第34話

「私たちは、まず、敗戦の理由を検討しました。その結果、二つの原因があると結論しました。そのうちの一つが、そう、先の抗争で私たちに大きな打撃を与えた、あなたの存在です。私たちはあなたの能力を解析しなければならないのです」


 ナイアスはイリスの言葉が続く中、モニターで油断なく黒い天機兵の姿を見つめていた。いつのまにか、機体に引かれていた青緑のラインまでもが黒く染まっている。

 そして、機体を覆う黒い瘴気も、より濃く深くなっている。

 モニターでは見えにくいものだから、次の試合の準備をしているチームは気付かないかもしれないが、試合を見ている観客がこれに気付いて騒ぎ出すのも時間の問題かと思われた。


「俺の……能力の解析、だって?」


 時間を稼ごうとしてナイアスは対話を続けることを選んだ。


「はい。天機兵と呼ばれる、私たちにとっても解析不能な、異星文明の技術を利用した兵器を運用するあなたの能力——それが、私たちの脅威なのです」

「俺ぐらいの操機手はごろごろいるぞ?」

「それは謙遜ですか? 感情を理解しない私たちには、ヒトの反応には未だ不可解なところがありますね……」


 反射的に応じた一言に、イリスは戦場にあって奇妙に落ち着いた反応を見せる。

 が、その反応はナイアスの耳には入ってこない。それよりも気になることがあった。それは、さきほどの一瞬で、聞き流しかけたひとつの単語だった。


「まってくれ。異星文明——ってなんだ?」


 会話を続けることに意味がある、と認識しているナイアスは、素直にそれを問いかけた。

 こちらの……人類の知識不足であることを表明してしまうが、探り出すような迂遠なやりとりをするよりも、いまは時間を稼ぎたかった。


「……あなたがいま操縦している機体、それを生み出す心核について、疑問に思ったことはなかったのですか? かつて……遙か昔に、現世人類が私たちを退けるために利用を開始した、天機兵という兵器は、この星の技術によるものではありません」

「俺たちは……天機兵は、古代の文明によるものだと思っていた。それが、異星……つまり、宇宙にある別の星からやってきた技術だというのか……?」


 ナイアスが唸った。

 驚くべき話だった。だが、同時に納得できた部分もある。天機兵について、現代の研究者の間でも謎だった一つの事実——


「俺たちがこの兵器を、天機兵と略して呼び始める前の名前——伝承にある発掘時に、碑文として彫り込まれていたという、時の彼方にその本来の意味を忘れ去られた名称——使の、使の二文字が指すのはそのことなのか。天空より訪れる神の使者とやらの名を冠していたのは……古代の信仰によるものではなく、純然たる事実から来た比喩だったのか!」


 ナイアスは敵機と対峙している、という状況を忘れて、機体の頭部を動かしてモニター越しに天を仰ぐ。いま、青空には星は見えない。しかし、そこには数多の星々が存在している。


「……そうですね。そして、皮肉な名前でもあります」

「どういう意味だ?」


 この瞬間、ナイアスはかつての一流操機手としての立場を忘れて、戦後に得た研究者としての立場で話していた。

 天機兵に関する、全ての疑問を解消したい。その思いが、時間を稼ぐという当初の意図すら忘れさせて、ナイアスに問いかけを紡がせる。

 イリスが何を考えて、自分の問いかけに応えているのか。

 そこには思いを致せないままに。

 そして——問いに答えが与えられた。


「かつての人類——現世人類ではなく、旧世代の人類のことですが——。彼らは、旧文明の主であり、同時に私たちを作り出した存在です。その、ヒトという種族——かつて地球と呼ばれていた、この星を支配していた万物の霊長たる種族へ、壊滅的な打撃を与えたのが、その使なのです」

「なん、だって……?」


 ナイアスの声が震えた。


「旧文明は、現世よりも遙かに進んでいましたが、異星文明はある意味でそれ以上に進んでいました。体系の異なる未知の技術によって作り出された兵器に抗することができず、かつての人類は滅びを迎えたのです」

「じゃあ……いまの俺たちは一体何だって言うんだ?」


 ナイアスの問いかけが続く。


「人類の栄華の残滓——僅かに残った、未来への可能性です。そして。私たちにはあなた方を護り、未来へ繋いで行く義務があるのです」


 思わぬ言葉に、ナイアスは固まった。

 操縦桿を握りしめる手が震える。発作によるものではなく、怒りからだ。


「魔族が人を守る……だって? ふざけるなよ。それなら、なぜ、お前達は人を殺すんだ? それに……天機兵の古代心核は——アリスは、俺と一緒に戦ってくれた。アイツが敵の手先で、お前達こそが俺たちの友人だって? もう一度言ってやる、ふざけるな」


 怒気の籠もった言葉とともに、機体内からイリスを——その機体を睨み付けるナイアス。

 その強い視線を感じ取ったわけでもないだろうが、イリスは珍しく言葉に躊躇した。

 しばし沈黙が降りる。

 しかし結局、再びイリスが口を開いた。


「……あなた方が古代心核と呼んでいる、意識の宿った心核のことを、私たちはオリジナルと呼んでいます。この世界に遺された絶対数は少なく、失われつつありますが……あれらがかつての人類の敵であったことは間違いありません」

「っ」


 ナイアスは剣を携えたシャープ・エッジを前進させた。

 時間を稼ぐという目標が頭から抜けてしまった行動だったが、イリスの言葉は、どうしても許せなかったのだ。

 ナイアスを守るために自身を犠牲にしたアリス。

 突然、人類の国々に攻め込み、町や村を破壊し、抵抗する人々を——仲間だった天機兵の操機手たちも含めて、多数殺していった魔族。

 アリスに似た名前をもち、少女の形をしていたから勘違いしていた。

 魔族は、魔族だ。

 連中がやっていることは侵略者としてのそれでしかないのだ。


「残念です。この会話を楽しんでいたのですが……」

「俺にとって、お前らは敵だ」


 ——最高の操作で、最高の一撃を叩きつける。

 そのつもりで繰り出した剣先はしかし、あっさりと防がれた。


「あなたの能力は学習しました。もう、あなたには私と……私が操る天機兵は倒せません。——そうです。私たちは、先の抗争でもう一つの敗因となった存在——天機兵を、人類から取り入れることにしたのです」


 試合開始直後から、機体の動きも操縦技術も格段に上がっていたが、ナイアスから見て、特に目を惹かれたのは機体性能だ。


「その変な機体……お前らが設計したにしては、帝国の機体に似すぎている……どうやって手に入れた?」

「私たちが盗んだ、とでも言いたいのですか? まあ、当たらずとも遠からずですが……」


 会話の合間に、いや、打ち合いの合間に会話する、ナイアスとイリス。

 ナイアスがどんなに素早く剣を振るっても、イリスの防御は崩せなくなっていた。試合開始時とは完全に立場が逆転している。


「この機体は鹵獲したものです。それを、私たちの技術を用いて改造しました。心核は私たちにとってもブラックボックスですが……その他の技術水準において、私たちはあなたがたより遙か先に行っています。あなたに勝ち目はありませんよ、ナイアス」


 イリスの言葉に反論するのは難しいと頭では理解しているものの、反発したい気持ちが先に立って、何か言おうと口を開いた、そのとき。


「——先生! 下がってください、支援します!」


 リズの声がスピーカーを介して飛び込んで来た。

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