第21話

 新市街の屋台が建ち並ぶ一画に辿り着いたとき、一行はナイアスとリズの二人だけになっていた。

 アイリーンとは偶然にはぐれたわけではない。

 少し前の彼女の話ではないが、偶然、アイリーンの実家の取引先と出くわしてしまい、挨拶に時間を取られることになったための別行動だ。


「先生、それはなんですか?」


 ナイアスが屋台で購入した串料理を、リズが不審なものを見る目つきで聞いてきた。


「イカの下足ゲソの串焼きだけど……初めて見るのか?」

「ええ、まあ。……なるほど、イカの足ですか……。イカの胴体を使った料理は食べたことがありますが、足はこういう形をしていたのですね……。私はてっきり、何かゲテモノ料理なのかと」


 シレーネ共和国の国土の大半は内陸にあって、この旧王都のように、地域によっては海産物とはあまり縁がない。とはいえ、競技向けの操機手だったころに、国内のあちこちを転戦していたナイアスからすれば、イカのゲソ焼きぐらいは珍しいものではない。

 けれど、言われてみれば確かに、見た目はあまり良くない。

 博覧会で人出が多いのにもかかわらず、客の寄り付きがあまりよくないのは、それが理由かとナイアスは納得した。

 この店がイカの串焼きを提供しているのは、物珍しさがウケると判断したのだろうが……。店主と視線が合う。肩をすくめる店主の表情からして、リズの発言で失敗に気付いたのだろう。

 素材の在庫都合にもよるだろうが、このままじゃ、別の串ものの屋台に変わるかもしれないな……。

 そう考えつつ、まだ恐る恐る見ているリズに、ナイアスはゲソ串を一本差し出した。


「まあ、そう構えずに、ひとくち食べてみたらどうだ?」

「……そ、そうですね」


 頷きつつも、リズはためらっている。


「味自体は胴体とそんなに変わらないよ」

「そうなんですか……じゃあ」


 リズが、足の先をちょっとだけ囓りとる。


「毒味じゃないんだから……」


 そのナイアスの言葉によってか、リズはさらに囓りとる量を増やして、はむはむと咀嚼する。そして、感想を、


「ううん、思っていたより……」

「——どのような味がするものですか?」


 述べようとしたとき、唐突に割って入った影があった。


「イリスか? 久しぶりだな」

「……あれ? あなたはこないだの……」


 長い黒髪の少女の姿を認めて、ナイアスとリズが口々に反応する。

 そして、お互いに顔を見合わせる。


「先生のお知り合いですか?」

「リズの知り合いか?」


 同時に口を開いてしまい、直後、お互いに譲り合うような素振りをする。

 その間、イリスは首を横に傾けて、二人の行動を眺めていた。

 結局、軽く咳払いをしたナイアスが主導権を取った。


「知り合いと言えば知り合いかな。大学で何度か話をしたことがある。リズは?」

「ええっと、私のほうは……こないだ話をした、道で倒れていた女の子が……彼女なんです」


 ナイアスが話を振ったのに応えて、リズはそう説明する。

 同時に、この少女が大学の関係者だったのなら、倒れているところを見つけたのも自然な出来事だったのだと、あの日起きたことに納得していた。


「倒れていたって、ああ、模擬戦の。まさか、イリスだったとは……って、お前、大丈夫だったのか?」

「そういえば、お元気そうでよかったです」


 二人の問いかけが、イリスに水を向ける。


「先に、私の質問への回答をお願いしたいのですが」


 ところが、当のイリスはというと、そんなふうに無感動に反応したのだった。


「ああ……ええと、このイカの足ですよね。美味しかったですよ、歯ごたえがあって」


 半ば忘れかけていたイカの串焼きの味を思い出しつつ、リズが答える。


「歯ごたえがあって美味しい……ふむふむ、興味深いです。店主、私にも同じものを一本お願いします」

「聞いた意味あるのか……?」


 思わず、ナイアスが呟くと、それに生真面目そうな口ぶりでイリスが返す。


「物事を理解するためには多角的な視点と分析が欠かせません」

「ゲソ焼きはそこまで大層な理解が必要なもんでもないと思うがな……」


 支払いをして、店主からゲソ焼きを一本受け取るイリスを見ながら、ナイアスは呟く。


「ところで、ナイアス。イカとはどのような生物ですか」

「って、知らないのか? いやまあ、確かに知らないやつも多いだろうけどな……」


 ナイアスが説明を開始すると、イリスは串焼きを口にしながら耳を傾けていた。

 ふむふむ、と頷いているものの、その意識の大半は味覚に振り分けられている気がしたが、そこは見逃してやることにした。

 そんな二人のやりとりを見ながら、リズは二人の関係がどの程度なのかを掴みかねて、首をひねっていた。と、すっと手を上げたナイアスが、イリスの頬に触れた。


「え」リズが目を丸くした。

「ほら、タレが付いたぞ。気をつけて食べろよな」

「むぐむご」


 口を開けたまま固まったリズの前で、ナイアスが注意すると、イリスは口にイカをくわえたままで応じた。どうやら、問題ないと言ったようだ。


「ほっ……」


 リズは思わず、安堵のため息を漏らして……自分のそんな振る舞いに驚いた。

 もとより、リズはナイアスのことを知っていた。

 自身が初めて見た天機兵の試合に出場していたのも、七年前の戦役で活躍したのも知っている。この国で最高と言える操機手で……子供心に憧れていた英雄だ。

 けれど、それはあくまでも尊敬の気持ちだったはずで。

 恋愛感情というほどのものではないと、そう思っていたはずだった。


「イリスも祭りの見物か? 一人で? ——だったら、一緒に回るか?」


 でも、それが本心だとしたら。

 この不快感——胸をちくりと刺すような痛みに、説明はつくのだろうか?

 

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