天使の雲

ひつじのまくら

少し君の話をしよう

もう長い間、君を描き続けている気がする。


君の肖像画を描き始めてどれくらいの時間がたっただろう。

木の箱椅子は少し動くたびにぎしぎしと小さく鳴き声をあげ、外で鳴きやむ気配もない蝉に向かって小さく反抗しているようだ。


筆を洗うオイルがツンと鼻をさす。

べったりとついた油絵の具はなかなか筆から離れようとしない。

顔をあげ、さっきまで筆をすべらせていたキャンバスを見つめ返してみると

もう元のキャンバス地はどこにも見当たらないし、ましてや何度絵の具の上に絵の具を重ねたか覚えてはいなかった。

君に描いてと頼まれた「天使のような雲」はとっくに描き終わっていた。

いや、描き直すうちに正解が分からなくなったと言った方が合っているかもしれない。

けれど、君の柔らかい笑顔に似合っていることに間違いはなかった。

今更もう君を描くことに疲れたとは言えないし、言ったところできっと

「こんなに時間をかけたのに描ききらないの?」と怒られてしまうだろう。

大好きな君にはいつも笑っていてほしい。


時間をかけたせいで君の座っていた椅子の影は曖昧になり、背景にある庭の木々達は描き始めた頃より随分と生い茂ってしまった。

もうこんなにも、君を待たせてしまったんだなあ

蝉の鳴き声は僕を責め立てるかのようにどんどん大きくなる。

君との日常は星よりも月よりも光り輝いて、僕はそれが永遠に続くことを望んでいた、

そのくらい僕は君に心奪われ

君の全てに一喜一憂させられた。

僕の生涯を、君に捧げたことは僕の人生で1番の大成功だったようだね。

君と僕の時間が戻ってくることはないが、

目一杯精一杯この絵に詰め込んだつもりだ。

そろそろ君の絵にも僕の人生にもピリオドが打たれる時間が近づいている。

もう少しだけ、そちらで待っていて。

うるさい蝉の鳴き声がほんの、ほんの少しだけ弱まった気がした。


油絵の具がのききっていない筆を、再び僕はキャンバスの上にのせるのであった。

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天使の雲 ひつじのまくら @Rusanchiman

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