であった。
護衛としては心もとないと思われるが、セインケイン商会の後ろをついてきたと考えれば妥当ではある。雇う金のない個人商人が、大商会の後ろをついていくなんてことはよくあることだ。だが、後ろで襲われたとしても、余程人が良くなければ助けは入らないだろう。
「二人には検査中にいくつか質問をさせてもらう。名前と職、そして目的を」
「わたしは、セミスと、言います。個人で商人をやっております。本日は商品を売りに来ました…、他には、何もないです…」
商人を名乗った御者はおどおどとした様子で返答する。こういう商人はよく目にする。大抵の場合は、後ろめたい何かを隠している場合だ。慣れた手付きで私はその情報を記録していく。
「君は?」
「私の名は、ミラン・ホワイトと申します。現職としては、メテルの学院の学士をやっております。ルズベリーへの目的は二つございまして、一つは資金稼ぎ。ここ、ルズベリーでは西からの魔物の襲撃があり稼げるとお聞きいたしました。どちらかというとこちらよりももう一つのほうが主目的でして、このようなお方がこちらへやってきてはおりませんか?」
ミランと名乗った学士は、懐から一枚の似顔絵の書かれた紙を取り出した。
痩せた肌とシワにヒゲ、険しい表情をした老人の似顔絵だった。
「さぁな、知らんな。通ったかもしれないし通ってないかもしれない。習慣的にやってきて出ていく商人ならいざしらず一度来たかもしれない人間など覚えてはいられん。
で? それが一体どういう目的なんだ?」
「この御方は、クルス・メイリスク様です。学院の講師をなされていた御方で、私の師匠でもあるのですが、数週間前に突然失踪いたしまして……。メテルより西へ外出なされた記録までしか辿れておらず、未だ行方が知れていないのです。ですのでこの御方を見かけた際は、どうかお知らせください」
ミランは、似顔絵の紙を差し出し頭を下げた。
「そういうのは、うちじゃなくいろんなギルドに出して見るんだな。まぁ、その深刻そうな様子だと、もうすでにギルドに提出しているんだろう。諦めずに探して見るんだな」
顔を上げたミランの表情は、少しだけ良くなったように見える。ここまで真摯に捜索を行われている講師のクルスなる人物は、さぞ生徒に慕われている高名な方なのだろう。規則で受け取れはしないが、少しでも協力はできるよう目に焼き付けておくとしよう。
「目的は分かった。では次に、えー……、話を聞く限り冒険者ギルドには入っていないのか?」
「はい、学士ですから」
「ではこの馬車に乗っていた理由は?」
「護衛としてギルド経由で雇われました。こちらが契約書です」
契約書をみて、ふむ、と。よくある詐欺のパターンだ。
「学士よ、知っているか? 確かにメテルでは学院の学士証と冒険者ギルド員の証は共用されている。だがな、このルズベリーはすでに王国ソルアイードの中なのだ。つまり学士証とギルド員の証にはならない。
そして、ギルド員と証明できないものは護衛任務は発生し得ないし、報酬もありえない」
「なっ!」
その表情をみるにやはり知らなかったようだ。メテルに限らずこちらにやって来る学士を護衛とした商人には少なからずこういうのが発生する。魔術にのみ知識の偏った学士に、学院入学時にのみ知り得たギルドとの証明を共有するという情報を餌に、ただで護衛をさせる商人が。
「セミスッ! これは一体どういうことですか! あなたが差し出したこの契約書があれば護衛任務も兼ねてルズベリーへ行けると言っていたではないですか!!」
「さぁ、なんのことかわからないな」
「貴様ぁ!」
ミランが腰に携えた剣を抜剣しようとしたのを見て流石に止めに入る。
「待てっ! ここで抜剣するつもりか! ここで剣を抜けば敵対行為とみなされるぞ!
いいか? 一旦落ち着け。一つ申し訳ないことをいうが、この詐欺まがいの契約書のお咎めは両者ともになしだ。これは、どちらにも言えることだからな。どちらが嘘をついているか判断つかないし、ルズベリーへの注意点としてしっかり事前に調べていればわかったはずの情報だ。その情報収集を怠ったミラン、お前も悪い。
今、ここを穏便に納めれば、情報収集の重要さの痛い勉強料だけで済む。だがな。もし抜剣すればそれだけでは済まされないのだ。お前は師を見つける目的があるんだろう? それをこんなやつのせいでふいにしても良いのか!」
「こ、こんなやつだなんて。失礼だな」
白々しく商人が答える。私は少し睨みつける。こいつは、要注意人物だ。しかし、
「そうですね、ここは引くとしましょう」
驚いたことにミランはあっさりと引いた。こういう騙される学士は少なくない。そういう学士は、正直言うと情報収集を怠る調子に乗った学士が多い。だから、すぐに引き下がることはなく「知ったことか!」とか「ふざけるな!」とか言って暴れだそうとして組み伏せられ反省部屋へ連れて行かれる流れだと思ったのだが、珍しく口論等をする間もなくあっさり引いた。
「目的のルズベリーへはたどり着けたのですから良しとしましょう。と、言うことは冒険者ギルド登録を行わなければならないわけですか……はぁ……」
落ち込んでいるところに申し訳ないが、追い打ちをかけるように真実を話す。
「護衛任務ではないのであれば、メテルからソルアイードへの入国金三金、ルズベリーへの出入金二金、しめて五金必要となる。出入金は二十日以内であれば役場に支払えばいい、最低でも三金払えるか?」
「ええっ! それは聞いていない……。し、仕方ありません。三金だけ支払わせていただきます。ぐ、ぐぐぐ」
とても悔しそうだった。これも痛い勉強料として見るんだな。
「フヒヒ……。私は払わなくても良いのだよな? 門兵よ」
三金を支払ったミランを煽るように問いかけてきた。刺激してやるな、ここの処理が面倒になる。
「な、何故ですか……?」
ミランの声からわかる悲壮感が……。目元はマスクで見えないが多分目が潤んでいるだろう……。
「そりゃあ、わたしは商人だからな。商人は、許可証さえあれば入国金はいらない。この街への出入金も二十日だが、その前にわたしはここを去るのでな。お前が正式なギルド員であればわたしが入国金を払う義務があったのだがな、お前はギルド員ではなかったのか。そうかぁ、残念だなぁ、ハッハッハッ」
「無駄口もそれまでにしろ商人。これから荷物検査を行う。それが終わる頃には、検品も終わっている頃だろう。
ミラン、お前はもうこいつとは関わるな。いいな、学士になれたのだからギルドについてもしっかり勉強しろ」
「は、はい……」
二人の荷物を受け取り検査を行った。その間、全く会話はなかった。
「おい、商人。これはなんだ?」
荷物検査も終わりかけの頃、検品の作業員から声がかかる。その手には黒いポーションが……。お、これはもしかして……?
「そちらですか? そちらは最近メテルで流行りのエナジーポーションと呼ばれている品物です。疲労も飛び、魔力も上がる、といったまさに近年の魔術の賜物のポーションですな。
どうです、お一つ。いまなら、お安くお売り致しますよ? いまは数が少なくじゅっ……」
「なるほど、こいつが規制品であるエナジーポーションであることは、よーくわかった。ここで全て始末するか、国へ持って帰ってくれ」
「へ?」
その顔はまさにお笑い者だった。詐欺の報いだな。
「このエナジーポーションは、前から少量だけ卸されていたから良かった。が、こちらでも流行りだしてから発覚したことがある。中毒性と魔力の過剰使用による死亡例が多発したことだ。よってルズベリーでは規制品となった」
作業員が足元に炎をつくりだし、ポーションの入った箱をその上に掲げた。
「どうする? ここで廃棄するか、ここで引き返すか選べ」
箱には五本のポーションが入っており、その箱を見た商人はものすごく苦悶の表情をしていた。そして、ミランをにらみつける。
「くっ、ここまできて帰れるものか。燃やせ! 畜生!」
にらみつけられたミランが返すように言葉を掛ける。
「商人の必須科目の情報収集を怠るからそうなるのですよ」
落ち込んでいたはずのミランが、ものすごくいやらしい笑みを浮かべて商人を煽る。
「この盗人が! こいつはこのエナジーポーションを持っている! 探し出し、燃やせ!」
「何を仰るのでしょう? 先程私は検査を受けましたが? 門兵さん、私、エナジーポーションなんて持っていましたか?」
身体検査でも何も出ず、机に並べられた所持品にもエナジーポーションは見受けられなかった。
「いや、ないな」
「ふふっ。そうでしょう、そうでしょう? そんなみっともない言いがかりは、やめていただけませんかね? セミスさん?」
これは一体どちらが一杯食わされたか、わからなくなってきたな。
「私は最後に面白いものが見れましたし、荷物検査も終わりましたので入らせていただきます。それでは」
怒り狂った商人を横目にミランは、荷物をまとめ、ルズベリー野町の内部へと入っていった。
商人を抑えつつ思う。
あいつも相当な要注意人物だったのかもしれない……。
運命は二度も起こらない 高背 新野 @BashDarty
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