第33話
「あなた、何を言っているの?」
リズの問いかけに最初に反応したのは、質問されたイリスでも、スピーカーからの声に目を見開いたナイアスでもなかった。
管制室のアイリーンは、混乱して通信用のマイクを意識せずに、側にいたリズに詰問口調で話しかけた。
「イリスって子、どこからどう見ても人間じゃない。人の姿をした魔族だなんて——」
「いいえ、魔族はそうじゃないんです」
言いかけたアイリーンを遮って、リズは首を振った。
「っ、ちょっと待ってくれ、よく聞こえないぞ」
「あ、ごめんなさい」
割り込んだナイアスからの通信に、アイリーンはマイクに向き直って短く謝罪する。
そのやりとりの直後に、説明のためにリズは口を開いた。
「——確かに、先の大戦で現れた魔族は、その大半が巨体の獣……あるいは人と獣の間を取ったような形態をとっていました」
「それで?」
ナイアスが先を促す。
管制室では、天機兵に搭載されているのと同じような映像を映し出すモニターがある。望遠鏡の機能もあるそれを使って、ナイアスのシャープ・エッジと黒い天機兵の剣戟を、すぐ側に立って見ているかのように確認できる。
戦いの状況は接戦、いや、ナイアスが少し押されているように見えた。
「ですが……王家には過去の……数百年前の魔族との戦いの記録も残っています。文献によるものですから、記録者の見たままの姿が分かるわけではありませんが——」
「ちっ、しつこい!」
苛立ったナイアスの怒声は、もちろんリズに向けられたものではなく。
黒い天機兵が続けていた連撃の一瞬の隙を突いて、ナイアスが操るシャープ・エッジが繰り出した蹴りが、敵機の胴を捉えて跳ね飛ばす映像が、管制室のモニターに映し出されていた。
直後、シャープ・エッジが加速して、敵機と距離を取る。
それと同時に、ナイアスの声。
「手短に頼む」
会話に意識を取られながら戦えるだけの余裕がないことを示す一言に、リズは頷いた。
「はい。かつての魔族は……決まった形をもっていませんでした。狼や熊程度のサイズであったこともありますし、虫のような形をしていたこともあるようです」
「形はともかく……色は? 魔族と言えば黒、だと思っているんだけど?」
アイリーンのその言葉にも、リズは頷いた。
「それは、その通りなのですが……」
「時代によって形が変わる存在なら、色だって変わるかもしれないってことだな?」
ナイアスが確認するように言った。
「そんな理屈ってあるかしら?」
アイリーンの声が不満げに聞こえる。それは、彼女がリズの推測には同意していないことを示していた。
だが、リズの論拠は魔族の形状に関するものだけではなかった。
「はい。それに……先生からは見えるという、敵機体の黒いもやですが……それは、魔族が身にまとうという瘴気ではないかと」
「ああ。前に戦ったあいつらの中に、同じようなもやがまとわりついている奴がいたからな……」
リズの言葉に、ナイアスが同意するように言った。
それを聞いたアイリーンは息を飲む。
マイクから口は離さずにリズを見ると、そこには血の気の引いた彼女の顔があった。
「伝承によれば……それは、魔族の将の特徴だと……そう書かれていました」
場に短い沈黙が降りる。
その言葉の意味を咀嚼するように、アイリーンが「魔族の将って」と呟いた。
——博覧会の催しとして行われる、天機兵の大会。
成り行きで出場することになったナイアスたちはもちろん、優勝を狙い、国や組織の威信をかけて戦うチームであっても、それはあくまでもお祭りの範囲内だ。
人類の敵である魔族が、そんな場面に参加者として紛れ込む事態は誰一人想定していない。
そしてその魔族が、こともあろうに魔族の将だなどと——
リズの推測が真実ならば、それが意味する問題は、とても一言で語れるようなものではなかった。辺りの空気が重くなるどころか、よどみ始めていた。
そのとき。ナイアスが口を開いた。
「いや。瘴気って奴を纏っているのは、必ずしも魔族の将ってわけじゃない……」
どこか苦しげな呟きに、リズが何か応えようとして。
「——現世人類たる、あなた方の認識では、そのようなことになっているのですね」
イリスの通信が割って入った。
「あなた方が瘴気と呼んでいるものは、上位指揮個体に見られる歪曲磁場でしょう。先の抗争において、私たちが投入した数体の上位指揮個体は——ナイアス、貴方がその大半を下していましたね」
淡々と紡がれる言葉に、ナイアスたちは黙り込む。
イリスの言葉は、先の推測を肯定するものだ。つまり、イリスは——おそらく、彼女が操る天機兵も含めて——魔族なのである。
それが意味することを思考しかけたナイアスを、続くイリスの言葉が遮った。
「前回の敗戦で、私たちには思索の時間が訪れました。なぜこうなったのか、次にどうするべきかを解析し、検討し、未来を予測し、今後を計画する必要性が生じたのです。そう……ヒトの手により、ヒトでないものとして生み出された私たちに、感情という欠陥は存在しないはずですが……私たちは、確かに反省したのです」
「人が生み出した……?」
引っかかる一言に反応したナイアスの呟き。
「先生! 私とアイリーンさんは、運営本部に支援を要請してきます! 会場への被害を防止するために、イリスさん——いえ、その魔族をなんとか抑えてください!」
直後に、リズの慌てふためいた叫びと、乱暴に置かれたと思しきマイクから入った雑音が飛び込んで来た。
「っ、ああ」
ナイアスは頷いた。
確かに、今は会場の観客——民間人に被害を出さないことが重要だ。
ナイアス自身もすでに民間人ではあるものの、この状況下では、イリスとその黒い天機兵は、自分がしばらく押しとどめるしかない。
「問題は……どこまで持つか、だな」
手のひらに汗を握りつつ、ナイアスは独りごちた。
その異常発汗は、発作の前兆として、彼が慣れ親しんだものだった。
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