デブ騎士英雄譚――デブでも成れる英雄譚! 後日談

朝田アーサー

デブ騎士英雄譚――後日談!

 後日、都市エルドキュアに帰り着いた大和革命軍たちは、王都から派遣されてきた皇翼騎士団と対談をし、古代種カタストロフィの討伐と、それを飼い馴らしていた魔女の討伐についての勲章を得ることになり、先日から王都スフィアに来ていた。


 「しっかしギルマス、あの時は驚いたぜ!」


 アレスの言うあの時、というのは、ヤマトは派遣されてきた皇翼騎士団の対談中に、「勲章は要らん。何かの催しをせよ」と難題を出したのだ。

 確かに勲章を作り、すべての勲章が登録される書物に書き足し、全大陸にいる貴族たちに新たな勲章の存在を知れ渡さなければいけないのだ。

 それを考えればかかる金銭的な問題では催しを開催することの方が安値で終わるだろう。

 問題は規模だ。

 勲章の場合は少数を専門の者として雇い、全大陸の貴族に説明と国王の書いた書簡を届けるだけで終わる。

 そして催しの場合は王都スフィア全土で二日程度の停滞が考えられるのだ。


 「まさか通るとは思わなかったわよ。王都様々ってことかな?」


 ハルフィラがどこか悪態の入る声色で言えば、呆れた眼差しをヤマトに 向け、ノレンはそれをニコニコと変わらない表情で眺めている。

 ガストもそれに従うようにハルフィラのように茶化す真似はせず、寡黙に後をつけるようにノレンの一歩後ろを歩く。


 「隣、歩かないんですか?」


 「ノレン、わかってんだろ」


 「わかっていますけれども……もう、言葉にして欲しいことはあるんですよ?」


 足を進める速度を遅くすれば、進んでくるガストと横並びになる。


 「私はガストさんと隣を歩きたいですよ?」


 「……ったくよ。俺もノレンと隣を歩きてぇよ」


 「ふふっ、よろしいです!」


 一歩、肩を合わせるようにノレンが近づけば、ガストの腕を自らの腕で絡めるように抱き着く。


 「嬉しいですか?」


 「……知らねぇ」


 素っ気ないように返すガストではあるが、その視線は確かに肌の触れ合う腕を気にしているようで、仕切りに目を向けては、頬を赤らめてそっぽを向く。

 そんなガストな初な行動をノレンが気づいていないことはなく、それを行うために、どこか嬉しそうに口元を緩ませる。


 実はこの二人、ユキアとカレスが交際を始めたことをきっかけに、同じように交際を開始したのだ。

 ガストの気持ちを理解して、そしてそれを嬉しいと思っていたノレン。きっと遅かれ早かれ同じ未来を辿ることにはなっていただろう。


 そして、交際を始めたのはこの二人だけではないのだ。


 「な、なぁアレス。私たちもあのようなイチャイチャをしないか?」


 「なんだよギルマス。ほんと普段からは想像できないほどに乙女思考だよな」


 「だっ。ダメ、か?」


 ヤマトが普段の厳格さからは想像すらできなほどに潤んだ瞳でアレスを見つめる。

 互いの身長差はほとんどないことからどこかにらみ合っているようにも見えるが、それによってアレスが威圧されるなんてことはなく。


 「いいよ。ほら」


 あくまでも対等な目線で。

 そっと手を差し出した。


 「えっ、私はその、ガストたちみたいのがしたいのだが」


 差し出された手に不満を抱くように、嬉々として突き出した腕をそっと戻す。


 「あーもう。じれったいなぁ」


 そんな様子のヤマトを見かねたアレスが強引にも腕を引き、そして指と指同士を編み合わせるように手を握る。


 「恋人繋ぎじゃ、不満か?」


 「……不満じゃ、ない……です」


 「よしっ。ならさっさとお城に馳せ参じるぞ」


 乙女のように顔を赤らめながら握る手を気にするように若干の開閉を繰り返すヤマトと、それを気にする様子もなく、無造作に手を引くアレス。


 互いが気にすることなく好きと思えることをして、たまに譲歩して。


 それがカップルとしてはいい形なのかもしれない。


 「ねぇ、ハルフィラさん」


 「はいはいわかってるよルキちゃん。どうせ私は行き遅れですよー」


 ユキアとカレスを先頭とし、その後をノレンとガスト、そしてヤマトとアレスが続き、そして最後尾をハルフィラとルキというふうに並んでいる。


 「でもハルフィラさんなら簡単に彼氏の一人は作れる気がするんですが」


 「まぁ作ろうと思えば作れるけどさぁ……。みんな私を好きになってくれないんだもん」


 ハルフィラの言い放つ好きとは、それは肉体に魅了され近寄る下賤なものではなく、ハルフィラという個人の内面までも共に寄り添い、そして介抱することの出来る恋。いわゆるロマンチックな恋をしたいのだ。


 そんな思いの籠められた言葉ならば常人であれば言葉の詰まるところだろう。

 だがこの女、ルキは違った。


 「もう二十歳の後半を過ぎた年増が何を言い出すかと思えば……はぁ」


 「あぁ? おいてめぇこのクソちび」


 「はぁ? 今なんて? 私のことをちびと言いやがったのですか? このババアは」


 「はいはい二人とも、もうすぐ国王の御前なんですから。静かにしろとはいいませんが、恥ずかしいようなことはしないでくださいね?」


 「「はーい」」


 二人が声を揃えて返事をすれば、先ほどの喧騒は鳴りを潜め、若干の緊張を纏う。


 「そういえばルキちゃんってまだ国王の叔父様と会ったことがないんだっけ?」


 「おじさまって。ちょっとハルフィラさんお場合は似合いすぎちゃいますね」


 「ん? それで? 会ったことあるんだっけ」


 「話は聞きますけど、会ったこと自体はないですねー」


 石レンガ造りのトンネルに入れば、八人の足音が深く響き。

 そして群衆の賑わった喧騒が大きくなる。


 「何かあったのかな?」


 「ボクは何も聞いてないけど」


 「俺もだな。でも、楽しそうだな」


 荒事を好むガストにしては珍しく一般的なイベント的なものに注意を向けていた。


 「何があるかというのならば。このトンネルを抜ければわかる」


 「って言うってことは、心当たりがありそうだな」


 「当たり前だアレス。皇翼騎士団との対談を請け負ったのはこの私だ。さに、悪くはしないさ」


 「ほんとかねー」


 アレスが疑いの目線を向ければ、後ろにいるノレンに小突かれる。


 「ヤマトさんが言うんですよ? それに、もう見えますから」


 「そうだ。そして、気を引き締めろよ」


 ――久々の大舞台だ。


 「え? なに――」


 ヤマトの声に疑問の孕む声を上げようとするが、すでに時遅し。

 順当に進んできた足は止まることなく、トンネルを抜けた。


 「眩しっ」


 トンネルを抜けた際に、蒸発減少にも似たものが引き起こされ大和革命軍の面々は自然とその眩しさから顔を反らすように目を閉じたり、顔を反らしたりする。


 そんな中、割れんばかりの歓声とともに、拡張魔法で大きくしたような一つの声が耳に入る。


 『ようやくのご到着! 少しばかり遅かったが、来たぞ! 称えよ! 咆えろ! そして英雄に餓えろ! 大和革命軍の入場だぁ!!』


 眩しさが解け視界を取り戻した目で見据えたもの。


 それは一つの広場、皇住城エスタロットの御前広場であった。


 「ここは……っ」


 ユキアが思い返してみれば、ここに来る途中の道案内はヤマトであり、そのヤマトが指す道は必ず皇住城への近道を差していたのだ。


 『今日はどうやら演武をしてくれるらしいぞ! さぁお前ら! 大和革命軍の姿を焼き付けろ!』


 ――おぉ!!


 まるで広場の、ヤマトたちのいる結界の張られた場所の外にいる観客たちがまるで一同になったかと思うほどの声が地面を揺らす。


 『今回の魔物は界竜ファフニールだぁ!』


 拡張魔法の声改め実況が声を上げれば広場には黒と紫で彩られた魔法陣が現れ、その中からは暴竜ブラドには及ばないにしろ、多大な荘厳さを身に纏う竜が現れた。


 「――キュゥォォオオオオンッ!」


 界竜が咆哮を上げれば、羽などに着く体毛から発行する美しい魔素が流れ、それを魔力の弾丸へと姿を豹変させる。


 「国王のジイめ。ファフニールの対処を私たちギルドに任せるために呼び出しやがったな」


 ヤマトが愚痴を漏らせば、瞬時に腰に佩く刀を抜刀し、その宥黒の刀身の姿を露わにさせる。


 「総員、ただちに戦闘準備! 今回は余裕こそあるが油断はするな!」


 ヤマトの声に弾かれたように、ガストが、ノレンが、カレスが、ハルフィラが、ルキが、アレスが、ユキアがそれぞれ武器を構える。

 そして体内から引き寄せるように全員が魔力を疑似暴走させ。


 「天衣開放! 我が身に纏えッ!」


 ――雷神・タケミカズチ!


 ――戦神・カルナ!


 ――海神・オケアノス!


 ――処女神・アルテミス!


 ――女神・アフロディーテ!


 ――匠神・ヘパイストス!


 ――風神!


 ――倶梨伽羅!


 同時に、ファフニールの生成した魔力弾がこちらに向けて斉射される。

 移動は当たり前で、体の一部すらも動かすことの出来ない解放中。

 そこまで長い時間ではないものの、その一瞬すらも命取りになる。


 「本気の私たちに、隙があるとでも?」


 ヤマトが不敵に笑みを浮かべれば、背後から吹き荒れるほどの突風が舞い上がる。


 互いの開放による魔力の相互反応だ。

 反応は魔力が高ければ高いほど干渉する量は高まり。

 ユキアたちの天衣開放、それは飛来する魔力弾を押し返すほどものだった。


 「行くぞ大和革命軍! 戦闘開始だ!」


 ヤマトの咆える声の後には、一斉にユキアたちを包む魔力の渦が解けるように四散し、その姿は皆天衣の開放をした後の姿であった。


 「雷纏、放電、雷刀・紫電!」


 一瞬のうちの一句でその全てを発動させれば、ヤマトの姿は魔女戦の際に見慣れた体のすべてに雷を纏う姿になっていた。


 「初撃は私が行く!」


 一瞬にして姿を歪ませれば、その姿はファフニールのファフニールの胸下に。

 腰を沈め、刀を両手で構え。

 そして眼光がファフニールを貫いた。


 「轟けっ、天雷翔刃てんらいしょうば!」


 鞘から溢れるように雷が迸る刹那に、天に昇る影がファフニールの巨躯を奔り抜ける。

 一瞬の雷鳴が降り注げば、次には胸倉を大きく切断されていた。


 「私が上に上げます! 噴き出る焔ショット・イラプション!」


 ルキが腰から取り出した戦槌を地面に打ち付ければ、まるで悲鳴を上げるように地面が悲痛の音を上げ、そしてファフニールの下の地面にヒビが入る。


 「噴き出でよ!」


 そう唱えた直後、ヒビの入る地面から迸るように、赤く黒く鈍色に輝るマグマが噴き出た。


 「キュゥォォっ!」


 噴き出たものは正真正銘のマグマであり、耐火属性を恵まれるほど手にしていないファフニールはその熱量に溜まらず苦痛の咆哮を上げる。


 マグマという固形に近い液体ならば、圧力さえかければ水と同じように硬度を得る。

 噴き出たマグマがファフニールの胴体に当たれば、その噴出力で簡単に巨体が持ち上がる。


 「皆さん! 退いてください!」


 叫ぶはノレン。

 愛剣である細剣を右手に構え、地面を滑走する。

 一歩二歩で簡単に加速を得て、そして地面を蹴った。


 飛び上がるノレンは、ルキと対になるようにファフニールの頭上まで飛び上がり、細剣を振り翳す。


 「濁流よ、荒れ狂え! ラース・オブ・オセアン!」


 噴き出でるマグマを正面から受け止めるように、細剣を振り翳した頭上からは大量の水の激流が下る。


 「ルキちゃん! もっと魔力を籠めて!」


 「わっ、わかりました!」


 マグマと水が合わさることなく、ルキのマグマはノレンの激流に押し返られてしまう。


 「はっ、ぁあああぁ!」


 握る戦槌に更なる魔力を籠めれば、迸るマグマで地面は盛り上がりを増し、溢れるマグマの量に勢いが増され地面を掘り上げ、押し込んでくる激流を、同等ほどに押し返す。


 同等の力を誇った水とマグマは、互いが互いを相殺しようと接着部から鉱石が発生する。


 身体に纏うように鉱石が現れ出したファフニールは、当然鉱石を振り払うこともできずに宙に留まり続ける。


 「次は俺の番だ!」


 ルキとノレンの二人が奮闘する中、槍を構えるアレスが旺盛に飛び出す。


 「現れよ! 風刃の星屑ウィンド・スターダスト!」


 風によって霧散する輝きが現れる。

 それらすべてに鋭利さが存在し、周囲に風切り音を吹いている。


 「纏え!」


 魔法としての形を得た風精たちが辺りに散ろうとするが、アレスの一言によって瞬時に槍の刀身に集い、そして覆うように広がっていく。


 「はぁあああっ!」


 地面を走る慣性のままに足を離せば宙に飛び加速をし。

 鉱石に囲まれる胴体を簡単に貫いた。


 「キュォウウウ!」


 槍が胸板を突き、鮮血が飛び出る。


 心臓を突けたか?


 そう考えるアレスの腕に伝わる感触は、心臓を貫いた瞬間に感じる微かな鼓動ではなく。

 がっしりと何か固いものに包まれて動きを封じられるような、そんな理不尽を感じさせる筋肉だった。


 「くそっ! ……ッ!?」


 アレスが突き刺さり抜けない槍を引き抜こうと奮闘すれば、そんな隙を逃そうとしないファフニールが自らの胸部目掛けて拳を振り翳す。


 今から降りてこれを避けれるか!? それとも何かの魔法で対抗するべきか!


 そんな逡巡を行えるほど戦場は優しくはなく。

 判断が着く前にファフニールは拳を振り下ろした。


 「ったく……カレス! 後方支援は任せるぞ!」


 「わかってるよガスト!」


 ガストがカレスから振り返りファフニールと向き合う。

 その刹那に自らの体躯には《筋力増強》《脚力増強》の二つの付与魔法バフマジックを施す。


 「この距離なら!」


 一気に地面を蹴れば、高められた筋力と脚力によって地面を抉りながら超加速を得て地面を離れる。


 「日輪を宿せ! 穿て、ヴァサヴィ・シャクティ!」


 肉体と同化する黄金の鎧を身に纏えば、その体躯に雷光が奔る。


 己の肉体を穿つ一槍と化す。


 雷光はアレスに降りかかろうとする拳を駆け抜け。


 ヤマトの戦い方と同じく、進行方向に張り巡らせた雷に自らの体に纏わせた雷で加速をする。


 同じものでやれば、それは誰でも同じ結果が出ることはあきらかなこと。

 ガストが地面を蹴り前方に奔る雷に体が接触した際には、瞬間移動のように姿を消す。


 「おらぁ!」


 捩じり狂うほどの速度を得たガストは、その名の通りの槍と化す肉体でっ振り下ろさんとする拳を真正面から貫く。


 「キュアアアッ!?」


 拳は潰れるように大きく滑落し、貫かれた部分は何かドリルに彫られたのかと疑うほどに捻じれ、そして大きく血を吐き出している。


 「本当ならこれはユキアの仕事だぞ!」


 ファフニールは槍の衝撃と痛みにより腰を地面に着けてしまう。

 ガストはその上を上質の絨毯とも言わんばかりに踏みにじりユキアに悪態を吐く。


 「わかってるよ! だから俺の出番は今だな!」


 「あん?」


 ユキアの言葉に疑念を持てば、その瞬間に地面にはガストを覆いかぶさるほどの大きさの影が現れる。


 「ッチ。もう少し寝てろっ!」


 ファフニールの巨腕がガストを潰そうと掲げられたのだ。

 不意を突かれた状態で、そして立場が生物の上ということで安定することはない。それらを考慮したガストは、その場から退く選択肢を選ぶ。

 背後に飛ぶようにファフニールを蹴れば、それを交差するように、一つの影が奔った。


 「ユキアっ!?」


 「そろそろヤマトが復活する。だからガストは退いて!」


 ヤマトの復活。

 それは、宙に飛び立ったヤマトが、体に纏わせる雷全てを使い切ったことで高速戦闘をできなくなったヤマトが、もう一度体に雷を張り巡らせ終わったというのだ。


 ヤマトが雷を切らしていたのはほんの十秒にも満たない時間ではあったが、それでも大和革命軍にはそれは大きく、そして素面のヤマトはお荷物になる瞬間であった。


 「だから俺らはお膳立てするだけさ! 弾け! ――完全反撃パーフェクト・カウンター!」


 大気を押し潰しながら振り翳してくる巨腕に大剣の刀身を当てれば、ベクトルをずらし真横へと剣を振り抜く。

 ファフニールの巨腕もそれに釣られるように同じように真横に動く。


 「ボクも援護! 穿て、妖精の流星ルミナス・スターティング!」


 カレスが弓を射れば、その一矢は星間を掛ける流れ星のように光を発す。

 飛翔距離が上がれば上がるほどに、まるで大気圏を突いているかのように炎を纏い、大気を焦がす。


 ファフニールの上体を仰け反らせたユキアが宙に残る中放たれたそれは、ユキア諸共射るが如く突き進む。


 普通ならば穿たれるであろうはずの宙であるが、ユキアはそれを体を捩じらせることで回避し、弓の挙動に障害を与えないように乗り越える。


 「ガスト!」


 「わかってる! 雑でも文句は聞かねぇぞ!」


 通り過ぎた弓を視認すれば、ユキアはガストの名を呼ぶ。

 何を頼むかを言わずに叫ぶが、ガストはそれを理解したように飛び上り、そしてユキアを傍らに抱える。。


 「ハルフィラ! 重力魔法を!」


 「わかった! 重力操作コントロールグラビティ!」


 ユキアを抱えた状態のガストに向けハルフィラが杖を振れば、突然と何かに引っ張られるようにハルフィラの方へと吹き飛ぶ。

 ブラドの重力の核をハルフィラに変換し、そしてGを増やしたのだ。

 それだけで簡単にガストは重力に引かれその場から勢いよく飛ぶ。


 「やるよルキちゃん!」


 「わかりましたノレンさん!」


 『合技! 水炎網ネット・オブ・イヴァポレイション!』


 ガストたちよりも一足先にハルフィラの元に戻っていたルキとノレンが互いの技同士を合わせ新たな派生技を作り出す、合技を使用する。


 ノレンからは多大な水で作る水玉を。

 ルキからは、その水球の中心に消えることのないほどの熱量を誇る炎玉を。


 それらが同時に現れれば、目の前を完全に覆ってしまうほどの水玉が一瞬にして蒸発し、網状の拘束具と姿を変える。


 「重力操作コントロールグラビティ、解除!」


 再度ハルフィラが杖を振るえば、引っ張られるような重力は消え慣性のままに未だハルフィラへと突き進む。

 だが。

 辺りに散るように蒸発した水蒸気がガストに抵抗力を与えて若干に速度を落とす。

 それだとしても、止まることのない速度である。


 「ユキア、投げるぞ!」


 「うん!」


 ガストがユキアに了承を得れば、待ち望んでいたかのように抱え込むユキアを放し、地面に落ちる。


 「おっとっと、っと!」


 地面に降り立ったユキアは気用に足や重心をずらしながら慣性を殺しハルフィラに辿り着く前に勢いを失す。


 「うぅぉい!」


 ガストの方もユキアほど繊細ではないが、それでも地面に足を着けた瞬間に転んでしまう、などということはなく、地面に足を食い込ませるようにして降り立ち、地面を掘り起こしながらその勢いを殺した。


 「これでもう一度の全力だ!」


 ユキアたちとは遠くのヤマトが声を上げる。

 その刹那にはヤマトの体には晴天の空から降り注いだ雷を受け、それを纏う雷に変える。


 「降らせ。これこそが神なる一手!」


 大きく刀を抜き出せば、まるで雷で造られたかのように雷を纏い元の黒の色などを全て隠し蒼く発光する。


 「断て! 草薙!!」


 落下、ではなく、最早テレポートの領域。

 上空にいたはずのヤマトは一瞬にして下り、そしてファフニールの巨躯を斬り断つ。

 その姿はまさに一纏の落雷の如く。


 雷を纏い発行する姿はまさに雷神。

 蒼雷を纏う刀はまさに雷刀。


 「これで、終わりだ」


 地面にふわりと降り立てば、ヤマトは振り向くことなく刀の腹を鞘に宛がい納刀する。


 「天候操作、解除っと」


 軽い声でハルフィラが言えば、結界内で存在していなかった雲、黒雲が突如として姿を現す。

 それを予感していたのか、ヤマトは刀の雷は消しているが身体に纏わす雷は消していない。


 「下れ、神雷」


 その一言に呼応をするかのように風が吹き出す。

 風は荒れ出せば、周囲の地面に散らばる砂などを巻き上げ、ヤマトたちがそれぞれ装飾品として装備のどこかに着けているスカーフを激しく揺らす。


 黒雲は大きさを増し、黒雲内に存在する水滴同士が摩擦を起こし幾多の静電気が発生していることが分かる。


 膨張に発雷を繰り返した黒雲は、やがて雷の貯蔵量に限界が訪れる。


 ――それは様々な情報を振りまきながら降り注いだ。


 轟音に、閃光に、風圧に、熱量に、そして威力。


 普段見る雷とは次元を博した、神の御業。


 ソレは一直線とファフニールに降り注ぎ、肩や股といった四肢などを分解するように千切れば、地面を砕き壮大な破壊音を立てる。


 「キュゥオゥ!! キュウウゥォオゥッ……」


 刹那の悲鳴。

 肌は焼け、四肢は捥がれ、臓腑が焦げ潰され、きっと脳は焼けたのだろう。

 息はある。が放っておいても後は勝手に死ぬだろう。

 そんな姿を見たヤマトは、先頭前の高揚にも似せたものは鳴りを潜ませ、無機質な声が木霊する如くこう言った。


 「こんなものか……」


 それはまるで軽い攻撃を受けたように。

 見ごたえがありながらも、こなした後の情けない喪失感のように。


 まるで期待外れとも言えるような声。


 ファフニールの体に炸裂していた黄金の輝きは失い、周りを囲うように渦巻いていた虹色にも見える魔素は落ち着きを見せるように色褪せ、最後には色朽ちた。


 会場には歓声が沸き上がり、少しばかりのパフォーマンスであったらが、それでも観客は満足したようで歓喜の声を高らかに上げている。


 それは実況も同じで。


 『はっ。今日は俺が解説とか色々しようと思ってたのに! どうだい

みんな! 魅せられちまったかい!?』


 おお!


 『楽しかったかい!』


 おお!!


 『そして大和革命軍!』


 急に話の矛先を向けられたユキアたちは驚いたように身構えたがすぐに耳を澄ませた。


 『そろそろ時間が押してきているので皇住城の方へ移動をお願いします』


 「俺らの時だけ冷めんなよっ!?」


 そう突っ込んだユキアはきっと間違いではなかったのだろう。


 会場には笑いが生まれ、そして落ちた雰囲気を纏うヤマトたちは皆、雰囲気に当てられたように垂れる頬が緩み、笑みへと変わる。


 きっと実況の人は大和革命軍の若干の哀楽の変動に気付き、そして直そうとしたのだろうか。


 「そんなことは俺らには関係なしっ」


 「ん? ユキア、何か言ったかい?」


 「いいや。それじゃあ早いとこ、王様との謁見を賜りに行こうぜ?」


 「そうだね」


 一息つくように笑いを吐き出せば、身に纏う天衣を解除し、武器を収めた。

 そして、仲の良さそうな声を上げながら皇住城に足を進めた。



     *



 床に赤い絨毯の引かれた石造りの回廊を大和革命軍は列となり歩いていた。

 大和革命軍は現在皇住城の玉座前の回廊を進んでいるのだ。


 「そろそろだ。あんなジイでも今は公の場だ。礼儀は弁えるんだ」


 「わかってるよギルマス」


 「はぁ。お前が一番心配なんだ。そこのところは気づいているのか?」


 「いや? 全然」


 「そこだよそこ。本当にそこなんだよ……」


 落胆するように頭を垂らすヤマトとは無慈悲に進む足は止まらず。

 幾らかヤマトとアレスが口を聞き合いため息を漏らせば、荘厳さを塗りたくったような大きな鋼扉の前に着いた。


 「大和革命軍一行の皆さま。謁見の前に一つ確認を」


 「あぁ」


 「今日のパンツは」


 「きっとお前の望む色なのであろう」


 「ありがたき……っでは謁見を許可します!」


 少ない言葉で交わしたヤマトと門前を護る近衛兵。

 謁見の許可が下りたことにヤマトは「ふむ」と声を呻らせると、まるで何もなかったと言わんばかりに足を進める。


 だが先ほどの会話に違和感を覚える者は当然いるわけで。


 「ちょちょちょっ! さっき! さっきのって何なんだよ!?」


 ヤマトの後ろに並ぶアレスが慌てて肩に手を伸ばし引き留める。

 出っ鼻を挫かれたヤマトはあまり快くはない顔をさせながら振り向く。


 「なんだ。先ほど言動には気をつけろと言ったばかりだろう」


 「わかってる! 言われたよ! それでもパ、パパ。パンツって……なんだよっ!」


 「何って。下着、とでも応えればいいのか?」


 「そうじゃっ……」


 「もう扉は開きます。静粛にお願いします」


 近衛兵の一言によって、口喧嘩にも発展しそうな勢いで声を張っていたアレスは一瞬にして遮られ、口を閉ざす。

 何もわざわざ騒がしくしたいと思っていないことと、『元』ではあるが王都の冒険者だったこともあり、大和革命軍の中では一番忠義が深い人物になるのだろう。

 一度近衛兵に目を配れば、気持ちを落ち着かせるように息を吐いた。


 「もう大丈夫だな。では行くぞ」


 ヤマトが体を翻せば、大和革命軍の面々が頷くのを視認する。


 「ではそこの君。よろしく頼む」


 「かしこまりました」


 返事を返す近衛兵はヤマトから距離を作るように後ろに引けば、扉ぎりぎりの場所まで引き下がる。

 そこで近衛兵が目を横に配れば、反対側の扉に待機している近衛兵と呼吸を合わせる。


 そして――


 「行くぞ」


 ヤマトの短い合図とともに、巨大ともいえる鋼扉の左右の扉が開け放たれる。


 威圧。


 ヤマトが謁見の間に足を一歩踏み入れた瞬間に感じたのはその一言に尽きるものだ。

 それはスキルの威圧でも、誰かが意図的に睨むなどの行為をして向けているものでもない。

 ただ自然と、絨毯を進む足が止まることがないかぎり身に降り注ぐのだ。


 そんな威圧を放っているのは、他の誰でもない。

 ヤマトたちの歩き進む朱の絨毯の途切れた先、階段が数段重なる上に在る、玉座に腰を落ち着かせる初老、皇帝だ。


 荘厳なまでの威圧な重圧を感じるヤマトたちは、絨毯の上を粛々と進む。


 辺りに人は存在せず、この場に在するのは、ヤマトたちの他には王妃スーリヤ・ヴィネスト、皇翼騎士団団長カースドベルン、勲章のズラリと並ばせた一目で高官であることが分かる戦官と文官の二人。

 そして最後に残る、王都スフィアの皇帝である皇帝ジークルス・ヴィネストだ。


 「傅け。皇帝の御前だ」


 近衛兵の指示する場所まで進めば、淡泊な言葉で指示をする。

 その指示にヤマトたちは物申すことはなく、その場に膝突く。


 圧し掛かる重圧の中、ヤマトは二、三度息を整え声を発した。


 「大和革命軍、皇より謁見の命を受けこの場に参列馳せ参じましたことを……」


 「あーいいよいいよ。そんな堅苦しいのは」


 ヤマトの畏まりの言葉を遮るようにあっけらかんとした口調で身構えを解くことを許す旨を伝える。

 だがヤマトたちは言われたからと畏まった気を解くことはなく、冷淡に頭を垂らすのみ。

 見かねたジークルスは近衛兵にもそれを言い、ヤマトたちに立たせるように指示をする。


 「皇帝の許しだ。顔を上げよ」


 近衛兵も当然のように気の緩みを表すことはなく。

 立たせるようにと指示を受けながらも、近衛兵は顔を上げることしか許さない。


 「まずは君たち二人。もう下がってよいぞ」


 「「っは!」」


 近衛兵たちが高らかに声を上げれば、機敏な動きで地面に突く槍を上げ、足早に謁見の間を外に出る。


 「本当にここにいる奴らは融通が利かないなぁ」


 面倒くさそうにジークルスが悪態を吐けば、背後で列を成す高官たちの眼が光る。


 「それは君たちにも言えるよ。ヤマトちゃん?」


 「……もう『ちゃん』などという愛称で呼ばれる年頃は過ぎていますので」


 「もう。そういうところだよ。アレス君ならわかってくれるよね?」


 「えっ? 俺?」


 「そうそう君よ君―。なんか風の噂で聞いたりしたけど、堅物ヤマトに恋人現るって。それって君だよね?」


 そこまで言えば、ジークルスは先ほどの背筋を存分に張ったりなどしていた荘厳な姿勢を解き、背もたれに楽なままに凭れ掛かるだらしない恰好に変わる。


 「ほらほら皆も。もう自由にしていいよ?」


 ジークルスがヤマトたちにその言葉を向ければ、ヤマトは数舜考え込んだ果てに、ため息交じりに立ち上がる。


 「お前らも姿勢を崩せ」


 「わかった。それでヤマト、さっきのパンツって」


 「それはもういいだろう。それよりも、だ」


 ヤマトの一言でぞろぞろとアレスたちが膝を立たせて普通の体勢に戻る。


 「ジイ、私たちをこの場に呼んだ訳は?」


 「それはヤマトちゃんが勲章なんかいらなーいっていうから、こうして変わりの旅行を手配してあげたんだよ!」


 大きく両手を開き、まるですごいでしょとでも言いたげにこちらに目を配る。

 だがヤマトは、突然と跳躍した話題に目を細めるだけでジークルスの求めるものは返ってこない。


 「旅行、とは? まさか先ほどの催しと見せかけた魔獣の処理がか?」


 「催しはこの後しっかり。そして旅行っていうのは、これから革命軍のみんなには王都に七日間宿泊していただきまーす!」


 「は、はぁ?」


 突然のことに、ヤマトは気の抜けた声を漏らすことしかできなかった。

 そもそも、ヤマトたちに旅行ということが許されるわけがないのだ。


 「旅行なんて私たちができるわけないだろう。王都、はジイが承諾するから可能として、エルドキュアのお偉いさんたちは私たちの外泊を許すわけがないだろう」


 「ほんとに?」


 やけに含み気のある声に、ヤマトは眉を顰める。

 睨むように見つめられたジークルスは、まるで「こわいこわい」とでも言いたげな気持ちを両手を上下に動かして表現する。

 そんなジークルスのおちゃらけた反応を見せられたヤマトは、あきらめたように睨みを解く。


 「なぜ私たち第七ギルド階位に属する者が旅行などに行けると思ったのか、聞かせてくれないか?」


 「それはねぇ……あっ文官ちゃん、細かいことをみんなに説明してあげて」


 「……はぁ。わかりましたよジーク皇帝」


 呼ばれた文官はため息交じりで玉座の脇に成す列から抜ければ、ヤマトの前に進む。

 その際に脇に抱えていた幾枚かの書類の中から、一枚の押印付きの書状を渡した。


 「大和革命軍一行の一週間に渡る外泊を許可する……何か金でも渡したのか?」


 「まさか。ただ外泊許可くれないと拗ねちゃうかもなーって言っただけ」


 「……王都がそんなこと言ったらただの国や都市には脅迫にしか聞こえんぞ」


 「まぁそんな細かいことはいーの。とりあえず今日から七日間はこの王都に宿泊してもらうのと、明日からの三日はうちの行事に出てほしいってこと」


 「詳しくはこちらの資料をどうぞ」


 ジークルスの大げさな説明の後、すかさずに文官が抱える資料の数枚を渡してくる。


 「人数分か。アレス、配っておいてくれ」


 「おう」


 ヤマトは一枚紙をとれば、その他はアレスに渡して配らせる。



 内容を要約するのならばこんな感じになるだろう。

 一週間は宿泊してもらう。

 そのうちの三日は皇帝ジークルスが行う催し物に参加する。

 それは凱旋パレード、立食パーティ、舞踏会の三つ。

 そしてそれらは全て違う日に行われる。


 簡潔すぎるが、それ以上に出せる情報はない。

 それに。


 「すべては任せる。ジイのことだ、悪いようにはしてくれないさ」


 一通り目をとおした書類は適当に折りたたみ、腰に巻き付けてある雑嚢に突っ込む。


 そして澄ました顔でこういった。


 「そうだろ?」


 「まぁね」


 驚いたような表情を浮かべながらも、ジークルスは澄ました風におどける。


 それから少しの雑談が続けば、どちらからか切り出した別れによって謁見は終わった。


 「それでは私たちはこれで失礼させてもらう」


 「うん。明日はここには十一刻くらいに来てくれたら助けるよ。もちろん昼食は用意するから」


 「ああ。それではまた明日な」


 「失礼します、おじさま」


 「うん、じゃあね。また明日遊びに来なよねハルちゃんにルキちゃん」


 それぞれが短い挨拶を交せば近衛兵が入室し、ヤマトたちを先導する。


 鋼扉を超えれば、突然と溜まっていた疲労が溢れ出すかのように、どっと足元が震える。


 「なぁアレス」


 「なんだいおデブちゃん」


 甘えるような声を出してきたゆきあに、アレスは皮肉交じりで答える。

 ユキアはその反応に、まるで豚が出すかのような家畜の鳴き声を上げる。


 「まさか今から言うことを予言して?」


 「んー。なんかおぶってとか言いそうだな~って思って」


 「かたじけない。まるっきりその通りでござる。そういうわけだからよろしく頼むぞい」


 「え? っは? はぁ!?」


 情けない声とともにユキアはアレスの背に凭れ掛かる。

 もちろん背負うことに了承などしていないアレスは驚く反応を見せるが、すぐに振り落とそうとする。


 「くそ! おいクソデブ! 自分の体重を考えてから物言えよ! このクソデブ!」


 「あー! クソデブって二回も言った! ならもっと体重かけるわ!」


 「は!? これ以上はマジで……ぐぅぉ、あしっ、足がぁ!」


 クソデブと呼ばれたことに若干の憤りを見せたユキアは、さきほどまでは凭れ掛かる程度で許していたのを、完全に背に乗ることに変えた。

 アレスも先ほどまで同じように謁見の場で立ち、その上でユキアに乗っかられるのだ。

 それは力の有無の関係ではなく、アレスにどれだけ疲労がたまっているかということに論点が変わる。


 そうなれば当たり前のようにアレスの膝は曲がり、腰は面白いほどに引けて。

 肝心の脚もまるで小鹿のように震え、足が限界であるということを体現している。


 「ユキアにアレス。少しは静かにしろ」


 「そんな、ヤマト! これどう見てもユキアが悪いだろ!」


 「いやいやヤマトさん! こいつはさっき俺のことをクソデブって罵ったんですぞ! これは当たり前の罰だとは思いませんか!?」


 うるさいことを沈めようと仲介にヤマトが入れば増々うるささを増すのは、まるで二組目のカレスとガストだ。


 「はぁ、お前ら……」


 怒りを通り越して最早呆れを抱き始めたヤマトは、手っ取り早くこの場を沈めようと、カレスやガスト同様に腰に佩く刀を武器出した。


 「すこしは静かにできんのかっ!」


 ユキアとアレスの脳天に勢いよくソレを振り下ろした。


 「んひぃ!?」


 「んがっ!」


 刀の腹が頭に当たった瞬間には決して大きくはないが、辺りに響くような重低音が鳴り、二人からは声にもできない悲鳴が上がる。

 ユキアは痛みのあまりにアレスの背から飛び降り、まるで火おこしをする勢いで頭皮を擦る。

 アレスもユキアほどではないが痛みはあるらしく、その場に座り込み頭を押さえている。


 「私たちはもう行くからな。後ででも追ってこい」


 「「うい……」」


 怒られた子供のように声を沈ませた姿を見れば、ヤマトは気の済んだように息を漏らす。


 「あはは。ヤマトってお母さんだよね」


 「カレス……それはノレンに言ってやれ」


 茶々を挟むように言ったカレスだが、どこか憐れみの混じる視線でヤマトがノレンを指さす。


 「え!? なんで私なんです?」


 当然の疑問のように吹っ掛けられたお母さんの言葉に、普段の冷静とは似つかないような焦りを見せる。


 そんな反応に密かに可愛いなと思うガストであった。


 「なんとなくかな。世話好きで、話は聞いてくれたり、気遣ってくれたりとかじゃないかな?」


 「そうだな。それだけ聞けばお姉さんってなるのだが。なぜかこう、抱きしめられたりとかしたらどうしてかお母さんに変わってしまうのだよ」


 「そ、そうかなぁ?」


 女子三人が仲良く話す中、ガストとルキ、ハルフィラは取り残されたように無言でその後ろを続く。

 そんな中、居心地の悪さを打った言えたのか、曖昧に口を開く。


 「まぁ、悪いもんじゃねぇだろうし。素直に受け取っとけよ……」


 ガストにそう言われれば、突然と驚いた表情をし、そして徐々に顔を俯かせながら恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 そんな反応に、話に参加もしていなかったルキやハルフィラたちも含めて微笑ましそうに顔に笑顔を作る。


 そんなときに、背後からは駆け寄るような足音が二つ。

 ユキアとアレスの足音だ。


 「くっそー、みんな早いよ!」


 「そうですぞ! 今わたくしのお膝は体重による疲労が溜まっているでござんす!」


 不満を漏らしながら駆け寄ってくる。

 その姿は憎たらしいにもほどがある姿で、ヤマトであっても私情を挟むように苛立ちを露わにしている。


 「お前たち……」


 静かにその苛立ちを込めた言葉を発する。

 二人が駆け寄ったことには、腰から黒の刀身の刀を覗かせている。

 それを見たユキアたちはたらたらと述べるような不満を吐き出す口を瞬時に閉じる。


 「……それで? 実は母性を求めているガストさん」


 ニマニマとした笑みを出すようにアレスが頬を緩ませる。

 すでに恥ずかしさで赤に染めていた頬を、今度は怒りによるものにかえ、ガストはアレスの頭に拳を下した。

 まるで『ゴツン!』という効果音が着きそうなほどの音が鳴れば、「いでぇ」と変えるが潰されたような音をたてる。


 その裏で、ガストは静かに恥ずかしさを沈めれば、深呼吸で気持ちを落ち着かせる。


 「あちゃー。母性求めちゃったか―」


 「ぶほぉっ!?」


 ハルフィラの発言に、深呼吸をしていたガストは運悪く重なり息を思いっきり吐き出す。

 すぐ目の前にいたヤマトに唾でも飛んだのか、とても迷惑そうな顔でガストのことを睨む。

 すぐにその視線に気づいたガストは、いつものような大柄な態度は捨て「すまんっ」と鬼でも見たように怯えながら謝る。


 そんな普段とはまるで違うガストに、場にいるみんなは揃って笑いだす。


 「な、なんだよ! 俺だって謝る時くらいは腰だって低くするぞ!」


 「えー、そうかな? 『おぉすまんな……んだよ、ちゃんと謝っただろ』って言ってたのはどこの誰だったっけなぁ?」


 「ばっ! 今ヤマトいるだろ!」


 カレスの横槍は発言に慌てて訂正をしようとするが、すでに時は遅し。

 それを聞いたヤマトが、興味深そうな顔をしてガストの肩を掴む。


 「ほぉ? 人に対する礼儀は疎かにするなと。そうお前に忠告したはずだったがなぁ?」


 「普段はしっかりしてるぞ! そうだっ、たまたまなんだ。たまたまだっただけなんだよ!」


 「では。そのたまたまを私に見逃せと言っているのか?」


 ガストからは悲鳴が上がる。

 もちろんヤマトが怖いから、などではない。

 ガストの肩を握る、ヤマトの握力からくるものだ。

 すでに肩の肉はへこみがしっかりわかるほどにヤマトの手は沈み、纏う服なども捻じれるようにシワが現れる。


 「ごごご、ごめんなさい! もう礼儀を疎かにすることはしません! しませんからっ!」


 怯えるガストを見たからか、ヤマトはため息をついて肩から手を離す。

 そのため息には、先ほどまでの怒りや呆れと言ったものはなく、疲れに似たものだ。


 「……はぁ。ノレン、こいつの手綱はしっかりと握ってくれ」


 「えぇ。これからは私に任せてください!」


 「えー」


 ガストが不満を漏らすが、ヤマトにギョッと睨まれた途端にはそんな口は鳴りを潜める。

 そんな普段とはまるで違う可愛らしい反応に、ノレンは楽しそうに笑顔を作る。


 「ねっ、ガストさん!」


 「へいへい、そーですな」


 その言葉にノレンは気を良くしたのか、ガストの腕に抱き着く。

 ガストが恥ずかしそうに抵抗こそするが、それはノレンの拘束を解くことはおろか、ノレンに怪我をさせないほどの力だ。

 ヤマトたちはそれに気づいているのか、調子に乗ってガストに迷惑をかけているように見えるノレンを咎めることはしない。


 そんな甘々しい突っつき合いに見飽きたのか、突然とハルフィラが声を上げる。


 「はいはい! イチャラブはそこまで! とりあえずはもう予約されてるホテルまで行くよ!」


 「……そうだな。今日は移動で疲れただろうしな。そろそろ宿まで行くとしよう」


 『はーい』



     *



 「づがれだよー」


 「カレス。ちょっとはしたないよ?」


 だらしなくベットに寝転ぶカレス。

 帰ってきたばかりということなので服を脱いだり着替えたりはしておらず、寝転がった衝動で短い丈のスカートからは太ももは完全に覗け、下着も見えそうなほどに捲れあがっている。

 白い肌で、艶や張りと言った若々しさを保っており、冒険者では珍しい艶めかしさがある。


 「いいんだよ。それにユキアはこのくらいのボクに興奮するんだろう?」


 ユキアが注意をするが気にする様子もなく、それどころかどこか妖艶さを放つ視線でユキアを誘う。


 「……もう。どうなっても知らないぞ」


 誘いに逡巡を見せるが、誘惑に負けているだけの男ではない。

 ため息交じりに欲望の片鱗を見せるのみで、服などを脱ぎ簡単なインナーのみになればベットに寝転ぶ。


 ユキアたちは皇住城から用意された宿に帰っていた。

 部屋割りはギルドのほとんどが恋人同士ということなので、各自自由に組みたい人と組む、ということになっており、必然的にハルフィラとルキは同室になりそれ以外はみんな恋人同士で二人部屋に入っている。


 「ねぇねぇ」


 「どうしましたかー?」


 囁くように呼ばれたユキアが振り返れば、そこには同じ目線で悪戯のように笑顔になるカレスが寝ていた。


 「ノレンとかヤマトのところに行かないかい?」


 「……なんで?」


 「えー。そこは『うんうん、行くよ行く行く』って言ってくれないと」


 ユキアの素っ気無い反応に唇を尖らせながら似てもいないユキアの声真似をして見せる。


 「でも何で行きたいの?」


 「だってそりゃ二人のイチャラブを見たいからでしょ」


 「イチャラブって……あぁ」


 呆れたように声を漏らすが、すぐにわかったように納得する。


 最近になってイチャラブが減って、いつもとは違う場所で他人のイチャラブを見てその気にさせたいという魂胆なのだろう。

 この頃になってからユキアと過度な接触を好むようになったり、今のように、どこか誘うように艶めかしい行動をとったりなど、考えれば思い当たる節はたくさんある。


 「わかったよ。いいよ、行こうぜ?」


 「本当かい!? いいね! 行こ、今すぐ行こ!!」


 「はいはい。じゃあ行きますよー」


 「うん!」


 飛び起きるようにベットから出たカレスは、ユキアの腕を引きながら部屋を出ようとする。

 だがユキアの服装は外に出るにはそぐわないものだったので、適当に無限収納マジックボックスのポーチに入れておいたラフな服に着替える。



 外に出れば、宿屋であっても皇帝が手配をした宿だけあってか高級感の感じられるものばかりが目に入る。


 「それで? ノレンさんとかの部屋はどこかわかってるの?」


 「あたりまえじゃないか! っと。ここがノレンとガストの部屋だね」


 部屋の前に着けば、確かにガストの何かを自慢するような傲慢な声と、それと快く会話するように弾ませる軽やかなノレンの声。


 なぜかそんな声を聞いていたら羨ましく思ってしまうユキア。

 その感情はノレンに好意を向けているから、などというものではなく、単に仲良く話せていることが羨ましく思える。


 最近なりカレスは何かを焦るように生活をしており、今のガストたちのように、落ち着いて和むよな会話をすることが出来ていないのだ。


 「入るのか?」


 「当たり前! って言いたいんだけど。それじゃあ面白くないよね?」


 「うーん。別にただ普通に入るだけでも俺はいいけど」


 「それじゃあダメなんなんだ! ボクはね、イチャイチャが見たいんだよ」


 カッコつけるように言ってくるカレスに、ユキアは若干の面白さを抱く。

 カレスの顔はまるで真剣さを物語るように、笑いの要素を一切と含んでいないように、まるで真理を語るように迫真とした顔だ。

 そんな顔というのに。

 そんな顔だから面白いのだ。


 「カレスー。顔が変ですぞー」


 「うわっ。ちょっと、いきなり触るのダメっ!」


 不細工極まりそうな顔を解すために頬を適当に揉めば、突然とよ絶にも似た反応を起こされる。

 そんな反応に驚くのはもちろんユキアだが、それ以上に『どうして!?』となるように驚くカレスがいる。


 「なんでいつもあんなにべたべたくっついてきてるのに、俺が触ったらだめなのか?」


 「ダメじゃないけど、さ……。なんか、ダメなの」


 「じゃあ今はいいよね?」


 深刻に悩むような表情をするカレスを置き去りに、いつものテンションなユキアは先ほど同様にカレスの頬を摘まむ。


 「だーかーらー! ダメだって!」


 「どーしても?」


 「……どーしてもじゃないけどさ」


 「ならいいじゃん」


 カレスの良い淀みを勝手に了承と解釈をし、ユキアはカレスの頬から手を離すことはしない。

 カレスもカレスで本気の抵抗はみせない。

 だがそれでいても、やはり嫌という感情は胸の内にあるのかカレスの抵抗が普段の手を添えるだけではなく、明らかに剥がそうと手を握ったりなどしている。


 「ほらほらー。良いではないか良いではないかー」


 「良くない良くない良くないよー!」


 嫌々と言いながらもその表情は笑顔でいるカレスにユキアは気を良くしたのか、はじめの解すは思考から消え、今は揉むに変わっている。



 だからこそ気づかなかったのかもしれない。

 二人は声を大きくしたりなどで少々うるさくしてしまったのだ。


 「お前ら! うるせーぞ!」


 部屋の中から響くガストの怒号。

 その声にユキアたちは驚き口を閉ざしあたり静けさが戻る。

 そんな静けさの中に、どかどかと力強く歩む足音が鳴る。


 「ガスト。無為に他人に喧嘩を売るのは止めてください!」


 「で、でも五月蠅かったら注意するのが当たり前だろ?」


 「あなたのソレが本当に注意だけで済むのならば、ですけどね」


 「ま、まぁそれは愛嬌? ってやつよ」


 「はぁ……私が行ってくるので。ガストはそこで待っていてくださいね?」


 ガストの不満そうな声が聞こえれば、ドアが開く。

 ほんの少しと開いたドアからノレンが顔を覗かせ、少し驚いたような顔をしてから、怒るように眉を顰める。


 「あら。ユキアさんにカレスちゃんでしたか。少しうるさくし過ぎですよ?」


 「はーい」


 「すみません」


 「よろしいっ。それで、なぜ私の部屋の前に?」


 畏まった顔をやわらげ安心させる顔にする。

 相手が知らない人ではなく、見知った人物であったことで警戒心が解けたのか、曖昧に開けていたドアを、完全に開かす。

 開いたドアから見えたのは、ベットに背を掛けるように地べたに座るガストだ。

 ガストは表情に明らかな苛立ちを孕ませながらこちらを睨んでくる。

 ノレンとの二人の時間を潰されて怒っているのだろう。


 「いやさぁ、二人はどんな感じに過ごしてるのかなーって気になったんだよ」


 「私たちの過ごし方ですか?」


 「そうそう!」


 考え込むように顎に手をやる。

 その姿はやはり副ギルドマスターだと思わせるほどに似合っており、ユキアの脳内では秀才などの、元からの才能ではなく、努力をして得たものだと尊敬の心が姿を見せる。

 そんな人だからこそ、姉や母と思えるのだろうか。


 見とれていた視線を外すように、ユキアはノレンからカレスに目を移す。


 一見凛としてお淑やかにみえるのだが……。


 「……なんだい?」


 ユキアの耳を、カレスの低い声がくすぐる。

 その声はまるで考えていることを見透かしているようなもので。

 やましい気持ちがをたくさん孕んでいる考えをしていたユキアは懇願するように首を振る。


 「いやさぁ、ノレンさんはまぁわかるとして。カレスも十分に可愛いなーって」


 「……本当かなぁ」


 媚を売るような言葉をかけて誤魔化そうとすれば、普段のように照れたり黙ったりなどをせず、怪しむようにこちらを眺め見る。

 少し経てばそれに飽きたのか、小気味よく鼻を鳴らした。


 「それで話がずれちゃったけど、ノレンたちって普段はどんな風に過ごしているんだい?」


 「うーん。普段だと……」


 口を曖昧に開けば慌てて閉じ、まるで確認でも取るかのようにガストに振り返る。


 「……別に一々気遣わんくていいよ。どうせ適当なこと言ったらすぐ飽きて帰るだろ。馬鹿だし」


 「馬鹿!? なんだ馬鹿とは! なんだ馬鹿とはっ!?」


 馬鹿と言われて顔を赤に染め上げたカレスが、入り口に立つノレンを押しのけながら部屋に入ろうとする。

 だがそれはガストの口からばかという単語が出てきた瞬間に予感をしていたノレンが、荒れるカレスを抱き着くように抑える。


 「こらこらカレス、あまりはしゃいではいけませんよ。みっともないですよ」


 「そうだぞーカレス。ノレンの言うことはしっかり、聞けよな?」


 「うるさいぞガスト! 君だって怒られる側の人間だろう!」


 「んあ? 俺はいいんだよ。ノレンは俺じゃなくてお前に怒ってるんだからな!」


 「むがー! ユキア! 君も何か言ってくれよ!」


 「ま、まぁまぁカレス、少し落ち着こうな?」


 仲間の眼差しをむけられるが、相手が相手でノレンなんだ。

 陣取られれば反逆を企む思いすら立たない。


 ユキアは前から押さえているノレンの代わりに、後ろから引っ張るようにカレスの腹部に腕を回す。


 「ほら! 人が集まってくるから! そうなる前に部屋に帰ろうよ!」


 「諦めないぞ! ボクは羞恥の眼に晒されようとあの白髪頭をぶったたくまでは終わらないぞ!」


 無理やりにも拘束を解こうと、カレスは縦横に体を動かす。

 それでも拘束が解かれることはなく、カレスは後ろから抱きしめているユキアに恨めしい顔を向けている。


 「……なんで君はボクを止めるんだい?」


 「じゃあ止めないという選択肢があったとでも?」


 「ユキア……それって絶対ノレンに見とれちゃっただけでしょ!」


 「ばっ、おまっ。そんなわけがないだろう」


 カレスの突然の言い分に焦りを見せるが、鼓動を落ち着かせて冷静にあしらう。

 もしかしたらそれが原因だったのかもしれない。

 目の前にいるノレンがなぜか釈然としない顔でいるのだ。


 「別にユキアさんに恋愛感情的な行為を向けられなくてもどうでもいいのですが、そこまではっきり言われるのはさすがに堪えるものがあるのですが……」


 恥ずかしそうに言ってくるノレンの顔には、戸惑い半分憤り半分と言った具合だ。

 同じギルドに入っているということで仲間意識がある中で、恋愛感情がまるっきしないと豪語するのは、確かに傷つけるものがあるものがあるのかもしれない。


 「なら俺は、ノレンさん好きです! とでも言った方がよかったですか?」


 「ダメに決まってるだろ! 何デブが調子こいでんだよ!」


 おチャラ気たような発言をすればすぐさま噛みついてくる。

 その言い草は先ほどヤマトに叱られたものとは思えないほどだ。


 「デブとはなんだ! この白髪野郎!」


 「誰が白髪だ!? 俺は銀髪なんだよ!」


 いつの間にか冷静だった者同士の咬み着き合い。

 間にカレスとノレンを挟んでの、ユキアとガストの貶し合い。

 それは先ほどのガストとカレスとの睨み合い程度では済まず、相手の胸倉を掴もうと狭い隙間から腕を伸ばす。


 「ユキア! なんでボクが言われたときは何もなかったのに突然怒り出すのさ!」


 「ガスト! 先ほどヤマトさんに叱られたばかりのことを忘れたのですか!?」


 カレスとノレンが静止を要求するが、争い合う彼らの耳には雑音程度にしか響かない。

 カレスは自分の時には見方をしてくれなかったと怒るようにユキアの胸板を手の平で叩き、ノレンは自らに注意w引かせるように胸を押し付けるように抱き着く。


 「お願いカレス、退いて!」


 「頼むノレン、退いてくれ!」


 ――じゃないとそいつを殴れない!


 まるで予定でもしていたかのように言葉の呼応が図らずも重なる。

 それにノレンたちは仲が良いと感じるが、それだけで済めば本当に良かったのにと悪態を脳裏に浮かべる。


 そして。

 そんなことを考えるカレスの後ろには。

 顔に翳りを作り直視することは出来ないが、悪鬼羅刹が弁慶の如く直立していた。


 まるで白息が出るのではないかという口を開けば、持ち上がる頬から顔は嗤う悪鬼に。

 そんな悪鬼の一瞬の膠着の後には。


 「殴られるのはお前らだぁ!」


 迸る雷が現れたと思えば、対立していがみ合う二人は強風に煽られるように吹き飛ばされる。


 「ヤマトッ!?」 「ヤマトさんッ!?」


 自由時間ということで気を休めていたヤマトが、鬼の形相で気を立てていたのだ。

 服装などはまるで先ほどまで休んでいましたとでも言わんばかりに緩めた服装に、いつも野放しにするように垂らしていた髪を、今は一本に纏めている。


 「なんでお前らも騒ぐんだ! 厄介者はカレスとガストの二人だけで精一杯だったというのに!」


 「そんなっ。ヤマト、ボクはとても心外だよ」


 「……あぁ。生憎私も心外だな。あれまで叱ったというのに自覚がないところにな!」


 不思議といった具合の顔をするカレスの頭にヤマトは拳を振り下ろす。

 先ほどノレンたちにやったように本気ではないが、それでもいつもの刀を振り落とすだけのものよりは威力はある。


 「いっったいじゃないか! 何をしてくれるのさヤマト!」


 突然と何の理由もなく殴られたと思い込んでいるカレスは、当たり前のように反論をする。

 まるで言いがかりだと言われたようなヤマトは、苦悩に塗れた末に手で頭を押さえる。


 「何で私は休暇で旅行に来ているのに……なんでここまで苦悩を抱えないといけないのか」


 ギロリと擬音がつきそうなほどに大きく見開いた眼で、吹き飛ばされ床に寝転ぶ二人を睨む。

 ユキアたちは呑気に吹き飛ばされたことに驚いたように体を固めており、ヤマトの向ける視線も、抱える苦悩も察することはない。


 「ヤマトさん。大丈夫、ですか?」


 そんな中で、ノレンは心配をして声を掛ける。

 温情も抱える声には敵意は向けず。

 ユキアたちに向けるように顰めた眉間を解き、あくまでもいつも通りのような疲れた顔にする。


 「あぁ。ほんの少しだけ胃が痛むくらいだ。本当にも少し互いの棘をやわらげてほしいものだ……。だから」


 「だから……?」


 溜めるような言葉にノレンは疑問を覚え聞き返してみる。

 その刹那に。

 ヤマトは鉄仮面ともとれる顔を破顔させ、まるで乙女だと言い張れるような涙目を浮かべ出した。


 「だからもうアレスに慰めてもらうんだもん!」


 「……はい?」


 突然の叫びに驚きながらも、ヤマトの吐き出した言葉をどうにか噛み砕こうとする。

 だがそれは無謀に終えるように意味が解らず素っ気無い返しになる。


 「慰めてもらうんだもん!」


 二度目の叫びにもまるで意味が理解できず。


 「あっ、はい」


 だからノレンは考えることを放棄すること一択であった。


 気疲れしたように髪は垂れ、無感情のように頬は上がることはない。

 そんなノレンが今の現状を見てため息一つ。


 ヤマトはいつもの寡黙で誠実を突き通す性格だったはずなのに、殻を破ったように街の生娘のように足を躍らせアレスの元へ。

 

 カレスはそんなヤマトを忌々しい目を向けながら威嚇をし。


 ガストとユキアは、何かを抱き寄せるように両手両足を自らの体に向け阿保面を晒し。


 「もう何この状況~~!」


 叫ぶのみだった。



     *



 昨日は何やってたんだっけか。

 そんな疑問が浮かぶのは、ヤマトに殴り飛ばされてから一日後の、凱旋パレードが開催される日だ。


 「ほらユキア! 早く着替えないと遅れちゃうよ!」


 覚醒しきっていないぼんやりとした頭で、ユキアはカレスにせかされながら服を寝間着から着替えていた。


 「わかってるわかってるから。それよりもカレス、今日のネックレスはそれでいいのか?」


 「うん。ブラドと魔女と戦ったのはこれだったし、こんなに傷ついちゃったんだ。そろそろ終わらせてあげないとじゃん」


 「区切り、か。それだったら溶かして再利用するー、とかは?」


 「あっ、それいいかも! 帰ったらルキに頼んでみるよ!」


 思い出深そうに見つめるネックレス。

 手の平に広げたネックレスは、ユキアが初めてカレスに渡した贈り物であり、きっとカレスの中で一番感慨深いものなのだろう。

 浮かべる表情には、ワクワクとした心を躍らせるもののほかにも、悲しいという別れを嘆く悲嘆の音が込められている。


 「それじゃあそろそろ行こ?」


 「そうだね……ってまずは君が! ユキアが着替えるところからじゃないのかな!」


 「あっ、完璧に忘れてた」


 「はぁー。これだから君は……」


 ため息を吐き悪態も垂れる。が、その後には小さく微笑む。

 まるで夫婦。

 まるで新婚。

 そう考えられてしまうようなこの状況にカレスはおかしさを感じたのだろう。

 それは異質なものではなく、温かい熱情の何か。


 「……ユキア」


 「んー? どうしたでござるかー?」


 問いかけに変な語尾で返してくるユキア。

 カレスはそれに頬を緩ませてしまう。

 知っているからだ。ユキアが変な語尾を使うのは、高まった鼓動や期待、疼き。

 それら全てを落ち着かせるために、そんなふざけたようなものを使うことを。

 そして。今は自分と同じく、これが新婚さんのようだな、と期待していることに。


 「……好きだよ」


 呼びかけたいだけだった。

 そんなはずのカレスだったが、気の緩みと胸の高鳴りで不意に漏れてしまった言葉。

 だがそれを恥じるように顔を赤らめたり、目を反らしたりはしない。

 ユキアと向き合い、目線を艶めかしいほど、煽情的なまでに絡みつけ放さない。


 そんな最中に、ユキアも顔を緩まし、小さく笑った。


 「俺も……。好きだよ」


 履きかけのズボンで下着が見える状態で言った。



     *



 王都スフィアの皇住城の謁見の間の前にユキア達は来ていた。


 結局ユキアはヤマトたちが乗り込んできて「さっさと着替えろ!」と叱るまで碌に着替えは進んでいなかった。


 「ヤマトさん! 今日やるやつってなんでしたっけ?」


 「なんだルキー、話はちゃんと聞いておかなきゃいけませんでちゅよー」


 「……ガストさんには聞いていませんから」


 「あっ、そう、ですか……」


 ルキの発言に茶々を入れるガストだが、それを冷淡に交す。

 相手にされなかったガストは寂しくなったのか、しょんぼりと顔に翳を作っている。


 「そんなに落ち込むなら余計なことするなよ」


 「……アレスか。それが出来たら苦労はしねぇよ」


 「ならとことん残念な性格なんだな」


 「うっせぇ。一言余計なんだよ」


 慰めるように声を掛けたアレスとガストは、会話に色が着き始める。

 そんな直後には大きな声が響く。


 「皇帝から謁見許可が下った! すぐさま声を収めろ!」


 近衛兵が二人、ヤマトたちの前に立つ。

 先日の者とは違い、近衛兵たちが発する言葉の一つ一つにどこか高圧的な態度が感じられる。

 だがそれはヤマト革命軍にとっては日常茶飯事。

 どこかに呼び出されれば駆け付けるのだが、どうにも冒険者ということだけで下に見られてしまう。

 そのために反発をすることはないが、ガストとアレスといった血の気の多い者はその顔に若干の不服さを孕ませる。


 「扉を開く! 開けるぞ!」


 「はいっ!」


 近衛兵がもう一人の近衛兵に指図をだせば、機敏な動きでそれぞれが扉の前に立ち、そして開く準備をする。


 「確認だ。準備は済ませただろうな?」


 「あぁ。謁見と聞いているのでそれ相応の準備はすでに取らせてもらっている」


 「……ッチ。じゃあ開くぞ」


 近衛兵の言葉の汚さに反発することはおろか、反応すらみせずに手ごたえのないヤマトに舌打ちをする。


 それ相応の準備。

 宿を出るときには身だしなみしか気を付けてはいないが、それでも準備は出来ている。


 「行くぞ」


 ヤマトの声に、ユキアたちは声を上げない。

 その変わりに気を引き締め、背筋などを張り上げる。


 ギギギと心臓を揺らすような音を鳴らしながら鋼鉄の扉は開き、そして先日通りの威圧感があふれ出る。


 「っ……」


 一瞬震えた体たが、歯を食い絞めてそれをどうにか収める。


 ヤマトが絨毯の上を一歩進めば、それに合わせてユキアたちも一歩を進ませる。

 一歩、一歩。

 重なる歩数と、圧し掛かる重圧。

 昨日の時点で感じていたものなのだが、それでも重いと感じてしまう。


 ジークルスは意思を以て重圧をかけているわけでも、威圧を向けているわけでもない。

 それでも、ただ歴戦とした皇帝という存在感が。

 王冠との契約者としての滲み出る力の片鱗が、まさに重圧としてのしかかっているのだろう。


 ヤマトたちが謁見の間の中ほどまで進めば、徐に顔を持ち上げる。


 「もうヤマトちゃーん、待ってたよぉ」


 ヤマトの向ける視線の先には、気持ち悪いくらいに頬を緩ませ、見知らぬ女性に見せれば生理的に受け入れがたい何かを感じさせるほどのものだ。


 ヤマトはそんな顔を見ても反応一つせず、飄々とした雰囲気で辺りに視線を配る。


 謁見の場には、ユキアたちと、それ以外には文官武官、そしてジークルスの他には誰もいない状況であり、互い同士が顔見知りの中だけだ。


 それを確認すると、ヤマトは締める気を解き、畏まる背筋も緩めた。


 「ジイ。前から言っているがその顔は少し好ましくはないぞ」


 「いいのいいの。それにこの顔が僕のオンリオーワンなのさっ!」


 胸を張って応えれば、満足をしたのか浮かした腰を一度玉座に深く沈めれば文官に指示を出すように目線を送る。

 それだけで指示が伝わったのか、玉座の背後に並ぶ列から文官一人だけが前に出る。


 「ギルドマスターヤマト様、これからの本日の予定を伝えさせていただきます」


 文官がヤマトの前に出れば、脇に抱える幾つかの書類のうち、一枚を引っ張り出す。


 「これからの予定とすれば、半刻後にパレード用の臨時会場控室に移動していただきます……」


 それからあれからと続く言葉を省略すれば、まるで遠足顔負けなほど単調なものだった。


 臨時会場に移動後、パレードを行い、そして宿に帰る。


 ただそれだけの内容だった。

 拍子抜けとまでは言わないが、それでいてもあくまでも国が動かすような催し事なのに、ここまで過疎なもので良いのだろうか。

 不安が残るが、きっとこれは一日目だけ。

 二日目三日目と続く日数でそれなりになるのだろう。


 「わかった。ならこれからすぐ移動、という形でいいのか?」


 「はい。そのようになさっていただいた方がこちら側はありがたいですね」


 「了解した……ではジイ」


 予定の確認を終えたヤマトが文官から視線を外し、上の、玉座に退屈そうに座るジークルスに向ける。

 その表情は先ほど文官と会話していたよりも幾分か解けており、『ジイ』と呼ぶごとに雰囲気が和らいでいくのがユキアたちにも伝わる。

 それはユキアたち以上に親しいジークルスには当たり前のように感じ取っている。


 「うん。じゃあまた後で、ね。ヤマトちゃん」


 「あぁ。ではまた後で、だ」


 ヤマトがその受け答えに嘲笑うように微笑を浮かべると、ジークルスもそれを見て何かに感化を受けたのか、同じように降格を持ちあげる。


 数秒。たったのそれだけを見つめ合えば、過ぎるように瞼を下す。

 そして開いた時には先ほどの微笑は影を残さず、凛とした誇り高き顔立ちに姿を変えた。


 「移動だ。行くぞ」


 ヤマトが短く言えば、ユキアたちは緊張を奔らせた体を解き振り返る。


 決して間違えのないように。

 中心にいる、それも一番前に出ていたヤマトが過ぎるまではその場から動かず。


 武術の嗜みなどを一切と見せない作法の整った姿勢に歩き姿。

 ヤマトの過ぎた背を追うように、次々とユキアやアレスとそれに続いていく。


 足裏を優しく包む絨毯の感触を嫌に感じながら、ヤマトたてゃ謁見の間を後にした。



     *



 王都スフィア、皇住城御膳通り中央区に急遽建設されたパレード臨時会場控室にユキアたちは来ていた。

 パレード臨時会場控室は、控室と呼べるほどのものではなく、パレード臨時会場の裏に建てられた、軽いテントに椅子を数個というだけの場所だ。


 ユキアたちはその場に文句は垂らさずに執拗に緊張をしたり自らの身なりを確認したりなどをしていた。


 「俺、パレードとか初めてだなぁ」


 不安げに口にするのはユキアだ。

 ユキアは発言通りに、これまで一度もパレードと称されるものに出たことがなかったのだ。

 実力だけを鑑みればパレードの一つに出ていてもおかしくはないが、ユキア自身の外見とソロで活動というところに訝し気を抱いた貴族などの欺瞞でパレードが行われることはなかったのだ。


 それを知っているカレスは、その不安を取り除こうと傍に寄り添う。


 「大丈夫だよ。今はそれしか言えないけど、ボクが手取り足取り手助けしてあげるから」


 手取り足取りを体現しているつもりなおのか、カレスは突然と膝に乗せたユキアの拳を、上からか被せるように自らの手を重ねる。

 解すように。柔らかくするように。

 ゆっくりと撫でる。


 「ねぇカレス。なんかキモイよ?」


 「何を失礼なっ。これはボクが君の緊張を解そうとしている行為じゃないか」


 「ははっ、冗談だよ。ありがとね」


 たったの一言二言を交せば、握る拳は解け逆さ恋人繋ぎのように、手の平を膝に向けるユキアの手を、その上から指と指の間に入れ込むように繋ぐカレスの手。

 カレスの動脈のうねりを感じるのではないかという考えに、ユキアの思考の中には緊張は姿を消していた。


 「……おーいユキア、そろそろ平気か?」


 「……なんだいアレス。今はボクたちが仲良くしている最中じゃないか。水を差したらダメじゃないか」


 「ダメってなぁ姉貴。もうすぐパレードは始まるんだよ。だからさっさとそのイチャイチャを止めろユキアぁ!」


 カレスに呆れの視線を送りユキアに視線を戻し。

 途端に言葉を捲し立てるようにして、仕舞いには叫びに変わっていた。


 「そうですそうです! 早くしないと私とハルフィラさんが空気になります!」


 「……ん?」


 「あー! 何言ってんのこのちびなんて感じの顔しないでくださいよ!」


 カレスの疑問の顔にルキが叫び出す。

 その内容にこの場にいた人のほとんどが『そんなこと思ってないだろ……』と憐れむような視線を送る。


 「まあまあそんな怒んなって。ルキもそんなにイチャイチャしたいんだったらハルフィラの胸にでも突っ込んで『あー、柔らかいですハルフィラさん!』って遊んで来いよ」


 「……ガスト。いい加減に言葉を慎めといったはず、だったが?」


 ガストの下賤な物言いにヤマトが顔を曇らせる。

 先ほどの宿の件といい、ヤマトが休暇の旅としてこの場に来ているというのに、それを踏みにじるようにユキアやカレス、ガストといったトラブルがヤマトの時間を蝕んでいく。


 張本人であるユキアも、他人事のように『大変そうだな~』という憫察を送る。


 「いっ、いや違う! これは、例え! そう! 物の例えだったんだよ!」


 ヤマトの直下の怒りを免れようと自分の行いをどうにか正当なものに置き換えようと言い訳を繰り返す。


 だがそんなものは怒りを溜め込んでいるヤマトには惑わせることすらできず。

 そっと、ヤマトの拳が持ち上げられた。



 ――その瞬間だった。



 コンコンコン。


 木で作られた木製の扉をノックする音が響いたのだ。


 「大和革命軍様。準備が出来ましたので馬車に乗り込んでください」


 「ああ、承知した」


 主催側のパレードの準備が完了したことを伝えるものだ。

 返事を返したヤマトは、宙に振り上げた拳を開き手刀の形にすれば、軽くガストの頭に振り下ろす。


 「いてっ」


 「さっさと行くぞ。緊張を呼び戻すようで悪いが、リハーサルなどはない。これが本番、これが大舞台。足を掬ますなんてことはするなよ」


 そう言い切れば、付け足すように「ユキア。温替えが一番心配だぞ」と茶々を入れるように言う。

 ヤマトからしたらそこまでの思いを込めた言葉ではなかったのだが、それでもユキアには心を見透かされるほどの言葉。

 カレスの手を握る手に力が入るが、それに気づくほどの余裕はない。


 「……」


 踏み込めるところまでは踏み込んで、意味をなさない領域までは望まない。

 自らも経験した場所ステージでは、他人の言葉などは効くのは始めのみ。今ユキアがいる場所ステージでは意味を成さず、ただの雑音に変わり下がる。


 カレスは今は出る幕ではないと自分に言い聞かせ、手の痛みを誤魔化すように目を瞑る。


 集中を高め、不安を変換する。意識を沈め、不満を取り込む。


 幾多の呼吸の後に大きく深呼吸をし。


 目を開いた。


 「もう、大丈夫です」


 ――俺も行けます……行けますっ!


 そんな思いが募る中、凱旋パレードは始まった。



     *



 ドクドク。ゴクリゴクリ。


 擬音語が描写されるのではないかと思えるほどに高まった鼓動に、うるさいほどに聞こえてしまう唾を嚥下する音。


 この場所は凱旋パレードの開始地点の直前。外と仕切る扉の目と鼻の差ほどが離れた場所の中に立っている。


 仲間同士が楽しそうに疼いている心を落ち着かせるために目線で遊ぶように互いの視線を交差させ、目が合えば面白そうに微笑を浮かべる。

 扉の先から聞こえる民衆の歓喜や、英雄たちの登場を待ち遠しいを思う声。

 馬が興奮するように荒くする鼻息に、待ち遠しさを表すように頻度が高いと窺えるほどのひづめで行う地団駄。


 戦闘用の馬ではないことで蹄鉄を着けていないため嫌な金属音は感じないが、今のユキアには通常以上に聞こえてしまう。


 「どうだい? 英雄として受け入れられる気分は」


 突然とカレスが突拍子もないことを言い出す。

 その言葉にユキアは体を震わせ、実感する。


 肌に掛かる声。

 脳裏に渡るアドレナリン。

 脊髄を駆け巡る緊張。

 背筋を這う独特な優越感。


 正体不明でこの感情が好ましくないものだと断言すらできなかったものが。

 実感として心に深まるのだ。


 「……これが、英雄……」


 なりたかったもの。

 望んでいたもの。


 これこそが英雄感。


 望み、手に入れ、感じたもの。


 この場で。


 この仲間で。


 その真実を。


 「――そんなの、最高じゃないか」


 年甲斐もなく子供染みた言葉が漏れる。

 もう何年を抱くことを忘れていた仲間や目標。


 胸の高まりの絶倒を迎えた瞬間。

 その刹那に。


 「開門!」


 パレードの道と待機場所とを分ける扉のような門が開かれた。


 瞬間に馬は待ちに待ったと言わんばかりに足を動かし馬車を引く。

 慣性に釣られて体が後ろに引かれるが、それを何とか持ちこたえる。


 「ははっ。ユキア! 今は全力で楽しむよ!」


 足に力を入れ踏み込み、思いのままに地面を蹴り、脚力に任せた跳躍。


 門を飛び出る瞬間には、まるで観衆の声や熱気がお塩競るのではないかと思うほどの風が体に迫り、越えていく。


 「――あぁ」


 ニヤリ。

 楽しむための微笑を頬に刻めば、横にいるカレスに振り向く。


 「最高の気分だ」


 報われた。

 救われた。

 認められた。


 そんな感情はどうだっていい。

 そんなものはこの場に立つための過程でしかない。


 大事なのは。


 ――今を楽しむことだ。



     *



 凱旋パレードは無事に終わった。

 問題らしい問題はなく、緊張で疲れ果てたユキアたちは宿の部屋でベッドに沈んでいた。


 「ほんとに楽しかったねー」


 ユキアの真横でカレスの声が聞こえる。

 カレスは今、ユキアと同じベッドで添い寝という形で背に抱き着いている。


 「……そうだったら少しは俺を労わるってことで一人で寝かせてくれないの?」


 動かないように固まった体の上体でユキアが愚痴を垂れる。

 自分の体重でカレスの腕を気づ着けてしまったりなどしそうで、それが心配で思うように寝返りをうてないのだ。


 「えー。でもユキアの心臓は嬉しそうにバクバクいってるじゃないか」


 「それは緊張! 別に嬉しくて鼓動が早まってるわけじゃないわ!」


 「……嬉しくないの?」


 少し。ほんの少し鼻にかかる声でソレを言われたユキアは否定をすることが出来ずに声を詰まらせる。


 「嬉しいんでしょ」


 核心を突くような言葉に、ユキアは誤魔化す気を捨て、己のが熱情のままに体を脱力させる。


 「ほらほらー。これがいいんだろう?」


 「……はぁ。嬉しいよ嬉しい嬉しい」


 カレスが背に押し付けるようにして密着させる豊満ではないが、それでも十分の大きさがある胸が押し付けられる。

 柔らかい何か、といえば表現できないことはないが、柔らかいという言葉だけでは物足りないものが背筋から這い、全身をくすぐったく駆け巡る。


 「……それで?」


 ユキアが突然と、甘ったれるように流れる雰囲気を変えるかのようにいつもの声のトーンを数段下げた声を出す。


 「急にどうしたのさ」


 「……どうしたのって?」


 あくまでも誤魔化す気なのか、しらを切るように口を閉じる。

 とても普段の凛々しく憧れを向けられる人物とは思えない子供っぽさにため息がこぼれる。


 それでもユキアは放したり見過ごしたりはしない。

 追及されたくないがために誤魔化すのだが、それを掘り起こすように。

 心に傷を残さぬように、手探りで土をそっと掘り起こす。


 つもりだったが。


 あ、手加減ミスった。


 「なぜに最近魅了するようなことを多くするんだ?」


 「っ……それは……それは、ね……」


 言い詰まるように口を曖昧に閉じる。

 どこか羞恥があるのか頬を淡く朱に染め、それを見られまいとユキアの背に顔を押し付ける。


 「黙ってるだけじゃ何もわからないよー」


 THE・お母さんあるある秘儀を発動して心を煽る。

 実に効果があることを察せられるように、押し付ける顔はそっと離し、閉ざされた口は開く。


 そんなカレスの顔には、『言わないと』と子供が焦るように浮かんでいるが、決心はつかない様子。


 迷うように動く心に止めを刺すようにユキアが絡め手を使う。


 「もう付き合ってるって間柄なのに。俺ってそんな信用ないかな?」


 「そっ、そういうわけじゃ……っ」


 ユキアの言葉にカレスは痛恨の表情を浮かべる。


 付き合っている。

 それは恋人。彼氏彼女の関係を意味する言葉なのだが、実はそれほど深い関係ではない。

 ただ恋愛感情の矛先が一致しただけ。

 ただ同じ想いを抱いただけ。

 それだけの繋がりだけで付き合うことはないが、それでも大部分を占めているのはその感情だといえるだろう。


 好きだから。

 好きなのに。


 この二つの感情が交差し、思考に蔓延り、思いを惑わす。


 だったら。


 きっと今からいうボクの言葉は。

 それに惑わされただけで――。


 「……あのね」


 「どうしたの?」


 唐突と始めた言葉に、ユキアは動揺は見せずにあくまでも平常を偽るように努める。

 変化は薄いが、カレスの雰囲気が変わったからだ。


 そっと。手に握る服の背から手を離し。


 「ボクがこうするのはね……」


 そっと。それでいても力強く抱きしめ。


 「もっと深い関係になりたいから。だよ?」


 甘く、苦く、透き通る声でカレスが囁く。

 前に回した手を片方解し、背を這うようにそっと上げ、首元から顎下に。

 スーっと這わせる。


 頬に触れるカレスの手の感触に心地よさを覚え目を閉じる。

 泳ぐようにカレスに溺れそうになる意識をどうにか保ち、口を開く。


 「どうして急に?」


 「だって周りが付き合い始めてボクたちがなんか遅れてるように感じたから」


 「だから焦ってると?」


 ユキアの言葉に、カレスは徐に顔を頷かせる。


 「別に焦らなくてもいいんじゃない?」


 「……なんで?」


 「なんでって。そりゃ俺らの恋愛は俺らの恋愛、ってことしか言えないかな?」


 気楽に堪えてみるが、何かが変わったという手ごたえはない。


 ダメかなぁ、と思っていた直後に。


 『なぁノレン! なんでそんなに俺が近づくのが嫌なんだよ!』


 『ガストさん! 私は近づかれるのが嫌と言っているわけではありません! そういう行為は段階を踏んでからと言っているのです!』


 少し遠くの部屋からガストとノレンの言い争いの声が聞こえてくる。

 この場は個室。そんなところまで聞こえてくるほどの声で騒いでいるのならば同じギルドとして注意をしなくてはいけないのだが、どうしてか口からは注意の一言も出ずに、笑みだけがこぼれてしまう。


 「ノレンたち、すごいね」


 「まぁガストたちだからね」


 そこまで言えば、カレスに注意を払いながら体を寝返らせて反転させる。

 同じベッドで寝ていたため、顔と顔との距離は鼻先が触れ合う距離。

 緊張かカレスの潤む目が見え、欲求が刺激される。


 艶めかしいまであるカレスを前にしながらも、ユキアは顔を崩さず、そっとカレスの頬に手を添わせる。


 「だからいいんじゃない? 俺たちは俺たちで」


 不満が残る顔で「でも」と言ってくるが、そんな口を塞ぐためにキスをする。


 緊張で震えるほどの心を抑えても接吻。


 どちらかが緊張で体を揺らしたのか、ベットからはギシりと音が鳴る。

 舌を入れるほどのものではないが、それでも幸福感はものすごい。

 どうやらそれはカレスも同じらしく、先ほどまで不服そうに歪ませていた顔も、今ではユキアと同じように満足そうな顔をしている。


 「とりあえず今はこれくらいでいいよね?」


 唇を放し、未だ定まらない呼吸のまま口を動かす。

 カレスも唇が離れるとともに堪えていた呼吸をし息を整える。

 そっと開けた目には若干の涙と垂れた目じり。そして幸せそうに浮かべる微笑。


 「今は、だけどねっ」


 互いに見合い、そっと微笑む。


 そこから何度か会話を交わした後には、溜まった疲労で就寝に就いていた。



    *



 目を覚ませば、ベッドから起き上がり顔を洗い、歯を洗い、髪を整え。

 身支度の諸々を済ませれば、最後にカレスを起こす。


 「おーいカレスー。もう朝だよー」


 毛布の上からそっと揺らす。

 すると抵抗をするように、体に置かれた手を払おうともがくが、振り払わることはない。


 「ん……ぅん……」


 幾秒か経てば、くぐもったような声は口から漏れ出す。

 半分ほど起きているのか、眠りを護ろうと仰向けで寝ていたのを俯せに変え枕の顔を沈める。


 「そんなことをしたって時間は許してくれないぞー」


 執拗なほどに体を揺さぶりなんとか起こそうとする。

 普段ならばこのくらいで起きるのだが、今日は疲れていたのか起きる気配はない。


 しょうがない、と体から手を退かし、その代わりに今度は手をカレスの頭部、耳に移す。


 「早く起きないと……こうだぞぉー」


 カレスの耳をくすぐるように、耳を親指と一指し指で挟み込みこねるようにぐりぐりと動かす。


 「やだぁ……やめてぇ……っ」


 耳の不快感を感じ取ったのか、今度はそれから逃れようとするが、そう簡単には離れることはなく。

 不快感は次にはくすぐったさに変わり。

 身体の内から盛り上がる何かに体を震わせる。


 「ほらほらー。起きないと止めないぞー」


 いじわるをするようにくすぐっていれば、限界が近いのか枕に沈めていた顔をこちらにムクリと出す。


 その顔はくすぐったさ故なのか赤く染まり、目尻には滴が溜まりどこか性欲をそそらせる。


 「もう、だめ。ぇ……本当、にっ」


 キュッと目を瞑り、手は両手とも寝ているベッドのシーツを掴んでいる。

 『もうやめて』と懇願するカレスとは反対に、ユキアには止める考えがないように迷うことなく耳をくすぐる。


 時には耳裏。時には穴の中。

 親指や人差し指など、指を細かく動かし繊細かつ敏腕に動かす。


 やめてと幾度か言った後には、カレスの表情には元より余裕はなかったが、焦る顔に徐々に変わっている。


 「もうっ。ほんとに……、漏れっ、ちゃう……からぁっ」


 ビクンビクンと震わす体に懇願するように助けを求める半開きの眼。淡く濡れた瞳に乱れる髪に服。

 その声を聞いたユキアは、何かに弾かれたように目の色を変え、開いているもう片方の腕を持ち上げ、頭の横にやる。


 「起きないから。いけないんだからね」


 「だっ、だ――っ!!」


 両手が耳に添えられると同時に一際大きな拒絶を見せるが、意味を成さず。

 目じりに溜まる滴を飛ばしながら体に緊張を奔らせ、膠着する。

 それを見たユキアは、口を開くこともなく無言のまま撫でるように耳から手を退ける。


 「……ちょっと、出ちゃった」


 怒ったような目でユキアを見つめる。

 頬は完全に紅潮し首元まで赤くなっている。

 顔を見られたくないのか、シーツを手繰り寄せ作ったシワに赤面を隠す。


 「ほんとに。ほんとにちょっとだけなんだから」


 そう言われれば、ユキアの視線は自然と臀部付近に揺れる。


 毛布の作りはシーツと間違えるほど薄くできており、臀部のシワや股下に食い込まれた毛布の形などがはっきりとわかる。


 ユキアが睨むようにして見入るが、確かにカレスの言うように小便を漏らしたようなシミは簡単に見つかるほどは出来ていない。

 しかしそれでも隠せないものはある。

 股に食い込ませた布団に、小さいながらもしっかりとシミが出来ていることを視認できる。


 「何見てるんだい?」


 まるで昨日性交渉を迫ってきたことがなかったみたく冷たい声で指摘する。

 その身の変わりように、ユキアも顔を強張らせることしかできない。


 「とりあえず着替えて。もうすぐ朝ごはんの時間だから」


 「……わかった」


 不機嫌なまま返事を返せば、カレスは毛布を邪魔そうに退け、傷やシミなど一つもない、艶めかしい足をベッドの外に出す。

 先ほどまで毛布に包まっていたこともあり、太ももから足先にかけ普段より体温が増して微かに赤色に熟れている。


 「……それで? どうして着替えを堂々と見ようとしているんだい?」


 上半身を起こせば、ユキアに訝し気な目を向け唇を尖らせる。

 普段から互いの着替えを見たり見られたりという機会が多いためにユキアは気にしていなかったが、今のカレスの熟れた表情を見れば、ただ着替えを見られたくないとおうことではないのだろう。

 剥がした毛布を手探りでひっぱり下半身に被せるところをみれば、きっとシミの出来てしまったショーツを見られたくないのだろう。


 「わかった。それじゃあ外で待ってるから。終わったらご飯だからすぐ出てきてね」


 「うん。わかったよ」


 短く言えば、ユキアは徐に持ち上げた手でそっとカレスの頬を撫でる。

 二、三度瞼を撫でるように親指を動かせば、満足したように部屋から出る。


 ユキアが部屋を出たのを確認したカレスがそっと一言呟いた。


 「……やっぱり昨日仕込んだ精力剤が原因なのなか?」


 ユキアの知らないところで真実が露見された。



    *



 王都スフィア滞在三日目・夜。

 ユキアたちは皇住城の舞踏会場に来ていたのだ。


 耳に自然と入りわだかまりを作らず抜けていく演奏。

 眩しくもめまいも起こすこともないが、それでも十分に明るいと感じる光。

 床の大理石は反射する光で輝きステップを踏む紳士淑女の足元を明るく照らす。


 そんな音楽や踊りの絶えない場所で、ユキアたちも周りに染まるように談笑に耽っていた。


 「おいユキア! これうまいぞ!」


 アレスが食べ物のおいしさをアピールしようとしているのか、豪快に皿に盛られたパスタや肉などを被り付く。

 立食という皿を置く場所がない状態で食べているため、アレスが食べ物にかぶりつく度に床になにかしらがこぼれる。


 「おいアレス。少し食べ方を省みたらどうだ」


 「でもよ! これだけおいしそうな食べ物があるんだったら、こうやってうまそうに食わなきゃ失礼だろ」


 ヤマトが注意を促すが、アレスは聞く耳を持つことなくガブリ、ムシャリと食べ進める。


 失礼なのはお前だろう、と心の中で考えながら、ジークルスのいる場所に目を向ける。

 そこには、引きつった笑みを浮かべながらアレスの食事を眺めているジークルスがいる。


 「あれは。怒ってはいない、のか……?」


 心配するように伺ってみるが、ジークルスは怒りという雰囲気をまとってはおらず、アレスの食事の拙さに言葉を失っているだけだ。


 ならばこれ以上の注意は今はしまい、とヤマトはアレスに注意を送ることを止める。


 「ほらガストも! こんなの今しか食えないぞ!」


 「わかってるしもう食ってる!」


 ガストもアレスと同じく破竹の勢いならぬ家畜の勢いで食べ進める。

 普通ならば『その食べっぷり、見ていて爽快だよっ』とでもいうべきなのだが、場所が場所、周りが周りなので素直にそう思うことが出来ない。


 「ねぇユキア。ちょっと離れないかい?」


 カレスも同じことを考えていたのか、顔には隠しきれない嫌悪感を露わにしている。

 カレスと同じことを考えているのか、と変態染みた思考をするが、ユキアの名を呼ぶガストたちの喧騒に現実に呼び戻される。


 「おいユキアー!」


 「お前も食えよユキア!」


 汚く肩を組んで来ようとするガストたちを交せば、ユキアはカレスを連れて外に造られたデッキに移動する。


 「ここなら少しは雰囲気があるね」


 「静かで。聞こえる音楽が耳当たり良くて。暗く広がる庭は魅力的で……」


 「もう、そういうことじゃないんだよ。ボクは、ユキアと二人になれてうれしいの!」


 ユキアの言うことに、カレスは鼻先を人差し指で突く勢いで指を軽く向ける。

 そんなことを言ってのけるカレスは、言った手前で恥ずかしさを覚えてきたのかその頬に色を纏わす。


 「誰もいない。二人っきり、か……」


 ユキアが辺りを見渡してみれば、確かに人影は見えず、会場に目を移してみれば、可憐な衣装や奇麗な衣装など、眩しさを覚えるほどの麗しさのある服を纏う貴族などが、ジークルスや貴族同士で躍起にあるように挨拶などをしている。


 「……ねぇカレス」


 「なんだい?」


 ユキアの突然の深刻そうな切り出しに、カレスは顔色一つ変えずに返事をする。


 「俺ってさ。英雄なのかな?」


 英雄。先日に手に入れたばかりのユキアの称号。

 ユキアがこの世に生を受けてから望み、焦がれ続けた称号。


 それを手に入れたのにも関わらず。

 ユキアの心は満足を知らず、それどころか食い違ったように今一つの満足を得られていないのだ。


 「本当に俺は英雄になりたかったのかな?」



 口にすればわかる。

 言葉にすればわかる。

 俺が欲しかったのはこんなものではなかったのだ、と。


 魔女を倒した時の淡泊な達成感。

 凱旋パレードを行った時の錆び付く感動。


 不満があったわけではない。

 ましてや嬉しくなかったなどということでもない。


 それでも確かに存在していたものがあった。

 魔女を倒し英雄という冠を頂戴した刹那から。


 存在していた冷めた思い。


 「俺は、なんのために戦ったのか」


 ─―それがわからなかった。


 「でも。でも、さ……」


 そんな中でも。


 不確かなものでも。


 「なりたいって。思えるし誇れるものを見つけたんだ」


 ユキアはそっとカレスの手を取り口元に寄せる。


 「俺が成りたいのは英雄なんかじゃなかったんだ。俺が成りたかったのは……」


 カレスの手の甲に口づけをする。


 刹那に驚いたように体をビクリと震わせるが、拒絶はしないようだ。

 腕を引き離したり、ユキアを押し倒したり。

 そんなことはせず、ただユキアのされるがままに。


 口を放し、徐に顔を上げてカレスと目を合わせる。

 カレスの顔には、いつもは見ることはない驚いたような顔をしており、ユキアの強張る顔を自然と緩ます。


 きっと。

 今からいうことはこの雰囲気に当てられたのだろう。


 暗くも、建物から漏れる光によって照らされる地面。

 会場の熱気に温められた頬が、夜風に覚まされる。

 冷えた鼻先が、カレスの顔を見て若干と火照るように熱くなる。

 会場から漏れる音楽は、二人の持たない間を埋めてくれて。


 二人で見つめる目が熟れて。


 きっとこの雰囲気に乗せられてしまったのだろう。


 だから俺がこれから言うことも──。


 「俺がカレス。君だけの騎士になりたいんだ」


 幻想と変わらない。


 独り言と変わらない。


 だから。


 思いを伝えられるんだ。


 「英雄になんてならなくてもよかったんだ。皆んなを護るなんて器の大きいことなんて出来なくてよかったんだ」


 口を挟むことも逃げることもせず、ただ真剣にユキアの語りを耳に聞く。

 驚くように見開かれた瞳は既に閉じ、端麗で整った顔に涙が流れる。


 「俺がしたかったのは、どこかのお姫様を護ることでも、貧困に悩む民を救うことでもなかったんだ」


 その先に紡がれる言葉を予感しているのか、カレスは涙をこらえることは出来ず、嬉しそうに顔を破顔させ、とめどなく溢れる涙を拭うように目をこする。


 「俺はただ、君を守りたい。出会ったときから、ギルドに入ってから。俺の胸奥に抱いた夢はただそれだけだったんだ」


 手を伸ばし、カレスの代わりに涙をぬぐう。

 夜風で冷やされた手に、熱い涙が触れる。


 「だから……。だから拒否してくれても構わないから」


 始めに放そうとしていたこととは脱線しているのは理解している。

 これを言ってしまえば、自分の一生がかかることも承知している。

 だからこそ。


 ――そんな俺だからこそ言えるのだ。


 臆病で、小心者で、人の愛に浅い俺だから。


 正直に伝えられるのだ。


 「これからも。俺に君を、カレスを護らせてくれませんか?」


 伝えた。

 伝えてしまった。


 そう思った刹那には静寂が訪れる。


 どれほど長いものか。

 それとも元々静寂なんてなかったのか。


 わからないが。

 感じることが出来ないほど緊張しているけれども。


 カレスの微笑みだけはわかった。


 「ボクも。君だけに守られたい。君だけに、ユキアだけに守られたいんだ」


 ――だから。


 そんな声が聞こえてユキアが顔を上げてみれば、涙こそは残るがそれでも眩しく微笑む顔が目に入る。


 優しく見せる八重歯は魅力的で、いつもの艶めかしい雰囲気ではなく、どこかいたずらっ子のような健気なもので。


 「ほら! 躍ろっ!」


 手を握られれば、カレスの魅力に引っ張られるように会場に連れていかれる。


 こんな顔が見れたのなら、言ってよかったな。



     *



 「ユキアって躍れたんだねっ」


 「まぁ。雰囲気に合わせて足を踏むぐらいしかできないんだけどね」


 そういうユキアは、音楽の強弱を付けるように体を揺らすだけで、周りのようにエスコートをするように攻めたワルツはしていない。

 あくまでも雰囲気を合わせるように相手の動きを阻害せず、相手に合わせるように体を揺らすだけ。


 「そうかなー? でもボクは全然楽しく踊れてるけど」


 たったのそれだけしかできないと言い張るユキアに違和感を持つカレスが首をかしげる。


 確かにユキアは踊れていないことはない。まして下手でもない。

 それはカレスがユキアのことをエスコートするように、次どこに足を動かせばいいのかという場所を示すようにリードをしているおかげで目立った失敗がでないだけである。


 「それなら。今度は少し激しくするよ!」


 「うんっ!」


 返事を得れば、今度はユキアがリードをするようにワルツからクイックステップに変える。

 カレスの腕を引くようにしながら地面を蹴れば、それに合わせるようにカレスも飛んでくる。


 端っこで踊っていたユキアたちは瞬間的に会場のど真ん中まで移動し、主役を主役たらしめるように周り人がはけていく。


 これだけのスペースがあるのなら。


 「いくよカレス!」


 「いつでもいいよ!」


 タンっ。


 甲高い踏み込みの音がなり、一瞬で静寂が訪れる。

 動きも止まり、演奏も止まり、時間も止まったように錯覚し。


 そして動き出した。


 「躍るよ妖精君たち!」


 カレスがステップと同時に魔力を漏らせば、それに群がるように妖精たちが姿を現し、楽しむように遊びながら宙で舞う。


 ユキアたちが躍り出したのを確認した演奏者たちは、その踊りに合わせた曲調のものを演奏しだす。


 ダンスなんてわかりはしないが、それでも楽しい。

 ある時は素早くステップを踏み、ある時は脚を軸に体を回転させたり。

 今度は相手に合わせるのではなく、自分自身で楽しいと思う方向に流れるように踊る。


 カレスと目が合えば楽しそうに微笑み。

 ステップがかみ合うだけで笑みを浮べて。



 そんな主役な時間が、数時間と続き、舞踏会はお開きとなった。


 それから後日などは予定がない、ということで各自自由にのんびりと過ごし、久々の休日を満喫した。

 四日の余暇も終わり、都市エルドキュアへ帰ることとなり、一応ということでジークルスにも顔出しも済ませ。

 別れの際にはとてもうるさかったが、それが思い出としてはとても楽しいものになった。



 目立った発展こそなかったが、それでもカレスとの心の距離を縮めれた、良い機会だと思えている。

 界龍ファフニールを投げてきたジークルスには感謝はしないが、それでも今こが幸せならそれでOK!


 「カレス」


 「なんだい?」


 「今俺、すっげぇ幸せ者だな」


 「ふふっ。そうなのかい?」


 「あぁ、そうとも」


 揺れる馬車の壁に二人で隣に並び座り、重ねる手に力を入れた。


 「本当に幸せ者だよ」


 ぎゅっと。

 握り返してくれるカレスの手の温もりに、胸の高揚があった。

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デブ騎士英雄譚――デブでも成れる英雄譚! 後日談 朝田アーサー @shimoda192

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