第一章 出会い

第一話 北の門

 今日も北門は平和だ。他の門と比較すると、平和だしかつ暇である。

 北門にやってくる人は基本的には、月の週、水の週、土の週の二日置きに来る定期便しか来ない。そして、今日は日の週であるため、変な旅人、変人が稀に一人でやってくるぐらいだろう。金がないけど魔法都市国家メテルへどうしても行きたい命知らずなやつとかな。

 だから、今日は暇なはずだった。新人見張り兵の報告を聞くまでは。


「ノーデン門番長! た、大変です。騎士様がこちらにやってきております」


 私は耳を疑った。騎士がやってきているだと? こちらにはそういう情報は受け取っていない。先程も述べたように基本的に北門には定期便しか来ない。しかし、例外としてたまに貴族や騎士団が派遣される場合がある。そうした対応の際には、王国より伝書鳩等で上に先に連絡が行きこちらへ司令が渡る。今日はそういう司令を上より受け取った記憶はない。何かの間違いじゃないのか?

 門番としての立ち位置を交代してもらい見張り台へと上がる。


「新人の……ルック君だったかな? それは何かの見間違いではないのかね? 今日は貴族や騎士が来るなんて諸連絡は行っておらんだろう?」


「確かにそれはそうですが……。自分も目を疑いましたよ。王国騎士様が一人でこちらにやってきてるんですよ。歩いて。それと私は、ルックじゃなくてリックです。何回目ですか、そろそろ覚えていただきませんかね?」


「一人だって?」


 リックのツッコミを無視し双眼鏡をひったくる。騎士が一人で行動するというのはまずありえない。最低でも、四人一チームとして動いていると聞く。これは騎士を騙った盗賊や狂人の可能性がありうる。自らの目で見極めるために望遠鏡を覗く。 覗いた望遠鏡の先には確かに我が国の騎士隊である黒騎士が一人で歩いてきていた。しかも、あの大剣は……。


「ギルバーグ騎士団長……? 何故、あの御方が……」


 ギルバーグ騎士団長は、魔法が使えない代わりに両刃の大剣一つで成り上がったお方である。メテルと対立したことを想定して開発された対魔力鎧のおかげで魔法をもろともせず、いわゆる脳筋ですべてを解決していたらしい。もともとはとある貴族の傭兵だったのだが、その貴族によって騎士団に推薦されその騎士団で頭角を現した。傭兵上がりであったり出自が不明であったりといろいろと危惧されていたが二年前の年の暮れに晴れて騎士団長となっている。

 確かに、騎士団長とは名ばかりで自ら先頭に立ち敵をなぎ倒していたと聞くが、一人で行動されているのは聞いたことがない。


「あ、あのギルバーグ騎士団長ですか!? 一度お会いしてみたかったんですよね」


「そんな考えだから、お前はまだ新人なんだ」


 見張り台より下の門兵に向かって声を掛ける。


「ギルバーグ騎士団長と思われるお方がこちらに向かってきている。最低限のおもてなし、そして警戒態勢レベル2に引き上げ、そして伝令兵にギルド、役場、共に確認をとってこいと伝えろ!」


「はっ!」


 これでひとまず大丈夫だろう。もしあの騎士が偽者だったとしてもすぐに捉えることが可能であろう。私は一旦安堵して見張り台を降りた。


「リックは、あの騎士を見張って少しでも不審な動きをしたらすぐに報告しろ! いいな?」


「はっ!」




 * * * 




 北門にいる兵士の半数が門の前に並び剣を掲げている。これは騎士や貴族に対し、検査や確認を行わないという国に対する信頼と歓迎を意味する。しかし、今回は異例中の異例であり半数は、門の内部で警戒態勢を敷いている。この度の対応の非礼は、上がなんとかするとして、こちらではこうするしか他ないのだ。

 騎士が近づくに連れて騎士団長という名の威圧が見て取れる。全身を覆う黒い鎧、一般的な人より一回りも二回りを大きな背丈、そして背負われた人一人分ほどの大きさの両刃の大剣。これが、もし、敵であるならばと考えただけで身震いする。この騎士が前線に立ち、山賊を討伐に行ったと聞く。山賊に少し、ほんの少しだけ同情をしてしまった。

 騎士が門前に近付いて来る。私が兵に号令をかける。


「門兵よ、構えっ!」


「「「「「はっ!!」」」」」


 私には、騎士に最初に伺わなければならない。実際に貴族、騎士がいらっしゃった際には、お話を聞くのは門番兵長の役目である。目的、宿等の情報を聞き兵たちに役割を伝えるのだ。だからこそ、私は並んだ兵の先頭に立ち騎士が近付くのを待っていた。

 しかし、騎士は並んだ門兵の間に進みいるのではなく、立ち止まった。何やら戸惑っている様子が見て取れる。騎士の列の真ん中ではなく横に逸れようと足を踏み出そうとして戻そうとしたり、後ろを振り返ったりと。

 警戒度を少し上げ騎士に声を掛ける。


「失礼を承知の上でお聞きいたしますが、ギルバーグ騎士団長様でよろしいでしょうか?」


「あ、えーと……」


 騎士は、戸惑いを見せた。声は聞いたことがないため、どうにかして騎士の証を見せていただき、本人の証明としなければならない。


「騎士の証明として、アレを見せていただいてもよろしいでしょうか?」


「アレかぁ……。申し訳ないがもう私は、騎士団の長ではないのだ。だから、今回は私は普通の一市民、旅人として扱ってくれんかね?」


「え? ………。ええ。そうですか、そうだったんですね。かしこまりました。少々お待ちください」


 一瞬、思考が停止したが、すぐに冷静を取り戻し、兵士たちに号令をかける。


「兵士長号令『解散』、警戒レベル1に引き下げ、検査門兵準備、見張り通常警戒遷移。開始っ!」


「「「「「「はっ!」」」」」」


 兵士たちは、集団行動を行い全く同じ動きで門の内側へと帰っていった。警戒で静かになっていた門内が慌ただしく動き始めた。騎士は、ギルバーグ騎士団長、いえ、ギルバーグ元騎士団長は、表情は鎧で見えないが、静かに待っているようだった。


「こちらで出入手続きを行いますので、ついてきていただきますか?」


「わかりました。この度は、どうも申し訳ない。私が騎士として迎えられていたとは。そう、私はもう騎士ではないのです」


「では、何故その、国の騎士団の鎧着ていらっしゃるのですか? まさかとは思いますが、その鎧には対魔力の能力は付与されておりませんよね?」


「あー……あははー。防衛局に許可を得て騎士団の退団後に鎧を譲ってもらったのです。私はね、最初は同じサイズの鎧でいいので売って欲しいと持ちかけたのですけどね……。

 なぜか『その着てる鎧を持ってけ』と言われましてね。防衛局のお墨付きなんですよ、この鎧。あ、でも騎士団マーク等はすべて黒塗りされましたけどね」


 私はとても胃が痛くなった。現、この国最強と謳われている男になぜ鎧を着せたまま退団させたのか……。私には上の考えていることがわからぬ。もし、本当に先程も考えたが、もし、こいつが敵に回ったとしたら一体だれが止めるというのだろうか。魔法は効かず、力だけで成り上がったこの男がどう止めればいいのか……。せめて、鎧は外してくれ……。考えは一旦放棄して検査室にお連れさせていただいた。

 検査室では、荷物検査、質疑応答、出入手続き等を行う。まず、荷物検査だ。


 荷物はたったの三つ。

 両刃の大剣、日用品の入った麻袋、貴族印の付与された一枚の手紙。怪しいものは手紙があるが、規制品でもなし。しかし食料すらないとは……。


「食料はいかがなさいました?」


「……。食料は、尽きてしまいましてね。今日中につかなければと少し早足でやってきたのです」


「そうでございましたか、ではこのまま質疑応答へと入らせていただきます。まずこのルズベリーへやってきた目的を」


「目的ですか? 第一に冒険者ギルドの登録、第二に冒険者として魔物の討伐。第三に金稼ぎですかねぇ」


「なるほど。次に何故定期便を用いず徒歩できたのですか? 長い道のりだったでしょう?」


「ええ、確かに長い道のりでした。でも現在金を持っていなくてですね……」


「なるほど。……お金を所持していない?」


「ええ、この鎧をいただく際に給金やら財産等すべて持って行かれましてね。食料を購入すると定期便に乗るお金すらありませんでした。ハハハ」


「……えーと、出入金ってご存知です? このルズベリーは少々特殊な環境なので出入金として二金のお支払いの義務がございますが……」


「えっ」


「ちなみに、冒険者ギルドの登録料として三金必要だったりするのですが」


「えっ……、もしかして私入れないのですか?」


「いえ、一応二十日以内に役場に入金していただければ、可能となりますがそれまでに入金されない場合強制的に退出されます。また、入金まではいくつかの施設が利用できませんのでご了承ください」


「あ、はい」


「以上です。次に出入手続きを行います。さきほどの出入金ですがこちらは、述べたとおりですね。次に身分の証明ですが、えー、先程伝令兵よりこちらにギルバーグ殿が確かに退団されていること、ルズベリーへ向かったこと。そのことだけで証明となりますが、冒険者ギルドカードを入手後に役場、もしくは北門まで提出していただきます。よろしいですね?」


「はい」


黒騎士は、荷物をすべて持つとルズベリーの街の内部へと入っていった。




「なんだがイメージとだいぶ違いましたね……。もっと厳しいお方だと」


「そうだな、だいぶ柔らかいお人だったな」

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