第13話

 大人の男を七人縦に並べた大きさの、鋼鉄製の機関からくり人形——。

 天機兵を客観的に言い表すには、その表現がもっとも適切だろう。

 現代日本で言うなら単に巨大人型ロボットということになるが、この世界の人間からすると、ロボットを指して「天機兵のようなもの」と呼ぶだろう。

 天機兵の頭身や四肢のバランスは極めて人類に近い。

 地球の人類の感覚であれば、戦闘用の機体として人型であることには利点があまりない。前方の投影面積が広すぎて砲撃の的になりやすいし、二本足で本体の重量を支えるのも不合理である。関節部の存在は、複雑性を高めるわりに、損傷によって容易く動作に支障を来す。

 そのように、物理法則や工学的に見ると、兵器が人型である必然性はないと言われている。

 では、なぜこの世界の天機兵は人型なのか——

 その理由は極めて単純だった。

 心核によって作り出される天機兵の基本形状が人型だから、なのだ。

 ナイアスとリズの問答にもあったように、この世界の人類が天機兵を生み出すにあたって利用する心核は、人類には未だに理解不能な技術ブラックボックスだった。

 それを稼働させることで生成される、金属装甲や、動作補助のための各種稼働部品を取り付ける前の躯体ベアボーンが人型をとってしまう以上、人体からかけ離れた形状の天機兵を作り上げることは不可能なのである。

 心核がなぜそのように動作するのかは不明だった。

 これは、ナイアスたちのように現代を生きる秘術技師にとっては、いつか解明すべき研究課題のひとつである。


「……遅いな、リズのやつ」


 天機兵の動作試験に使われている競技場。

 その片隅で、ナイアスは自分の設計した機体を見上げて、そう呟いた。

 アルフレックから課された、展示会参加のための条件である、演習試合。その予定時刻まであと十分ぐらいしかない。

 天機兵に騎乗するには、機体に各人の操作の癖を覚えさせるための、事前の設定が必要なのだが——ただし、実際の戦場においては省略される場合もある——その設定自体は先日に済ませてある。

 逆に、天機兵側の癖を操機手が理解する必要もあるので、騎乗訓練も十分に行っている。

 だから、リズは身一つでやってくればそれでよく、そういう意味では三分前だろうが、一分前の到着であろうと問題ないのだが。

 ナイアスは対面に配置されたもう一つの天機兵に視線を移した。

 ここから百メートルほど離れているが、稼働音がこちらまで響いている。すでにその機体は稼働を開始しているのだ。

 灰色に近い白で塗装されたその機体のことを、ナイアスは知っている。

 レイブン——伝説に語られる絶滅した鳥類の名を付けられた天機兵。それは、シレーネ共和国の、国軍制式採用機である。——ただし、旧世代の。

 現在においては、天機兵の大会やらの警備目的で使用されることが多い型だ。

 天機兵が不法に利用された場合、通常の警備兵では取り押さえることは不可能である。なので、天機兵が集まる試合会場や、王立秘術技師養成大学では暴れ出した天機兵を取り押さえるための警備用の天機兵が導入されているのだった。

 目の前の機体はその一体であり、ナイアスの新型機の性能を測るという意味ではちょうどいい相手ではあった。


「……流石にあの陰険野郎も、嫌がらせのために自分とこの機体を出したりはしないか」


 ナイアスがぼそりと呟いた。

 口ではともかく、表情は安堵のそれだった。アルフレックが今回の汎大陸博覧会において、彼が設計した新型機をお披露目するつもりなのを、ナイアスは知っていた。そして、それを展示会ではなく、記念トーナメントに参加させる予定であることも。

 どのような機体なのかまでは知らないが、トーナメントに出してくるような機体なのだから、型落ちの軍用機、それも民間向けの制限装置リミッターが取り付けられた天機兵とはモノが違うのは間違いない。

 それでも、あくまでも模擬戦なのだから、リズに操縦させる予定を変えるつもりはなかったが……流石に神経を使うことになる。

 だが、見慣れた機体であるレイブン型であれば、危険な状況とそうでない状況は分かりやすい。

 そういう意味で、ナイアスは肩の荷が一つ下りた気がしていたのだが……。


「来ない……な」


 胃に不快感を覚え始める。

 リズが研究室に配属されてからというもの、彼女が遅刻することは滅多になかった。記憶しているのは一度だけだ。

 たしかあの時は、家庭の事情で急用が入ったとか言っていた。


「駄目だ、思い出せない」


 その時のナイアスは、彼女の言う「家庭」が、つまり王家であることに気付いて、気後れしてほとんどを聞き流してしまったのだった。

 ……しかし、まずい。

 リズがこのイベントで遅刻するなどと想定すらしていなかったナイアスである。提出した申請は、リズによるものだから、その彼女がいないというだけでもまずいのだが、その辺の体裁はこの際どうでもいい。

 アルフレックだって、これが実際にはナイアスの申請だということを分かっているはずだ。 

 結局のところ、ナイアスへの嫌がらせのために難癖を付けているに違いない。それなりに段階を踏まえる必要はあるとしても、最終的に申請は通るとナイアスは思っていた。

 最後の最後は、師匠のイェーツ先生に頼るという手もあるのだ。彼に対してはアルフレックも抵抗はできない。それはアルフレックも十分に理解しているはずだ。

 だから、これはただの通過儀礼セレモニーなのだが……。

 アルフレックの性格を考えると、試合に操機手が遅刻というだけで、また揉める可能性が高い。あの嫌みな態度を目の当たりにするのは遠慮したい。

 ……考えただけで胃がムカムカしてきた。

 なんとかして、リズの到着まで試合の開始を引き伸ばさないといけないな……。

 そんなことを考えていると、ナイアスの立っている場所に向かって、痩せた背の高い男が歩いてきた。アルフレックだ。


「やあ、ナイアス先生。そろそろ試合を開始したいが、準備はいいかな?」

「それが……」


 ナイアスが言いかけた言葉を、アルフレックが遮る。


「当然のことだが、時間に間に合わないようなら、不戦敗扱いにさせてもらうよ」

「本人がまだ来てないんだよ。なんかあったのかもしれないから、ちょっと待ってくれないか」


 機体から稼働音がしていないのは、アルフレックも当然気付いているだろう。そう思ったナイアスは、自分からリズの不在を伝えて、時間の交渉に入った。

 が、アルフレックの反応は冷たかった。


「残念だが……こちらも予定が詰まっていてね。それに、何かあったのだとしたら、悠長に模擬試合をやっている場合ではないのではないかな?」


 なら、こんな試験なんかしなければいいだろう。

 と言いたくなる気持ちをぐっとこらえて、ナイアスは抵抗した。


「三十分……いや、十分でもいいんだが。滅多に遅れるようなやつじゃないし、そもそも申請者本人がいないと始まらないだろう」

「それは心得違いというものだ。今回の試合は勝敗を競うものではないが……動いている様子を見られないのなら、それで評価するとも。結果としては、展示への参加を取り消させてもらうことになるだろうね」


 アルフレックはナイアスの機体を見上げながら、そう言った。


「はあ? お前なあ、そりゃ横暴すぎるだろ」
「——ナイアス」


 アルフレックの声色が変わる。互いの関係が同僚だということを意識して、日頃はナイアスのことを敬称を付けて呼ぶ彼だが、それもなくなった。


「あの申請が君のものだと、私に分からないとでも思ったか? 茶番に付き合うつもりはない。仮に操機手がいないなら、君が乗ればいいだろう」

「いや、俺は……」


 ナイアスは唇を噛んだ。


「——あと五分待つ。時間になったら始めるから、そのつもりでいたまえ」


 言葉を紡げずにいるナイアスを残して、アルフレックは歩み去っていく。

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