第5話


 あの後すぐに、ナイアスはリーズレット王女に学内の施設案内をすることにした。

 アイリーンによる勧誘には感謝していたが、すぐに回答するよりも時間をおいた方がよいと思ったので、ちょうどいい口実になったのだ。

 それに、ナイアスにはリーズレットに対して一つ計画していることがあった。

 教授やら技師の集まる研究室棟を出て、講義室が集まる学舎のほうに足を向けながら、ナイアスは隣を付いてくるリーズレットに話を切り出した。


「ところで、リーズレットさんはかなり成績が優秀だと聞いているけど」

「いえ、そんな。……あ、あの、先生、よかったら私のことは気軽にリズと呼んでいただけませんか」


 恐縮しつつも、王女とばれてしまわないように、本名で呼ばれるのは控えたいという少女へ、ナイアスは鷹揚に頷きを返した。


「分かった、リズ。それで、話を元に戻すんだが……入学直後の一年次で研究室に参加するという例は少ないから、今後の課題とかをどう設定すればいいか悩んでいるんだ」


 研究室に参加する学生は、週に一度研究室で講義を受けることになる。

 それだけではなく、個別に課題を出して——主として調べ物や実験に基づいてのレポートの作成だったりするわけだが、その進捗具合を逐一確認する、という形式での指導も行う。

 ナイアスが、そのような流れについて説明すると、リズはおずおずと答えた。


「他の学生さんと同じようにしていただければ……」


 口調を改めたナイアスに対して、リズは敬語のままの言葉遣いである。確かに、こっちのほうが教師と学生という関係では自然だろう、と会話を続けながらもナイアスは考えていた。


「あー、まあ、そうなんだが……」


 実は、他に学生を教えた経験がない、と認めるのはなんだか面白くなかった。そこで、いささか強引に、予定していた方向に会話を誘導する。


「簡単な口頭試問をしたいと思うんだ」

「いまから、ですか?」


 赤い縁の眼鏡の、奥にある瞳を丸くして、リズはこちらを見た。


「いや、なに、そんなに難しいことを訊くつもりもないんだ。秘術に関して、だいたいどの辺まで基礎知識を身につけていて、どういうことが分からないかを把握しておこうと思ってね。前の学校では、秘術は触りとか歴史しか教えてもらってないんだよね?」

「はい、私が通っていた学校はその……なんていうか」

「お嬢様学校ってやつだね」


 ナイアスが言うと、リズは曖昧に頷いた。

 その後の反応がないので、試問することの同意を得たと解釈して、ナイアスは質問を始める。


「じゃあまず……天機兵の心核コアについてだ。知ってのとおり、天機兵を構成する部品の中で、心核はもっとも特異なものと言われている。その理由は何故かな?」

「は、はい! えっと……心核は、いまの技術では再現が難しいから、です」

「正解」


 緊張した様子のリズに、微笑ましいものを感じつつ、ナイアスは彼女の回答に丸を付けた。


「そうなんだ、古代の秘術と比較すれば、現代の秘術はその模倣に過ぎない面がある。特にこの心核というものは、いまの人類はまだ当時と同等のものを作り出すことができていない。さて……ここで第二問」


 心核が失われた技術ロスト・テクノロジーだというのは、秘術における基礎の基礎と言える。秘術技師を志す者でなくても、一般人でも知っている程度のことだ。よって、この質問はナイアスからすれば完全な小手調べ。ここからが本番だった。


「さて、その心核だけれど、天機兵製造のためにこいつを入手する手段は幾つかある。その方法を知っているだけ答えてもらおう」

「わ、分かりました。まず一つ目が、帝国——フレルハイム帝国が生産している心核で、これは同盟国向けに販売されているため、西方諸国にまで出回ることはあまりありません。もう一つは、西方中央教会ドミニアスがドミナ教を信じる民の国家へ無償提供しているものです。我が国の天機兵の半数以上で、この心核が搭載されています。最後は、チエザ中立都市同盟が販売するもので——」


 なるほど、よく勉強してきているな、とナイアスは思った。

 回答内容には問題はなかったが、質問の主旨は「入手方法を全て答えよ」だ。とすると、一つ見落としがあるのだが……。


「他には、古代遺跡からの発掘した心核をレストアして利用する場合や、戦闘での鹵獲機体からの流用があります。この場合は、入手した天機兵をまるごと再利用することのほうが多いと思いますが」

「……ああ。その通りだね」


 この辺りで間違えてくれるほど、甘くはないようだった。


「それじゃあ……次の問題にいこう。さっき心核が失われた技術だと説明したけれど、これらの心核を提供、あるいは、販売する国や組織は、どうやって心核を製造しているか知っているかな?」

「はい。心核は現代の技術では生産できませんが、古代では普通に作られていました。ですので、現代で心核を提供している組織は、当時の心核生産設備を保有しているものと考えられます」

「……正解だ」


 ナイアスは内心唸った。

 帝国や教会が、古代技術に基づく心核の生産工場を保有しているのはほぼ間違いない。だが、それはあくまでも推測にすぎない。

 というのも、心核の生産が可能であるという事実が、これらの国や組織の勢力を高めているために、心核をどうやって生産しているかは極秘事項になっているからだ。誰もが、彼らは古代遺跡由来の製造設備を用いている、と信じているが、それが事実とは限らない。

 真相を知っているのは国の中枢の人間だけだろう。

 なので……この質問の模範回答は「考えられます」になるのだ。断言してはいけない、という一種のひっかけ問題のつもりで出題したのだが、思惑を外されてしまった。


「うーん、じゃあ……古代遺跡から発掘された心核——これを古代心核とか呼んで区別するってのは知ってると思うけど、古代心核と近年になって生産された通常の心核の違いは分かる?」

「違い、ですか。一般的には、古代心核のほうが性能がいいとか聞いたことがありますけど……」


 ……ん?

 ナイアスは、リズが見せた戸惑いに疑念を抱く。これはチャンスかも知れない。


「——他には?」

「ええっと……古代心核には人間の意識のようなものが宿っている場合がある……で、いいでしょうか?」


 おずおずと、不安げな視線でナイアスの表情を窺う、リズ。


「……うん、そうだ。知ってるじゃないか」


 ナイアスはため息を吐いた。

 結局、この問題も正解されてしまった。リズの知識不足をつついて、研究室への参加を諦めさせようという計画が頓挫しかけていることにがっくりきてしまう。

 その心情が顔に出ていたのだろう。リズは心配そうな顔つきで口を開いた。


「あの、先生……いいんでしょうか」

「別に問題ないよ。ちゃんと正解しているさ。ただ、ちょっと、こっちの都合が——」

「いえ、そうではなくて」


 ぴたり、と足を止めたリズを目で追って、ナイアスは振り返った。


「そのまま行くと、敷地から外に出てしまうと思うんですが……」


 その言葉に、視線をこれまで進んでいた方向に移すと、確かにそうだった。学舎に向かって進んでいたはずが、このまま先に行くと、門から大学の敷地外に出てしまう。


「あーすまん、ちゃんと見てなかった」

「気をつけてくださいね」

「あ、ああ……そうしよう」


 思っていたよりもぴしゃりとした反応に、ナイアスは思わず首をすくめるのだった。

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