第19話

「ナイアス、左後方に敵個体が接近しておる、気をつけよ!」

「分かってるっ」


 正面にいた雄山羊の頭部を持った一体の魔族を斬り倒したばかりの機体を振り回すように機動させ、後方から襲いくる多数の触手を蠢かしている別の個体に向きあう。


「やれやれ、完全に分断されてしまったの」

「敵が多すぎるから——なっ」


 下段から一閃した剣で、伸びて来た敵の触手を切り払う。切断されたそれは、体液を撒き散らすでもなく、虚空に散じるように消えていく。


「あのにょろにょろを片付けたら、仲間との合流を図りたい。味方機の反応の探索を頼む」

「了解した。忙しいことよ……む、あちらの機体の反応が一機減っておる。心核をやられたようじゃ」


 ナイアスは舌打ちする。


「あっちに行った、デカいやつの仕業か」

「そこまでは分からんが……あやつがこの軍の将であろうな、エネルギー規模が段違いじゃ。これまでの戦で対峙したどの個体をも上回っておる」

「アシュタルト防衛戦で暴れ回った、長い角のあいつよりもか……」

「間違いなく超えておるな。ことによると、そうじゃの……人間風に言うなら、魔族の将の中の将にあたる存在、というところか」


 魔族の生態はまったく分かっていない。 

 なんせ、意思疎通がほぼ不可能だからだ。魔族の領域から押し寄せてきて、人を襲う。それが魔族だ。和平どころか、停戦交渉のきっかけすらない。

 連中がなんらかの言語のようなもので互いに意思疎通していることは分かっていた。しかし、人間がその言葉を解析することは未だできていない。

 《災いの再来》と呼ばれる約二十年前の戦いにおいても、現れた魔族の部隊をなんとか殲滅することに成功したわけだが、明確な終戦のサインがあったわけではない。敵の増援部隊がやってこないことをもって、この戦争がひとまずの終わりを迎えたと各国が判断しただけだった。

 しかし、敵の習性については、先の戦争と過去の記録から判明していた。

 魔族の軍隊に存在する武将格の個体——

 各国の連合軍が単に「将」あるいは「魔族の将」と呼ぶその個体を討滅すると、その配下の魔族は、全個体に至るまで動きを停止するのだ。

 その状態になると、魔族は人の操る天機兵に攻撃されても反応しない。死に至るまで——魔族の場合は最終的に消え去るので「滅ぶ」と称しているが——動きを止めたままである。

 人や獣ではありえないことだが、これまで必ずそうであった。

 同様の事態は《災いの再来》より遙か昔の戦争の記録にも残っているそうだ。よって、どんな状況でも魔族の将を倒すことが重要なのだった。


「じゃあ、あいつを倒せば……」

「この戦いが終わるかどうかは分からんが、まあ目立った敵はおらんようになるじゃろう」


 会話の最中も、敵との攻防は続いている。

 触手が多数生えている分、敵の手数が多く、それを捌く必要があって、攻勢には出られない。敵の攻撃は余裕をもって防げているので、慌てず冷静に対処していけばこの個体は怖い敵ではない。だが、じれったさはある。


「坊主、そいつをもう少し引きつけててくれ」


 そこに。機体内にザッと響くノイズ。

 続いて、ナイアスよりもだいぶ年長の男臭い声が聞こえてきた。といっても、この決戦部隊に編入されている操機手の大半が、ナイアスと比べると一回りから二回りほど上の年齢である。


「了解……って、坊主って呼ぶのやめてくれよ、おっさん」


 それは、天機兵の機体間で可能な、短距離無線通信だった。

 実のところ、人類はその仕組みは理解していない。理解出来ない技術で生成された、心核によってコントロールされている機能の一つだ。

 だが、操機手が実用する上で機能がどう動いているかを知る必要はない。

 どのように使えるかが分かっていれば十分だった。


「っと、余所見している暇はないぜ」


 対峙している魔族へ、一撃の威力を捨てた、素早い攻撃を連発する。

 そうして、味方機に指示された通りに、敵の意識をこっちに引きつけていると——


「オラァッ」


 触手の敵に背後から忍び寄った味方機が、敵の胴体に丸太でも叩き切る調子で無造作に大斧による一撃を叩き込んだ。

 通信を切っていなかったのか、かけ声がナイアスの機体内にまで響く。


「っし、仕留め——」

「——やれやれ、可愛げがない人類はいかんな」


 後半の台詞が断ち切られたのは、トラブルではなく、場に似合わない感想を呟いたアリスによる操作だろう。


「アリス、お前な……」

「それどころではないぞ、向こうの機体がまた一機反応を喪失しておる」

「いや……いや、分かった」


 それどころではない、と言いたいのはナイアスだったが、伝えられた内容がことだった。

 つい最前に敵の団体が現れて、ナイアスが参加している小隊を含む三つの小隊で組んでいた分隊は二つに分断されていたのだが、孤立したナイアスの小隊ではなく、まとまっているはずの残りの二隊の要員が次から次へとやられている。

 ナイアスは機体間の短距離通信を再開させる。


「すぐに残りの連中と合流して、将を叩こう」

「あのデカすぎるやつの相手はしたくねぇがなぁ……」

「無駄口を叩くな、ゼオ。我々はそのために集められた部隊である。悪しき魔族共をこの大陸から駆逐するのだ」

「……ン。将を倒せば、それで終わる……よ」


 小隊を構成する四機共が無事。ナイアスの言葉にそれぞれが応える。

 ——この小隊は、決死隊だった。

 反攻作戦のために未踏領域に踏み込んで、今日で十五日目。

 大陸諸国の連合軍は、三日前に発見した魔族の大軍を率いる将を撃破するために、一大決戦を挑んでいるところだった。

 部隊の大半は陽動のために、魔族軍に正面からぶつかっている。

 頃合いを見て、戦場の後背に位置する魔族の将を撃破するために、超一流の操機手を集めた分隊が送り込まれた。その一人が、ナイアスである。

 作戦は、分隊が分断されるという事態にはなったものの、順調に推移している。戦場の中央では魔族の数が多く、大陸連合軍は押し込まれている。そのままでは敗戦必至だ。その情報はまだナイアスたちには届いていない。

 だが、いずれにしても、自分達が将を倒せばそれで終わる。


「もはや退却は不可能じゃろうな……やれやれ、人に扱われるのは本当に割に合わぬ。これより奥に魔族がまだ潜んでいる可能性もあるのじゃがな……」


 アリスの呟きは、小隊のメンバーには届かない。

 ナイアスだけにしか届かない愚痴に、彼は反応しない。彼女の言葉はもっともで、ここで決戦を行っても、未踏領域のさらなる深奥にはまだ魔族が潜んでいる可能性もあった。

 とはいえ、今回の進軍はこれが限界というのが総指揮を執る司令部の見立てだったし、過去最大級の魔族の将がいるのであれば、それを討伐することに意味はある。

 短く呼気を吸い、ナイアスは一言だけ、口にする。


「——行こう」


 勝たなければ、道は拓けない。

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