第7話
季節は夏に移ろうとしていた。
どんな熟練した操機手にとっても、天機兵に乗るのが辛くなってくる時期だ。
夏の日差しによって、機体を覆う金属の外装を熱せられると、密閉性の高い操縦席の中は、本格的なサウナになってしまう。
遙か昔には、全身が金属装甲でないどころか、操縦席が密閉されていなかった天機兵もあったそうだ。ナイアスの知る限りでは、今ではそういう型は見かけない。かなり暑い地域では今も運用されていると、小耳に挟んだことはあったが。
こないだ十を超したばかりのナイアスにとって、ここまでの熱気を体験するのは初めてだった。外界を目視するためのモニター越しに覗く景観がまた、体感の暑さに拍車をかける。
辺りは、見渡す限りの荒野だった。赤茶けた土と灰色の石。それに、密集はしておらず、それぞれが離れて屹立する奇妙に尖った形状の岩。後者は天機兵より大きい。
とにかく、どこにも樹木はおろか、草の影すらない。あるのは、岩、石、砂のいずれかだ。
「信じらんねぇ……なんでこんなところで試合なんかやるんだよ……」
思わず、愚痴が口を突いて溢れ出た。
この当時、ナイアスが所属していたのは、とある地方都市の領主の息がかかった、競技専門の天機兵の
滅びたはずの魔族の再侵攻——《災いの再来》と呼ばれるそれを退けた後。
さらなる侵攻を警戒して、天機兵の部隊を増強する動きがあった。しかし、それから二十年を経て、徐々に危機感が薄れつつあった。そこで自然発生的に登場したのが、天機兵の競技試合である。天機兵同士の訓練試合を
整備等の維持に金がかかる天機兵と、その操機手たちを遊ばせておくわけにもいかない、という事情もあり、この競技試合は大陸全土で急速に広まった。
もともと、操機手の練度低下の防止も目的のひとつだったはずだが——十年も経たないうちに、競技専門の部隊が多数成立するという、いささか本末転倒な事態にまで発展したのである。
そういった競技専門のチームでは、操機手が成人かどうかなどはささいな問題だった。とにかく、操機手として強ければよい。その強者が、ナイアスのように十代になるかどうかの選手ということになれば、話題性という観点からも高く評価されるのだ。
もちろん、年少のナイアスが当初から操機手として抜擢されていたわけではない。
元々はチームの小間使いであったのだが……とある
実力さえあれば誰でも評価される、という意味で、この天機兵の競技は平等であった。この少し後に起きる魔族の攻勢において、人類側で活躍した操機手に、競技で活躍していた者が多く含まれるのはしごく当然といえる。
が、そのような背景はさておいて。
ナイアスの目下の悩みは、やたらに厳しい蒸し暑さだった。
「——やれやれ、人間は脆弱でいかんな」
「……お前は、暑いとか寒いとか分かんなくていいよな……」
唐突に、機体に据え付けられたスピーカーから響いてきた少女の声に、ナイアスはうんざりとした口調で応える。
声の主は、人間ではない。
この機体の心核に宿る、疑似人格——古代心核ならではの奇跡の存在だった。
「なんじゃ。分からぬということはないぞ。外気温、湿度、体表温度は元より、紫外線量すら正確に計測しておるわ」
「そういう意味じゃねえし……」
額に汗が滲むのを感じたナイアスが、手で顔に空気を送りながら言う。最初の頃は、こうすることでほんの少し涼しくなった気がしたものだが、今では完全に焼け石に水だ。
チームでは、操機手が天機兵の搭乗時に着る服装は特に定められてはいない。だが、試合の際は予期せぬ機動に備えて、肌を包み、関節部を保護する服装にするのが一般的で、ナイアスもその例に漏れず、主になめした革で作られた、身体を覆う
なので、ますます暑い。
「ふむ、ずいぶんとへばっておるな?」
「ああ……」
ナイアスは素直に頷いた。本来ならば、もう少し言い返すところだが、その気力もない。
肉体的に未熟な子供だとはいえ、数々の実戦——競技であっても、戦闘は戦闘だ——を経験したナイアスが、ただ天機兵に騎乗しているだけで、ここまで消耗するのも珍しい。
その原因は、ナイアス自身がさきほど口にした通り、この競技会場にある。
今回の彼らの舞台は、活動中の火山を中心とした熱地帯なのだった。
よくよく見れば——視界に広がるばかりの荒野のそこかしこから、蒸気が煙のように立ち上っている。まだ初夏だというのに、やけに暑いのもこのせいだ。直射日光だけではなく、高温の地熱とのサンドイッチにされていて、このままでは熱中症の危険すらある。
状況を解決する手段はたった一つ。
この熱地帯に潜んでいるはずの、敵チームの天機兵を探し出して、倒す。
そうすれば、この炎熱地獄のような地域から撤収できるのだが——。
五対五のチーム戦、奇妙な形の奇岩が立ち並ぶ荒野に逃げ込んだ敵のリーダー格を追って、ここにきたナイアスだったが、隠れるのがうまい相手なのか、敵をどうしても見つけることができないでいた。
忍耐力勝負ならば、敵の勝ちだと言えよう。
もしかすると、相手はこの気候に慣れていて、体力がものをいう状況に意図的に持ち込もうとしているのかもしれない。
「ならば……しようがあるまいて」
「ん?」
しようがない、とはどういうことだろう。
ナイアスが疑問に思った直後。
「左前方——三つ先の岩影に、敵が隠れておるぞ」
「えっ? ……って、もしかして、お前」
「『お前』はよせ、と言ったであろう?」
最初っから知って、と言いかけたナイアスを、冷たく響く声が遮った。
「ああ……ごめん、アリス」
「よしよし、素直なお主は可愛いぞ」
「からかうなよ」
むくれたナイアスの反応に、愉快そうに笑ってから、少女の声の持ち主——アリスは続けた。
「吾の性能を持ってすれば、わけのないことではあるが……それでは、お主の鍛錬にならんじゃろ? まあ、今回は特別じゃ。吾もこの景色にどうにも飽いたしの、とっとと片付けるがよい」
あくまでも高飛車な態度で。けれど、その一方で、少年のナイアスに対する気づかいをどことなく感じさせながら——
——そうだ。
彼女の名は——アリス。
俺の、昔の相棒だ。
ということは、つまり……。
「夢、か……」
呟きとともにナイアスは目を覚ました。
イリスと名乗る、奇妙な少女と会ったのが昨日のこと。
その夜、いつものように、自室で本を読みながら眠ったナイアスは、久しぶりに彼女と一文字違いのかつての相棒のことを夢に見たのだった。
「……ってか、アリスのやつ、あのときは完全に保護者気取りだったんだな」
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