第4話 神々の戦
軍幕の外はあわただしく、鬨の声も聞こえていた。
「また戦いが始まった。近いぞ」
ガルーダがつぶやいた。
「ガルーダよ、行くのだ。キャロルを連れて行け。このものが鍵になるやもしれん」
「ちょっと待ってよ。私はまだ何もいってないわよ」
キャロルの言葉は続けざまの爆音にかき消された。
ガルーダはラーフに頷くと、キャロルをテントの外に押し出した。
「嫌よ。私を引っ掴んで飛ぶなんて止めてよ。絶対、嫌だからね」
キャロルはガルーダから離れ、腰のブローニングに手をやった。
「心配するな。お前を運びながらでは戦えないからな。早くその乗り物に乗れ」
いつからあったのか、ガルーダが嘴で指し示した先あったのは攻撃ヘリAH-64Dアパッチ・ロングボウだった。
雷撃や火炎矢の攻撃が辺りを襲っていた。それに追い出されるように軍幕テントからアスラ族の神々が飛び出していた。誰も皆、どこかしら負傷しているようだった。
キャロルは愛機の運転席によじ登った。ヘッドアップディスプレイ付きのヘルメットが置いてあるだけで射撃手のマヘシェはどこにも見当たらなかった。経験の浅いマヘシェがいても邪魔なだけだ。素早く後部の操縦士席に乗り込みエンジンを始動させた。
ガルーダは翼を広げ空に舞い上がった。敵の攻撃ラインに並行して飛んでいった。
ガルーダは何も言わなかったが、キャロルにはついていく他はなかった。
「まったく、どこにいくのやら」
ガルーダは時速200kmを超える速度で飛んでいた。赤く光り輝く聖鳥の姿は優雅に見えた。ガルーダが攻撃を縫うように飛んでいたため、ピッタリと後を追って飛んでいるだけで攻撃を避けることができた。
ガルーダが急に左に旋回した。キャロルも操縦桿を左に倒し後をついていった。
眼下にはアスラ神族とデーヴァ親族の戦いが繰り広げられていた。
神々はそれぞれの武器を手に、打ち合っていた。ところどころに鎧をまとった巨大な象や、戦車が互いの戦線を押し返そうとしていた。
その頭上をアパッチは爆音を響かせて通り過ぎていった。
ここが激戦地帯のようだった。
「攻撃が届かないところで待機していろ」
ガルーダの声が操縦席の内に響いた。神の声はホバリングの音に邪魔されず、キャロルの耳に届いた。キャロルのつぶやきも外を飛ぶガルーダには聞こえるのだろう。
ガルーダは自らは急降下していった。翼を折りたたみ、砲弾のように一直線にデーヴァ神の群れに突っ込んでいった。
ガルーダは数十人のデーヴァ神を吹き飛ばしながら敵地の真っただ中を突き進んでいった。ガルーダが目指す先には一際激しい戦いが見て取れた。
そこではヴァルナとジャランダラが大勢のデーヴァに囲まれて苦戦していた。神々の戦いは人間の戦争とは違い大将自ら先陣を切って戦うものらしかった。
ヴァルナ神は巨大な亀に乗って進軍していた。四本腕に持った縛竜索を振り回し襲ってくるデーヴァを次々と打ち倒していった。その打撃は凄まじく、一撃で複数の敵神の身体を粉砕していた。次々とぶつ切りにされた腕や首、胴体、足が空を舞っていた。
ホバリングしているアパッチまで血しぶきが飛んできていた。
ジャランダラが剣を振うと、閃光がひらめき敵の神々、戦車は真二つに両断された後、炎に包まれ消滅していった。
アスラ神族は圧倒的な攻撃力を奮っていたが、捨て身で襲ってくる途切れることのない大群に僅かずつだが傷を負わされていた。
キャロルは吐き気を催していた。
人間の近代戦争では、ほとんど敵兵の死体を目撃することはなかった。空爆やミサイル攻撃が主流になっており、血の臭いを嗅ぐこともなかった。
神々の戦いはほぼ肉弾戦だった。いくらかの矢が用いられていたが、剣、槍、こん棒、斧が主体だった。ひたすら相手の肉体を破壊する残虐で陰惨な光景だった。神話の中の神々が喚き、叫び、悲鳴をあげていた。
キャロルは操縦桿が血でべとついているような錯覚を覚えた。
瞬く間にヴァルナとジャランダラは味方のアスラ神族と分断されてしまっていた。
ジャランダラのダメージが少しずつ蓄積しているのか、彼を取り囲む敵の円陣は少しずつ狭まっていた。
その時、旋回して戻って来たガルーダがヴァルナとジャランダラの周りのデーヴァ神たちに突っ込み、その嘴、翼、かぎ爪で蹴散らし、退路を作った。なおも進もうとするヴァルナとジャランダラだったが、ガルーダに押しとどめられているようだった。
ガルーダは上空に舞上がると、敵陣の奥を翼で指し示した。
ヴァルナとジャランダラは揃って、ガルーダが指し示す方向に視線を向けた。
キャロルもアパッチをデーヴァ軍の奥に向けた。
小山ほどの炎が凄まじい勢いで近づいていた。炎そのものと見間違えたのは牡牛に乗って突撃してくるのはアグニ神だった。
デーヴァ神族を率いる雷神インドラの弟の火神。ガルーダと同じような赤い体は炎に包まれていた。三つの顔はどれも憤怒の形相をし、むき出しにした牙は黄金色に輝いていた。それぞれの口からは時折、七枚の舌が現れ舌なめずりをしていた。
「勝てる気がしない」
キャロルはつぶやいた。例え天空神ヴァルナであっても破壊神ジャランダラであっても勝てないのではないかと思った。ガルーダもそう判断したのだろう。
アグニ神の突進を避け損ねたデーヴァたちが何人も巨大な牡牛に跳ね飛ばされていた。
ジャランダラはアグニの突撃を見て、引き下がるどころか雄叫びをあげて向かっていこうとしていた。それを必死にガルーダが留めようとしていた。
アグニの乗る牡牛の地響きが近づいていた。周りのデーヴァたちは飛びのき、アグニとジャランダラとガルーダの周りには誰もいなかった。ヴァルナも後方からジャランダラに退却を命じている。
近づいてくるアグニは突撃を緩めることなく、右手の斧を振り上げた。その斧が一瞬、光ると炎に包まれた。そしてその炎の斧を大きく振りかぶった。
その瞬間、時間が止まったように感じた。
アグニは炎の斧をジャランダラに向かって投げつけようとしていた。そして、その中間にはアグニに背を向けて翼を広げているガルーダがいた。
これは神々の戦いなのだ。けっしてキャロルの戦いではなかった。キャロルはアスラ神の味方でもデーヴァ神の味方でもなかった。どちらかの味方をするつもりもなかった。
だがアパッチのM230チェーンガンが発射される音を聞いた。大口径の30mm弾が数十発発射されアグニを襲った。
アグニは致命傷を負うことはなかったが、血が肩から噴き出していた。放たれた斧は狙いを外れ、ガルーダとジャランダラの側を掠めて飛んでいった。
「ちぇっ、指が勝手に動いてしまった」
アグニは立ち止まり様子をうかがっていた。その隙にアスラ神族も体制を立て直し、戦陣を組み直していた。
この瞬間の戦力は互角に見えた。雑兵の数はデーヴァ軍が上回っていたが、最高格の神はアスラ軍のヴァルナ、ジャランダラに対して、デーヴァ軍はアグニのみだった。しかもアスラ軍の聖鳥ガルーダはアグニと互角と言われていた。
突風が吹き、アパッチは大きくバランスを崩した。突風の原因はガルーダだった。すぐそばで翼をはためかせ、風を起こし、アパッチを上空に押し上げていたのだ。
「戦線を離脱するぞ」
キャロルの頭の中にガルーダの声が響いた。怒気を含んだ大声だった。
ガルーダはアパッチの前で体を反転させ、また前線に沿って飛び始めていた。
キャロルはしばらく空中に留まっていた。最高神を攻撃したことによる天罰を待った。だが何も起きなかった。どこかでアグニへの銃撃の責任を取らなければならないことは間違いなかった。だがそれは今ではないようだった。
キャロルは肩をすくめて、ガルーダの後を追った。
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