第38話

 これで決戦と見定めた戦いに際し、ナイアスが最初にやったことは、手元パネルの複雑な操作だった。

 適当なところで負ける予定だった今回の試合で披露するつもりはなかったが、それでも自身が作って搭載した機能だ。いざという時に使用できるようにはしていた。

 実際には使用しないつもりだった機能だけに、起動するための操作手順はいささか煩雑だが、実戦で利用できる範囲にはまとめてある。

 数秒も経たないうちに、最後の段階に到達する。

 右側のモニターに最終確認のメッセージが表示される。


 ——全ての装甲を除去しますが、よろしいですか?

        はい(0)/いいえ(9)


 操作パネルの0を叩く。

 機体の各装甲を留めていた爆発ボルトが点火し、音を立ててシャープ・エッジの装甲が剥がれ落ちていく。

 ただでさえ装甲の薄いこの機体の、それでも僅かに搭載されている全身の装甲を、すべて除去する。

 結果、残るのは、天機兵の心核が形成するボディを、薄い黒の皮膜だけが覆った機体だ。

 操機手のいる操縦室がある胸部だけは、金属風の部品で保護されているが、それすらも心核が形成する最低限のものでしかないし、背面の保護はない。

 それは、実戦で通用するとは到底思えない機体だった。

 だが、これこそが、ナイアスの作り上げたシャープ・エッジの、本来の設計思想を体現した姿である。

 天機兵の装甲は、損傷をコントロールして機体の継戦能力を高めるとともに、搭乗する操機手を保護するために、後付けで人が付け足したものだ。

 若干のダメージを受けても、装甲のおかげで致命傷にならずに、長期に安定した戦いができる。通常、それは大きな利点だった。特に人を乗せた天機兵同士の争いでは。

 魔族との戦いでは、中途半端な装甲に頼っても、機体も操機手も保護できないことが分かった。

 だから、シャープ・エッジでは装甲を最低限にした。

 大陸諸国では天機兵の重装甲化がもてはやされているが、熟練した操機手が扱うのなら、攻撃を受けるのではなく、避けるのも一つの手だと主張する設計である。


 ——しかし、それでもまだ。

 残った僅かな装甲により、天機兵はその本来の力を出せない。


 そのことに、シャープ・エッジ以前に、試製した機体へ搭乗したナイアスは気付いたのである。

 これまでずっと、天機兵の中心核が自然に形成する躯体ベアボーンは、不完全だと思われていた。保護のための装甲だけではなく、動作を補助する——出力を上げたり、操作の応答速度を高めるための稼働部品を取り付けるのは、設計の基礎の基礎とされていた。

 通常の完成品の機体は、装甲や補助部品一式を取り付け終わった状態で提供される。

 その前の躯体だけの機体に搭乗するのは、一部の設計士か整備士ぐらいだろう。

 そして——通常、彼らは、ナイアスのような超一流の操機手ではない。

 そのせいで、ずっと気付かれなかった。

 性能を向上させるための改修がされているはずの機体と、そうではない素のままの躯体で出来た機体に搭乗したときの、操作フィーリングの違和感に。

 改善と思える改修内容こそが、天機兵の能力の制限装置になっていることに。

 それに気付いたナイアスが、シャープ・エッジに付加したのが装甲や各種補助部品を一括除去パージする機能だ。

 試合前のアイリーンは勘違いしていたようだが、この機体が装備している大剣そのものが特別な武装なのではない。

 全ての補助部品類を外した状態でも、機体のバランスを崩さずに扱える武器——

 それがシャープ・エッジに間に合わせることに成功した大剣の本質だったのだ。

 特別なのは機体そのものなのだ。

 もちろん、その結果として、この機体は極端に扱いにくいものになっている。なにしろ、最悪の場合、一発食らったら操機手が死ぬ。そのため、この機体を操ることのできる操機手はナイアスのみ。

 超一流の操機手の搭乗が前提でなくては成り立たない機体。

 そんなものが量産品になるわけはない。よって、展示会では装甲ありの形態モード、機体名、シャープ・エッジを展示した。


 つまり。装甲を外したこの機体の名は、シャープ・エッジではない。

 本来のプロト設計思想を色濃く示す機体。

 だからその名を——プロト・エッジと呼ぶ。


 目の前のシャープ・エッジに起きた変化に、油断なく武器を構えていた黒い天機兵。

 そのイリスが操る黒い天機兵に向かって、変化を完了したプロト・エッジが高く跳躍した。


「——っ!?」


 息を呑んだのは、イリスだけではない。

 何が起きているのかと不安に思いつつ、試合会場での対戦を見守る観客も同様だった。

 それもそのはずで、プロト・エッジの跳躍の高さは、天機兵の身長を遙かに上回っていたのだ。装甲が重しになる通常の天機兵が、これほど高く跳ぶことはない。

 過去のどの大会でも見られなかった光景に、観客が興奮して歓声を上げた。

 想定していなかった高所からの攻撃を受けようとしているイリスもまた、声こそ上げなかったものの、驚きを隠せない。

 イリスたち魔族は、過去の戦争の記録を持っている。

 現世人類が扱うようになった天機兵が、こんな挙動を示したのは——実に久しぶりのことだった。経験がないわけではない。旧人類が滅ぶことになった戦闘からの記録を持っているのだから、装甲を持たない天機兵と対峙したことはある。

 しかし。

 それでも。

 人間の搭乗する天機兵が、このような跳躍を見せたのは一体いつぶりか——辛くも攻撃を躱しながら、イリスは記録を検索し続けた。

 そこに、さらに追撃をかけようとしたナイアス。と、そのとき。


「——聞こえるか、ナイアス」

「アルフレックか?」

「聞こえてるみたいね、よかったわ」


 こんな場面でも、いつものしかめ面しか想像できないアルフレックの声に続いて、アイリーンの安堵するような一言が、スピーカーごしに飛び込んでくる。


「いまは通信している余裕はないぞ」

「分かっている。リーズレット君は無事だ。通信波の増幅装置が破壊されたようで、そちらの機体とは通信が繋がっていないようだが、管制室の出力は大きいからな。先生に無事を伝達してくれと頼まれた」


 戦いに集中するために、通信を止めようとしたナイアスだが、その一言に手が止まった。


「そうか……それはよかった」

「それと、支援のために警備兵と手の空いている大会参加の天機兵を差し向けた。あと少しでそちらに到着する。単独で介入させては被害が大きくなると思って、連携の段取りを取ったので時間がかかった。すまん」

「分かった。感謝する。もう切るぞ」


 簡にして要。

 こんな事態に際して、アルフレックの通信内容は実に的確だった。無駄なことは一切伝えてこない。経験豊富な彼ならではだった。

 であるからこそ、その意をくみ取った、ナイアスも通信を手短に切り上げる。

 いまは戦いの時だった。

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