第40話

 そうして、戦いは終わった。

 ナイアスの見守る中、両断された黒い天機兵から降りたイリスは、遅れてやってきた警備兵たちによって拘束され、護送されていく。

 彼が繰り出した最後の一撃は、操縦室を傷つけてはいなかった。

 最後に聞こえてきた、あの言葉——多分、幻聴以外の何物でもないのだろうが、あのときはアリスのものだと思えた声に背中を押されて、迷いなく剣を振ることで、そうすることが出来た。

 また、彼女に助けられたのだと、そう思うことにしたい。 

 そんなことを考えていたら、護送されるイリスが横を通り過ぎようとしていた。

 ナイアスに彼女へかけるべき言葉はなかった。

 だから、言葉を発したのはイリスのほうだった。


「——これは始まりにすぎませんよ」


 ナイアスはしばし迷い……頷いた。

 イリスの目的は、ナイアスを斃すこと。だが、それは彼女個人の目的ではない。彼女とその仲間——つまり、魔族から命を狙われる立場に、ナイアスはなっているのだ。

 人と魔族の戦いはまだ終わっていない。

 その先触れとして、ナイアスの命が狙われている。

 このことは意識に留めて、警戒する必要がある。


「——と。少し待ってくれ。一つ聞いておきたいことがある」


 ナイアスは、イリスを護送中の警備兵たちに声をかけた。

 彼らからすれば良い迷惑だろうが、聞いておかなければならない。


「イリス、お前……魔族の目的は人を護ること、って言っていたな? あれはどういうことだ?」


 その質問に、促されるまま静かに歩いていたイリスは足を止めて——


「人類未踏領域——その先にすべての答えがあります。そこに。私たちの本当の敵がいる」


 ただそれだけを言い残して、再び歩き出した。

 魔族の少女を追って、警備兵が動く。

 ナイアスは、彼らに置き去りにされたまま、目を二、三回瞬く。

 最後にイリスが見せた表情——

 そこに、彼女が「本当の敵」と呼ぶ何者かに対するのようなものが見えた気がしたからだ。

 ——百年以上の昔から、人類の絶対の敵として、争いを繰り返していた魔族。

 その魔族が畏れる存在とは何か。

 それは、宇宙からやってきたという、天機兵を生み出した真の主人のことだろうか?

 疑問の答えはないまま——

 試合の成り行きとその結末——公表された結果は、対戦相手の不正行為により、失格というものだった——の不審さにざわめきが続く会場にあって、ナイアスは背筋が寒くなる感覚に襲われ、ぶるりとその身を震わせた。

 その、直後に。


「……先生! ご無事でしたか!」


 ナイアスの背中から、投げかけられた声。

 振り返ると、そこには金髪の少女の顔があった。天機兵に搭乗していたからだろう。伊達眼鏡はかけておらず、ひっつめた髪も少しほつれている。

 だが、見たところ、怪我はなさそうだった。


「リズか……そっちこそ、大丈夫だったか?」

「はい、危ないところでしたが、運良く傷一つありません——というか」

「ん?」


 ナイアスが首を傾げると、リズは自分でも疑問げに呟いた。


「彼女は、私を傷つける気がなかったのでは……なんて。そんなこと、あるはずもないと思うんですけども……」

「どうだかな」


 魔族に人を傷つける気がなかった……などと言って、ほんの少しでも同意して貰えるとは思っていなかったのだろう、リズは驚いた顔になって。


「えっ、あれ? そんなこともありますか?」

「さあ、分からないけどな……アイツも、恩を返すぐらいのことはするんじゃないかって、そう思っただけだ」


 リズが倒れていたイリスを病院に連れて行ったという話。

 そのお礼として、イリスは、自分の目的であるナイアス以外の人物であるリズを、傷つけない道を選んだのではないか。

 イリスが人型をしているから、人間のような行動をするものだと思ってしまうのかもしれないが。

 でも、根拠はないが、間違ってはいないのではないかとナイアスは思う。


「そうですか……」


 ナイアスが感じたことが伝わったのか、リズは考え深げにその一言だけを呟く。

 そして、すぐに、再び口を開いた。

 今度はずいぶんと興奮気味だった。


「あっ、それより! 格好良かったです、先生。やっぱり先生はあの時の英雄でしたね」

「んん……」


 ナイアスはいつにない——いや、いつもリズからの尊敬の念は感じているのだが、それがいつも以上であることを感じて、反応に困った。

 照れくささの上に、ちょっと胃が苦しくなるような、違和感すら覚えた。


「あの、私、子供の頃からずっと、先生のことは知っていたんです」

「え、そうなのか?」


 その話は初耳だった。

 リズが興奮気味に語る話によると、どうやら、彼女が最初に観た天機兵の試合で、自分の搭乗していた機体が出ていたらしい。そういえば、昔、この国の大会で優勝したこともあったな、と思い出しつつ話を聞いていたナイアスの耳に、リズの言葉は上滑りしていく。

 彼女の紡ぎ出す言葉が興奮気味でやけに速いのも、ナイアスの意識に入ってこない理由のひとつだったが。

 なんだか、それだけではなく——


「それで、それで——先生は、私にとって、あのその……そのですね!」

「うん……?」


 ナイアスの疑念の声に、リズはぎゅっと目を瞑った。

 そして、決定的な一言を口にした。


「多分、あの時から、私は本気で好きになったみたいなんです! ナイアス先生のことを——って、あれ?」


 リズの声にも疑問が宿る。

 それもそのはず。

 目の前に立っていたナイアスが、ぐらりと身体を大きく横に傾けていたのだ。


「えっ、先生! 大丈夫ですか? どこかに怪我でも——!」


 リズが手を伸ばして、そんなナイアスの身体を支えようとする。

 だが、ぐにゃりと力の入っていない身体は、箱入りの淑女であるリズには重すぎて——ナイアスは彼女を巻き添えに倒れた。

 最後に一言。


「これ、いつもの発作だ」


 そんな、独り言とも付かない呟きだけを残して……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る