第23話

「先生、先生、先生——大変です!」


 休憩室に息せき切って飛び込んで来たリズが、妙にテンポ良くナイアスを呼んだ。

 今日は展示会の初日。

 ナイアスが設計したシャープ・エッジもすでに会場に置かれている。午前一杯は設計者であるナイアス自身が説明要員として、機体の詳細な説明を求める客を待ち構えていたのだが、昼食時にリズを残して、短い休憩を取っていたのだ。

 なお、説明を求めてくる客は、ナイアスと同じような設計者やどこかの工房の人間ぐらいに限られる——そして、ナイアスのように特段注目を集めているわけではない、個人設計者の機体では質問される頻度も低い。

 予想はしていたが、午前の時点でそれを思い知らされたナイアスは、少しばかり意気消沈していた。


「どうしたんだ、リズ? そんなに慌てるようなことがあるのか?」


 と言いつつ、ナイアスはわずかながら期待していた。

 ——もしかすると、シャープ・エッジを評価してくれる何者かが現れたのかも。

 ところが、それが儚い夢だったとリズの次の一言で瞬時に理解させられた。


「アルフレック先生から、緊急の依頼がありまして」

「あー、悪いけど断ると伝えてくれ」


 現役の操機手だった頃のような、超反応での回答。

 単に、食い気味の答えともいう。


「まだ内容を説明していませんってば」

「いやー……絶対に厄介ごとだろ、それか嫌がらせ」

「そんなことありませんよ。あ、いえ……若干は厄介ごとと言えなくもないですけど……」


 リズはいったんは手を振って否定したが、直後、考え直したように言った。


「よし、やめとこう」


 ナイアスが宣言する。


「いえ、あのですね……」

「そんなことよりリズ、会場の説明要員がいなくなってるほうが不味いんだが……」


 話は終わったとばかりに、ナイアスがリズの言葉にかぶせると。


「あ……すみません」


 入ってきたときとは真逆に、肩を落としてリズが詫びた。

 想像以上に反省しているリズの様子を見て、ナイアスはこほんと空咳をする。


「いや、まあ、来客があったら呼んでくれと言ったのは俺だから、仕方ないんだが」

「すみません。話を聞いて、びっくりしてしまったもので……」

「そんなに驚くような話なのか?」


 あれ、結局聞いてしまったな……? と、ナイアスは口に出してから気付いた。

 まあ別に意地を張ってるわけじゃないし——と思い直したところに。


「——それは私から説明しよう」

「んげ」


 リズが開けたままの扉から休憩室に入ってきたのは、痩せぎすの長身の——ナイアスが見慣れた男だった。


「わざわざこんなところまで来るとは……暇なんですかね? アルフレック先生は」

「私みずからが足を運ばねばならん用事ということだ」


 ナイアスの皮肉に、アルフレックは表情も変えない。


「本題に入る——トーナメントに出場してほしい」

「……はあ?」


 想像すらしてなかった一言に、ナイアスは皮肉すら忘れる。

 思わず、リズの顔を見ると、どうやらすでに話を聞いていたらしい彼女はこくんと頷いた。


「出場予定だったエルスニア連邦騎士団の機体が、試合日まで到着しないことが分かってな。欠員補充という形での出場になる」

「いや待てよ」

「試合は、明後日に行われる初戦の第八試合で、対戦相手はウェスラート公国の代表だ。小国で注目されていないチームだが、機体は新設計としてエントリーされている。公平性の観点もあり、運営サイドにも子細は不明だが」

「待てって。なんで俺が出場しなきゃいけないんだ?」


 一方的に言い募ってくるアルフレックを、ナイアスは押しとどめようとする。


「トーナメントの初戦に不意の欠場が発生したとき、開催国にはそれを可能な限り穴埋めする義務があるのだ」

「だからって俺とはなんの関係も……」

「展示会の出展許可申請に、このような事態が発生したときの、協力要請の記載がしてあるのだが……見てなかったのか?」


 知らなかった。

 ナイアスがリズに視線を投げようとして。


「いや、聞くまでもないことだった。お前がまともに書類を読んだりしないことは知っている。信じろ、こんな嘘は吐かん」


 アルフレックのその一言に、ナイアスは視線を彼の顔に戻した。

 しばらく、にらみ合いのような状況になるが——


「まあ、そうだな」


 ぽつりとナイアスが零す。

 そこにリズがおずおずと割って入った。


「あ、あの……でも、この国から展示会に出展している機体は他にもあると思うんですが、なぜシャープ・エッジ——ナイアス先生の機体に白羽の矢が立ったんですか?」

「そうだよな……俺も同感だけど、その辺どうなんだ?」


 その質問があることは予測していたのか、アルフレックはひとつ頷いてから、話し始める。


「これは知っていると思うが、展示会に出展されている機体の中で、実戦的な機種はたいていトーナメントにエントリー済みだ」


 ナイアスは軽く頷いた。

 それは知っている。だが、展示会に展示されている機体は、トーナメントのエントリーの総数を上回っているはずだ。他に機体はあるのだ。


「そして……今回のトーナメントのルールでは、出場国は同一型式の機体では複数エントリーできない」

「あれ、そだっけ?」

「はい、博覧会のトーナメントはあくまでもお祭りですから……同じような天機兵ばかりだと面白みがないだろうということで、今年はそうなっていますね」


 リズの説明に、ナイアスは頷いた。


「なるほどね、そういうことか……」


 アルフレックが、分かってくれたようでありがたい、と呟く。


「完全新設計の天機兵——シャープ・エッジなら、被りがないから出場しやすいってことなんだな……」


 閉ざされた休憩室からは見えないが、ナイアスの視線は、自分の設計した機体に向けられていた。

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