第25話

 ところが翌日。

 昨日夜に提出した書類のことで、ナイアスは朝に呼び出しを受けることになる。


「はあ? ダメってどういうことだよ」


 食い下がるナイアスの前で、自研究室の椅子に腰掛けたアルフレックはため息を吐いた。


「当たり前だ、愚か者」

「ああん? 喧嘩売ってるのか?」


 試合に出ろと命令され、面倒な書類を仕上げて提出してみれば、これでは受理できないと言われる。

 ナイアスが突っかかるのも当然だったが、


「負けてもいいとはいったが、トーナメントの本戦だ。危険性を考えれば、操機手にこの国の王女であるリーズレット殿下を据えるわけにはいくまい。万が一の事故が起きたときに、お前一人で取れるような責任ではないぞ」


 このアルフレックの説明で、ナイアスは肩の力を抜いた。


「いやまあ……それはそうだが……。でも、模擬戦を見ていたお前だって知ってるだろ、俺のアレはまだ治ってないんだよ」

「それとこれとは別問題だ。とにかく、操機手は変更するように」


 取り付く島もない反応だったが、流石にナイアスも同意せざるを得ない。

 今回のように各国とその組織が参加する大規模なトーナメントでは、参加チームにかかる期待は重い。国の名誉と威信がかかってくると言っても過言ではない。だから、試合は過熱したものになりがちで、不慮の事故の可能性は十二分にあるのだった。

 そんなところに、一国の王女を参加させられるかと言われると……無理、としか言いようがない。

 なのにリズを操機手として書類を書いてしまったのは、ナイアスのうっかりが半分。

 だが、残りの半分の、他に操機手の当てがないことについては、どうしようもない。ナイアス自身が搭乗するのは難しいのだから。


「じゃ、じゃあ、代理の操機手を手配してくれ。協力は惜しまないって話だったよな?」

「それは当然だ。そもそもそのつもりで、手配は昨夜のうちに済ませてある」


 ほっと胸を撫で下ろしかけたナイアスに。

 だが、とアルフレックが続ける。


「この書類の内容は本当か?」


 アルフレックが指さしたのは、公式試合に参加する機体について、運営側が性能を把握するための記入欄だった。そこには機体性能値などの諸元スペックが書かれている。


「操縦桿の感度、四肢のパワートルク比、全身の装甲評価値……このデータが、欺瞞か何かでないのなら……」


 アルフレックがナイアスを見上げて、表情を窺う。

 だが、ナイアスにその部分で何かの企てがあるわけではない。それを見てとるのは難しくなかったのだろう。彼は、納得したかのように頷いた。


「悪いが、こんな機体をまともに操縦できる人員はいないぞ」

「マジかよ」


 思わず、ナイアスは素の反応をした。

 秘術技師になる前の、少年操機手だった頃の口調は大学に相応しくないとハイフェック教授に駄目出しされたものだ。

 だが、長年使ってきた言葉遣いが顔を覗かせないようにするのは難しかった。


設定セッティングが極端すぎる。よくこの機体をリーズレット殿下が操っているものだと思うほどにな」

「あー、言われてみれば……」


 機体の試運転を行っていたのは、リズとナイアスだ。

 戦闘でなければナイアスも発作を起こさずに操縦できるのだが、自分以外が乗った時のデータも欲しいと、リズに試乗を依頼したのだ。

 彼女は、最初の頃はえらく苦労していたが、単純に操縦経験が少ないものだとばかりに思っていた。


「負けてもいい試合……それでも駄目か?」

「入場ぐらいはできるだろうが、動き始めたら派手に転倒して終わるだろうな」


 大学と共和国の威信を考えれば、認められん。

 と、アルフレックが言う。


「じゃあどうするんだ……?」


 確認したナイアスだが、その答えは一つしかない。


「お前が操縦するしかないだろう」

「いやいやいや……」


 冗談じゃないぞとナイアスは思う。

 こないだの模擬戦と同じ結果が待ち構えているのは明らかだ。

 前回は久々の試合だったので、もしかするとだいぶ良くなっているのでは……などと思いもしたのだが、それは甘い願望だった。

 もう一度乗っても、同じ結果が待ち構えているに違いない。


「無理だってば。勘弁してくれよ」


 折り合いがよくない相手とはいえ、この件については格好を付ける気力もなく、ナイアスは首を振る。

 アルフレックは、長いため息を吐いて、書類に視線を落とした。


「確かに、こんな調整のされた機体だというのは、私の想定外だった……」

「なら……」


 俯いていたアルフレックの視線が上がる。


「だが、もはやどうしようもない。他の代員、代替機は間に合わん」

「んなこと言われてもだな」

「——ナイアス。お前は英雄だ。たしかに今はポンコツだろうが……それでもお前はかつて天才操機手だった。そうだろう?」

「ポンコツって……いやいや、騙されないぞ、無理なものは無理だからな?」


 ムカッとくる発言と同時に、こちらを持ち上げてくるアルフレックの意図を読み取ったナイアスが抗弁する。


「困難な状況に立ち向かってこその英雄だ」

「何を言っても無駄だからな、無理なことは無理だっつの」

「出場して、それなりにぶつかり合って、負けるだけのことができないとでも?」

「できないって言ってるだろ」


 ナイアスは半ギレの口調で言った。


「吐き気と頭痛と目眩だったか? 逆に言えば、しばらくそれを我慢すれば、研究者としての実績が得られることになるが?」

「うっ……」


 確かに、実績は喉から手が出るほどに欲しいのだった。

 リズの指導技師を引き受けたのも、実績がないから教授の命令を断れなかったため。ここで、模擬戦と同程度の我慢で、さらなる実績が手に入るのであれば……。


「と、色々言ってみたものの、実際、運営としてはもはや手が残っていないから、何が何でもお前に出てもらうしかない」

「は?」

「展示許可の取り消しの権限もこちらにあるし、協力的でなかったということで後で問題にすることもできるのだよ」

「おい、ふざけんな……」


 ナイアスは、視線に呪いを込めてアルフレックを睨み付けるが——

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