第24話

「でも、それだけだな」


 休憩室には、ナイアス、リズ、アルフレックの三人以外にも、それなりの人がいた。

 そのうちの一部の連中が、一連のやりとりに興味を惹かれたらしく、こちらを見ているのにナイアスは気付いていた。

 そんな連中にも聞こえるように、ナイアスは先の一言を口にした。


「えっと……先生?」


 リズが真意を問いかけて、アルフレックは視線だけで続きを促してくる。


「事情は理解したけど、それでもやっぱり、別に俺じゃなくてもいいはずだよな?」


 それに応じて、ナイアスは答えた。


「えっでも……そう、なんですか?」

「…………」


 軽い驚きを見せるリズと、無言のアルフレック。

 分かりやすい反応だな、とナイアスは思う。


「確かに新設計のシャープ・エッジは出しやすいだろうが、他にも既存機と同一とは言えない機体はある。例えば……なんつったっけ、あの四本腕のやつ」

「ああ……たしか、ヘカトンケイルとかなんとか。あれってうちの学生の卒業制作なんですよね? ……見た目が強そうなのは、大会に向いてるのかも知れませんけど」

「まあ、実戦に使える機体じゃないわな」

「それを言ってしまうと……」


 展示会で見かけた異様な機体について、ナイアスとリズが会話を交わす。

 学生のものとはいえ、他人の設計した機体をけなすような発言を公にしているのだが、ナイアス達以外の周囲の目も「ああ、あれね……」という感じになっている。

 それもそのはずで。


「追加の腕を何本搭載したとしても、天機兵の心核の制約で自在に動かせるのは二本だけだ。ナイアス先生、冗談を言って貰っては困る」


 そうなのだった。

 展示されていたヘカトンケイルという機体では、追加の二腕についても若干の稼働能力を持たせているので、研究としては面白いのだが。


「実際のところ、あれってどの程度動くものなんですが?」

「研究レベルだ。実用水準ではない」


 リズの素朴な疑問に答えたのはアルフレックだった。

 大学から展示されている機体を審査しているだけあって、回答によどみがない。


「そうだな——けど、試合を成立させるための欠員補充ならあれでいいだろ?」

「あー……そういうことですか」


 ナイアスの言わんとすることを理解したリズが、相づちを打った。

 ナイアスの指摘はつまり、不出場の機体の代理をさせるだけなら、レギュレーションに則っていれば、実戦に使えない機体でも差し支えないはずだということだ。

 それに対して、アルフレックは首を振る。


「確かにそうではあるが、大学、引いては共和国の威信に関わるという視点が欠けている。現在展示されている新型機で、戦闘をそれなりに成立させられるのはお前の機体ぐらいだ。それはこないだの模擬戦で確認できた」


 あれ? とリズが首を傾げた。

 ナイアスは彼に「いやみのアルフレック」などという勝手な二つ名を付ける程度には嫌っている。

 だが、アルフレックの口ぶりからすると、彼はナイアスの機体を評価しているようだった。


「——仮にそうだとしても、俺はやだね。断る」

「先生……。でもこれってチャンスですよね?」


 子供のようなことを言うナイアスに、リズが横から口を挟んだ。

 リズとしては、ナイアスの機体が活躍するシーンを見たい。

 その思いから口にしたのだが、ナイアスはいやな顔をしていた。そこに、アルフレックが追加の一言。


「実績にはなるだろうな」

「……む」


 ナイアスが口ごもる。


「実績が必要なのではなかったのか? ハイフェック教授からそう聞いているぞ」

「……なんでこいつに話すんだか……」


 ハイフェック教授と、アルフレックは同門なので、情報が通じているのはおかしな話ではないのだが、ナイアスは気に入らない。


「私は、先生の機体が試合に出ているところを——」

「いずれにしても、今回の博覧会での、我が校の参加者についての統率権は私にある。ナイアス先生、これは大学からの指示、いや命令だと理解して欲しい」


 リズが言いかけたのを遮って、アルフレックが強引に話をまとめようとする。

 裏切りめいた発言をするリズに一瞬視線を投げかけたナイアスだったが、アルフレックの言葉を聞いて、ふたたび彼の顔を睨みつける。

 そして。


「ちっ……仕方ないな」


 不承不承、頷いた。

 アルフレックに決定権があるのは事実であるから、そこに抵抗しようとしても仕方ない、と理解できてしまうのが悲しい。


「では、よろしく頼む。すぐにエントリーの書類を持ってこさせるから、それに記入してくれ。試合前に整備で必要な機材などがあれば協力するから、そのときは言ってほしい」


 話が決まってしまうと、アルフレックは余計な立ち話をすることなく立ち去っていった。書類の手配の件もあるにせよ、博覧会に関する調整事項などは引きも切らないはずで、単に忙しいのだろう。

 残されたナイアスとリズの師弟は、どちらからともなく展示会の会場に向かおうとする。

 試合に出場するにせよ、今日のところは展示を見に来る客の対応をしなければいけない。試合に向けた機体の調整は今夜からになるだろう。


「……はあ、めんどい」


 こっそり呟いたナイアスの一言は、リズの耳には届かなかった。

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