第11話

「これは一体なんだね?」


 ナイアスが言うには、《いやみ》の二つ名を持つ秘術技師——アルフレックが、まだインクも瑞々しい用紙を片手に、リズに詰問してきた。

 アルフレックは、今回行われる汎大陸博覧会の、シレーネ共和国側の出展の審査委員長についている。本来、国からハイフェック教授に依頼された役職だったが、後進の育成のためという名目で、アルフレックにその役が回ってきたのだ。

 展示会の出展申請、トーナメント戦の出場申請、その他諸々の申請。その全体の半数以上が、彼の目を通ることだろう。内容が重要な申請であるならば、必ずチェックされると言っても良い。

 だからといって、つい最前にリズが出した申請書にまで、彼が目を通すのは行きすぎだ。

 自分は目を付けられている、というナイアスの主張にも一理あるようだった。


「展示会の申請ですが……何か問題でもありますでしょうか」


 リズは平静を装って答えた。

 彼女が呼び止められたのは学舎の廊下だった。周囲には他の学生が歩いているが、特に注目を引いた様子はない。ちらりと、こちらを見てきた視線はいくつかあったが、よくある提出物のレポートの話か何かだと思われたのか、数秒以上留まることはなかった。

 アルフレックは、痩せぎすの長身で、目つきが鷹のように鋭い。ナイアスの言葉通りではないが、確かに神経質な性格と評されても、頷ける感じがある。

 感情をあまり表に出したくないのか、気難しそうなしかめ面をしている彼が、いま何を考えているかはようとして知れない。


「確かに、様式通りではあるが」


 リズは頷く。

 なるべく目を付けられたくなくて、記入例と要項に念入りに注意して書いたものだから、誤りは無いはずだった。


「しかし、申請者と申請内容に不一致がある」

「……どういうことでしょうか」


 内心の焦りが顔に出ないように努めながら、何も分かっていないように聞き返す。


「新型天機兵の展示申請は、すでにそれなりの数を受領している。原則としては、後に提出される本資料によって、設計者の過去の実績や、新型機の新奇性などの要素を評価して、展示の可否を決めていくことになっている。とはいえ、今回は、このシレーネ共和国が開催地であるため、当校の展示枠はかなり潤沢だ。体裁が整っていれば、よほどのことが無ければ展示に許可を出すことができるわけだが……」


 つまるところ、今回は、王立秘術技師養成大学の所属者にはチャンスが多いという話だ。実際、教授や技師だけではなく、一般学生の展示の申請も多数行われていると聞いている。意欲的な研究室では、院生の手によって、卒業制作として新型のコンセプト機や、既存設計の改良型の機体を展示することで、修士論文の代わりとすることもあるのだとか。

 その辺りは、すでにナイアスから聞き及んでいたので、再び説明されるまでもないことだったが、アルフレックの意図はその次の一言にあったようだ。


「しかし——新入生の新型機展示申請は、これが初めてだ。普通ならば、いくらなんでも、気が早すぎると言うところだが」

「それはそうかも知れませんが……申請の条件には特に制限がありませんでしたし。それに、この国で開催されるチャンスを逃したくないと思う気持ちも——」


 言い募ろうとしたリズを、アルフレックが遮った。


「リーズレット君。確認するが……君の指導教官はナイアス技師だったね?」

 リズは素直に頷いた。

「ふむ……。つい先日、彼の展示申請を受け取ったのだが、多少の書類不備があってね。不受理の措置を取らせてもらったわけだが……その後、再申請はされてないようだ。何か話を聞いているかね」

「いえ……特には。そんなことがあったんですか」


 リズは首を振って、知らない振りをする。

 仮にも王族の一員として、ちょっとした嘘を取り繕う程度の演技には自信がある。

 ナイアスの、自分の代わりに代表者になって展示申請を通してほしい、という頼みごとには不満を覚えてはいた。

 が、断り切れず、引き受けてしまったのだから、仕方ない。


「——ところで、そのお話と、私の申請に何か関係でもありますか?」


 にっこりとリズは微笑んだ。

 高貴な女性の笑顔には幾つかの種類がある、と教えてくれた母の言葉を思い出す。

 これは、お母様の言うところの、有無を言わせないための笑みだ。


「……ふむ? 同じ研究室の申請であるから、ないとは言えないだろうな」


 アルフレックが片眉を上げる。残念ながら、あまり効果は望めないようだった。まだまだ鍛錬が足りない、とリズは思った。

 とはいえ、引き下がるつもりもない。


「ナイアス先生の申請については存じ上げませんが、私の申請に問題がないようでしたら、受理していただけますと助かります」


 ——丁重に。それでいて、高圧的に。

 私の、という部分を強調しながらも、リズは昔に母から聞いた言葉を思い返していた。

 アルフレックの反応はない。最後の一押し。


も、この国で開かれる博覧会は楽しみにしております。自分でも参加できるとなれば、それ以上の喜びはありません」


 自分の立場を振りかざすのは嫌だったが、他の手を思いつくことが出来なかった。後ろめたさを感じながらも言い切る。と、


「うん……。なるほど、心情は理解した」


 アルフレックは、少し柔和な反応を見せた。

 その感触に、押し切った、と思ったのもつかの間。


「だが、実績のない申請だ。それ相応の条件を付けさせて貰おうか」


 告げられた一言に、リズは身を固くした。


「条件……ですか?」


 アルフレックが口元を緩める。好意的な笑い、というよりは、獲物を見定めるような表情だった。


「一般の学生からの申請も受け付けているとはいえ、程度の低すぎる機体では我が国の恥となる。それは、君の立場であれば、分かるね?」


 そう言われると、リズには頷くしかない。


「申請によれば、新型機はすでに組み立て可能な段階にあるのだろう? ならば、出来上がりの程度を確かめるため、模擬戦の一つや二つ、実施しても差し支えはあるまい?」

「模擬戦、というと……ええと、実戦形式の試合、ですか?」


 頭の中を整理しながら、リズはなんとか応じる。


「そういうことになるな。といっても、軽く打ち合う程度でよいだろうが」

「しかし機体はあっても、操機手がいないと……」


 言い逃れるためのとっさの一言だったが、口にした後でほぼ無意味だと気付いた。

 操機手は

 リズはそれを誰よりも良く知っていた。


「勝敗に結果が左右される公式試合ではないのだから、誰でも構わんよ」

「そういうことでしたら……」


 考えようによっては、これはチャンスだ。内心で、リズは思った。

 ナイアスの設計した機体についてはまったく聞かされていなかったが、それがどんな機体であろうとも、操機手をナイアスが担当するのなら、負けることはない。

 何故なら先生は——私が子供の頃に天機兵の大会で見た、あの英雄、その人なのだから。


「——試合の詳細は追って連絡しよう。それでいいね?」


 振ってきたその言葉に、彼女は一も二も無く頷いたのだった。

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