第12話

「……何だって? 模擬試合で出展の可否を決めるだって? あの野郎……」


 研究室に戻ってきたリズが、先ほどアルフレックと合意した内容をナイアスに伝えたところ、彼女の思っていたのとはずいぶん異なる反応が帰ってきた。


「勝ち負けは問わないと言ってましたから……あの、ひょっとして、先生が設計された機体って……」


 ナイアスの表情は、喜びからはほど遠い。

 怒り。いや、苛立ちのように見えた。その表情を見て、リズは先ほどまでの浮かれた気分が消えて、表情に不安の色が差してきた。

 ——もしかして、ちゃんと動かない機体なのだろうか?

 そのまま口にするのは失礼な気がして、リズは口ごもった。それをどう取ったのか、ナイアスは、


「むぅ……まあ、そう決まったんなら仕方ないな。操機手を探してこないと……」

「えっ?」


 リズが驚きの声をあげる。眼鏡の奥の目が丸くなっている。

 ナイアスは、彼女の驚きには反応せず、


「そういえば、眼鏡、外さなくていいのか」


 と指摘した。


「あ、忘れてました」


 言われて、そそくさと眼鏡を取る、リズ。

 ナイアスの好みで眼鏡を外させている——わけでは勿論、ない。

 リズが掛けている眼鏡は王女だと気付かれないための伊達眼鏡だった。長く掛け続けていると気分が悪くなるので、ナイアスの研究室では外すようにしているのだ。

 外した眼鏡を羽織っていた白衣の胸ポケットに差し込んで、リズはいったん中断された会話の続きに戻る。


「天機兵の操機手でしたら——」

「ああ、なるほど。そういや、リズも天機兵に乗れたんだったよな? 配属前の審査資料で見たような記憶があるぞ」


 ぽん、と手を打つナイアス。


「いえ。私は、研究向けに、乙種の資格があるだけで……。その、動かしたことがないわけじゃないですけど……。私よりも先生ご自身が」


 天機兵には操縦資格がある。乙種は整備員向けの資格で、操縦してよい場所は特別に指定された敷地内などに限る、などと定められている。公式の試合に参加するには上位の甲種資格が必要だ。なお、軍用には別の資格があり、そちらを一類、民間向けの資格は二類と呼ぶようになっている。

 といっても、これはシレーネ王国がシレーネ共和国になってから導入された制度で、現在はまだ正式には施行されていない。

 移行期間にあたる今は、資格を取得せずとも天機兵を運用できる。なおかつ資格の取得にそれなりの金がかかるということもあって、古くからの操機手で資格を取得していない者も多いのである。

 それだから、先のアルフレックとの話し合いでもそこは話題にも上らなかったのだが、


「新入生が乙種の資格を持っていれば十分だ。一応、大学の敷地内でなら、模擬戦も出来るしな……それでいくか。あいつも、流石にリズが乗ってれば手加減させるだろ」


 ナイアスはにやりと笑った。


「はい? え、いや、それは……」


 思わぬ成り行きに、リズは戸惑うばかりだった。同時に、不満が募る。

 ——それでは、自分が期待していたものが見られないではないか。


「あっあの、先生は、天機兵を操縦されないんですか!」


 そんなのは駄目だ、という思いがリズの口から溢れ出た。

 思いの強さからか、思わぬ声の大きさになってしまった。かあっと頬が熱くなるのを感じる。そのまま口ごもっていると。

 きょとん、とした目でナイアスが彼女を見返していた。


「ぁ、いえその——ナイアス先生は、天機兵の操機手だったと伺っておりましたので……」


 違う、そんなことが言いたいのではない。

 言いたかったのは。告白したかったのは。会ってすぐに言おうと思って、それでも口にできないままでいるのは……つまり……。

 リズはすっかり混乱していた。


「——いや、俺は天機兵の操縦は出来ないぞ?」


 そのせいもあって、返ってきた一言を理解するのに手間取ってしまった。

 直後に、口を吐いて出てきたのは、


「嘘……ですよね」


 戸惑いの言葉だった。

 そのまま俯くリズを見てどう思ったのか、ナイアスは、窓の外に視線を投げる。


「まあ、たしかに俺は天機兵の操機手だったけど……」


 リズは頷く。

 間違いない。ナイアス自身がどう否定したとしても、それは記録に残っている。七年前の魔族の侵攻において、彼が残した偉業——それがなければ、この国は今どうなっていたのか分からないのだ。

 そうリズが思っていたところに、窓の向こうから視線を戻したナイアスが、短く言った。


「でも、もう、引退したんだ」

「引退……」


 まあ、その言い分はリズにも分かる。でなければ、ナイアスがこの学校で技師をやっているはずがない。どういう心境からこうしているのかは分からないが。

 さきほどの、新設された操縦資格を取得する気もないのかもしれない。

 そういう意味では、今のナイアスは天機兵の操縦が出来ないと言うのは間違ってはいないのだろう。

 だからと言って、彼が英雄であった事実は変わらない。

 当然、いまでもトップクラスの操機技術を有しているはずだ。


「ま、そういうことだから。今回はリズ、お前に操機手役を頼むわ」

「そんな……」


 リズの思いとは裏腹に、試合での操縦を丸投げしてくるナイアスへ、彼女は声を震わせる。すると、ナイアスはやや困ったような表情になって。


「んー、それとも……出来ないのか? 自信がない、とか?」


 リズがはっとする。

 その表情の変化が彼女の気づきのきっかけになった。そのときまで、ナイアスが、どうして自分で操縦しようとしないのかが、まったく理解できなかったのだが。


「い、いえ、できます! やってみせます!」

「お……、やる気出てきたみたいだな。よしよし」


 リズは急遽、自分で操縦することに同意した。

 ナイアスが喜んでいるように見えたことで、確信する。

 彼が一見不条理に思えることをしたのには、別の意図があるのだ。つまり、これも……新しい学生への指導の一環なのだろう。

 そのようにリズは理解したのだった。

 結局、それは間違いだと後で判明するのだが。

 ともあれ、このような次第で、ナイアスが設計した天機兵を展示会に出展するための、審査としての模擬戦の操機手はリズに決まったのであった。

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