第22話

 汎大陸天機兵博覧会の一番の見どころと言えば、やはり、天機兵同士で行われる模擬戦のトーナメント大会だ。

 開会のパレード、新型機の展示会といった催しも多くの人を集める。天機兵とは直接関係のない、屋台やその他の出店、舞台演劇、演奏会、大道芸なども盛況になるだろう。

 しかし、それらは博覧会というコース料理においては、食前酒や副菜、あるいはデザートといった位置づけだ。

 もっとも多く人を惹きつけ熱狂させる、主菜たるイベントは、最終日を含む三日間で行われる、巨大人型兵器の天機兵同士が正面から激突して火花を散らす、トーナメント戦なのだった。

 だが、一部の人間にとっては、トーナメント戦がメインイベントであることは変わらずとも、若干その意味合いが異なってくる。

 さて。博覧会の会場である旧王都。その下町には酒場が多数あった。

 その中で、特筆すべき要素は何もない店で。

 これまた特段目立つ要素のない男二人組が、半ばほどまでエールで満ちたジョッキを片手に、幾分抑えめの声でやりとりしている。


「連邦の出場者の件——聞いたか?」

「ああ、聞いたとも。まだ、会場入りしていないんだってな?」

「国境線付近で魔族の大群が現れて、博覧会どころじゃないとか」

「俺が聞いた話じゃ、魔族は数体だが、念のため街道が封鎖されたせいらしい」


 二人の情報源は、市井の噂だった。

 噂は噂。事実との相違点もある。魔族の出現規模が食い違っているのもその一つだ。

 ——とはいえ、エルスニア連邦からトーナメントに出場する予定だった天機兵が、未だこの都に到達していないのは、まったくの事実だった。


「また魔族が襲ってくるのかねぇ……」

「かもしれないが、連邦の側なら不幸中の幸いだな。共和国からは遠く離れているから、対岸の火事を決め込める」

「分からねぇぞ、奴らの規模次第じゃ、こっちまで火の粉が降りかかる……」


 そこまで言うと、男はジョッキを呷った。

 シレーネ共和国の人々にとって、魔族の恐怖は拭いがたい代物なのだった。先の戦役の被害は、民間人にとっても、決して小さいものではなかった。


「とはいえ……問題はそこじゃねぇ」


 怖れをエールで洗い流そうとする男の対面で、もう一人の男がにやりと笑って続けた。


「連邦の機体が出ないとすると、第一試合の賭けのオッズが変わってくるぞ」

「だな。確か、エルスニア連邦の騎士団代表は、第八試合で……対戦相手はあまり聞いたことのないところだったな」

「ウェスラート公国だ。半島の小国だからか、一機だけ参加している」

「連邦の騎士団代表チームが本命の試合だな。不戦勝つっても勝ちは勝ちだよな。一口乗っとくか?」


 先ほどまでは魔族に怯えていた男も、その話題に生気を取り戻していた。

 トーナメント試合の勝敗を予測しての賭け——それもまた、汎大陸天機兵博覧会の一つのイベントなのだった。

 共和国内では、今回のトーナメントについては、公営の賭けは行われていない。むしろ、今回の開催国であることから、八百長などの問題を抑止するために、賭け自体を禁止していた。

 だが、幾つかのブックメーカーは、非合法であるにも関わらず、こっそりと勝敗予想の賭博を運営していたし、個人同士での小規模な賭けに至っては完全に野放しであった。

 男が口にしたのは、前者の賭けだ。

 掛け金の受付は、ブックメーカーによって異なるが、試合の開始前日まで。

 連邦の圧倒的有利と見られていた試合は、すでに連邦側に掛け金が集中している。ところが、その連邦の不出場となる可能性が高い。

 だが、現時点では不出馬は噂にすぎず、前の試合のダメージで次戦は不戦敗、ということがざらにある天機兵の試合では、不出場での不戦敗だからといって、払い戻ししない条件の賭けもある。

 だから、今から一口乗るという選択肢が生まれるのだった。


「いやいや、ことはそう単純じゃないぜ。すでにこの噂は出回りつつある。締めきる直前まで賭けの変更は可能なんだから、オッズもすぐに変わるだろ」

「それでも、手堅い試合だろ?」


 勝つ側が決まっていても、負ける側に賭けている人間がいれば、少しはリターンがある。百の元手が百一にしかならなくても、掛け金によってはちょっとしたものになる。

 それだけの掛け金を積むのが難しいというのはあるが。それに——


「ギリギリになって、連邦が到着したらどうする」

「それだよなぁ……」


 その場合は、損をしてしまう。手堅い勝負のつもりで、そうなってはつまらない。


「もっとしっかり噂を集めてみるか」

「噂は所詮、噂だからな……そんな旨い話はねぇってことよ」

「つまらん結論だなあ……。まっ、そんなもんか」


 はあ、とため息をついた男がジョッキを卓に戻す。ごとり、と鈍い音がした。

 そして苦笑を浮かべつつ言う。


「けど、そういうことならよ……魔族の連中を応援してやりたくなるな」

「はっ」


 相手の男も笑った。

 魔族が近くに現れたエルスニア連邦の人間が聞いたら、眉をひそめただろうが、そんなことは、現地から遠く離れた国に住む酔っ払いには関係ない。

 人類の脅威である魔族。

 人類を守るために投入されている兵器である天機兵。

 それらが、大衆の冗談のタネや、賭け事の対象として消費される。そんなシーンは、街のあちこちで発生していた。大陸全体で見れば星の数ほど起きていると言える。

 これもまた、この世界の一つの現実だった。

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