第14話

 模擬試合の迫った、ナイアスとアルフレックの対峙より、少し前のこと。

 リズは、学校へと続いている街路を歩いていた。急いではいない。模擬試合が行われる予定の時間は、まだまだ先だった。このままのペースで十分間に合う。

 今回の試合に先立って、試乗のためにリズはナイアスの設計した機体を何度か動かしていた。なかなか面白い機体だった。これまでにシレーネ王国——今は共和国だが——の軍で、制式採用になった機体とは違う設計思想になっているらしい。

 もちろん、リズには、軍の制式機と今回の機体の違いがどのようなものなのか、体感のみで理解するほどの、天機兵の騎乗経験はない。文書化された機体の仕様、外観でも分かる差異、設計者のナイアスの話なども含めて、総合的に判断して、別物だと理解するに至ったのだ。


「強いか弱いかは分かりませんけど……ちょっと怖い感じですよね……」


 ナイアスが設計した機体は、運動性能や回避能力の高さに重点をおいている。機体重量を減らすために装甲を大きく削っているので、防御力は劣っている。ただ動かす分には問題がないが、これからその機体に乗って試合をするとなると、不安に思わずにはいられないのだった。

 だが、そんなことより、リズは自分が思わず独り言を口にしたことに、苦笑した。

 進学してから、リズの生活は以前とは大きく変わっていた。現在、ナイアスの研究室には他の学生は所属していない。ナイアス当人を除けば、時折、アイリーンが訪れてくるぐらいで、人目を気にする必要が少ないのだった。

 一国の王女として、子供の頃から多数の人に囲まれて育ったリズには珍しいことだった。

 だからか、最近は独り言のような気の緩みが増えたようだ。


「……あら」


 そんなふうにリズが自己分析をしながら視線を動かしたところ、街路の端に気になるものが落ちているのを見つけた。大きさは、人がひとり分ぐらい。ベージュ色のセーターのような布と、ブラウンのスカートのような布と、そこから除く肌色の何か。

 いやこれは、落ちている、のではなく——


「あ、あの。大丈夫ですか?」


 人が倒れているのだと気付いて、駆け寄ったリズは伸ばした手を宙でいったん彷徨わせる。

 こういう事態に遭遇するのが初めてで、どうすればいいか迷ったのだ。が、すぐに迷っている場合でないと思い直す。

 倒れていた少女を揺り動かす。そうなのだった。倒れていたのは少女だった。年格好はリズと変わらないぐらいだ。

 こんな街中で、女の子が倒れているのは不思議だったが、人通りの少ない通りだったから、偶然自分が最初に発見することになったのだろう、とリズは考えた。

 すぐに少女は気がついた。

 どうしたのかと問う。すると、存外しっかりした声で、彼女は言った。


「計算違いでした」

「……計算?」


 見たところ、怪我などの外傷はなさそうだったが、計算違いとはどういうことだろう。何か聞き間違えたのかなという思考がリズの頭をよぎった。


「活動のために必要な栄養素を使い切ってしまったようです」

「……ええと、それって……」

「言い換えるなら、空腹。でしょうか?」


 なぜか疑問形で、少女は律儀に首を傾げようとするが、リズに上半身を抱き起こされた状態なのでうまくいかなかった。

 リズは、そんな彼女の動きを感じながら、伝えられた想定外の言葉を斟酌する。


「——お腹が空いて、動けないってこと?」

「そうではないかと考察します。なにぶん、初めての体験ですので」 


 奇妙に硬い言い回しが気になりつつも、リズは迷った。彼女の言い分があっているのなら、放っておいてもよさそうだ。見捨てていくのも気分がよくないので、何か買ってあげるのもいいかもしれない。しかし。


「これは何本に見える?」


 少女に、指を二本立てた手を見せる。


「指の数は五本、立てている指に限れば二本です」

「……貴方の年齢は?」

「この身体の肉体年齢ということであれば、二歳になります」


 どうやら、心配していた通りのようだ。

 彼女は……どう見ても、混乱している。理性的な受け答えではあるが、その内容がおかしすぎる。目は正常のようだが、倒れたときに頭を打ったおそれがある。

 病院につれていくべきだ。

 リズはそう判断した。が、彼女を担いでいくのは難しい。

 それこそ天機兵でもあればいいのだけれど……とリズは思って、試合のことを思い出した。このままだと遅刻してしまう、という迷いは一瞬だった。

 その心配はいらないだろう。

 ナイアスがいる限り、どうにでもなる話だ。

 それより、彼女をどうやって運べばいいのか。

 頭を打っているのだとしたら、これ以上は頭部を揺らさないほうがいいだろう。馬車でも通りがかってくれれば一番だが、そんな幸運はありそうもない。人通りがあれば、馬車を呼んできてもらうという手もあるが、それも望めなかった。

 少女がここに倒れてからどれだけ経つか分からないが、それから、自分が見つけて介抱するまでの間、他に人が通りがかっていないのだろうから。


「先ほどの言葉は訂正します。私の年齢は十五歳です」

「……しばらく、ここで待っていてくれる?」

「はい、構いませんが?」


 結局、リズはシンプルな結論を出した。

 いったん彼女をここにおいて、人を呼んで来よう——

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