第7話 クイズの若駒①
「ああぁ……」
滴るほどの汗をパーカーの袖で拭った。このところ晴天に恵まれすぎているこの街は、何を勘違いしたのか夏のような気温を持している。まだ五月の頭だというのに。
自然と口からまろび出た呻き声は、単に暑さのせいだけではない。名状しがたい俺の憂いの気持ちも含まれている。何せゴールデンウィークに学校に来ているのだ。帰宅部なのに。
「……えーと、多目的室だっけ」
下駄箱に靴を入れ、目的地を目指す。
前日に森高クイズ研究部のチャットで呼び出された俺は、重い足をひきずるようにして何とかここまで来ていた。
——明日、午後一時にA棟多目的室集合です——
——特にうおきちさんは必ず来てくださいね——
意外にも呼び出しは
あの眼光炯々として命じる
先にトイレに行っておこうと思い、多目的室まであと十歩というところで俺は進路を変えた。
そこで、人とぶつかりそうになった。
「っと。すみません」
女の子だ。馴染みの無い制服だけど、どこかでその顔を見たことがあるような気もする。
「あ。10×の人だ」
「……え? あ」
思い出した。この間の大会にいた、確か橋爪さんという人だ。
でも少し記憶にある顔と違う気が……。
「あのときはマジ笑ったよ。今日はよろしくね」
「はあ」
差し出された手を思わず握る。なんだかそれは男同士で交わすようなガシッと堅い握手のようで、女子の手を握ったという興奮は特に生まれなかった。
「
正直に聞いてみた。
「合ってんよ。妹の
ニマっと笑むと、上げた口角の隙間から八重歯が見えた。
へーと思った。そういえば、橋爪さんの妹が俺たちと一緒に新人戦に出ていたと九条さんが話していたっけ。……なんか、顔は超似てるのにお姉さんとはキャラが全然違うな。まあお姉さんのこともそんなに知らないけど。
「それで、橋爪さんがここで何してんの?」
「あれ? おたくの副部長さんから何か聞いてないの?」
橋爪さんは笑顔のまま小首を傾げる。
「いや何も。急に呼び出されたからここに来たって感じで……」
なんだ? 他校の生徒まで九条さんが呼び出したのか?
とても嫌な予感がする。
「ということで、三校合同懇親練習試合〜」
ぱちぱちぱちと拍手をしたのは前で喋る九条さん含め、教室にいる約半数だけだった。
そこに俺と
「カナメ先輩、どういうことなのか説明してください」
「どうもこうもそのままの意味ですよ? 昨日、急きょそこにいる高師台のニャエコちゃんから『うちの新人を鍛えたってください!』って連絡がきてね? 練習試合を企画することにしたんです」
皆の視線がその人の方へ向く。先日のパジャマのような格好はさすがにしていないが、頭に留めたカチューシャには控えめに猫耳のような突起がついている。
「いやー助かります。あ、どうも。高師台学園のクイズネコこと
知ってます。
「せっかくやるなら二校というのも寂しいと思いまして、慌ててクイ研のメーリングリストで参加を募ったところ、
九条さんはぺこりと頭を下げる。そのお辞儀の先には二人の女性が座っていた。
一人は姉の方の橋爪さん。クイズ大会のときに見た姿そのままに、九条さんのことを敵視するように見つめている。もう一人の方は見覚えがなかった。丸眼鏡の奥で申し訳なさそうに目を細め、九条さんにお辞儀を返している。
「今回は主に新人教育という名目で企画を用意しました。エントリーはここに書いている一年生七名です。じゃーん」
ホワイトボードに名前が列挙されている。
高師台学園 宮本一星
高師台学園 松亀創平
高師台学園 汐路雪
川湊高校 橋爪塔子
川湊高校 貝塚陽太
森之目高校 石動サンナ
森之目高校 魚住宇吉郎
俺がいる。まあ、わかってたけど。
またこのガチプレイヤーたちに紛れて一緒に参加しなければならないかと思うと、憂鬱な気分だ。
「懇親も兼ねているのでまずは自己紹介……といきたいところなんですが、折角なのでクイズを交えて少し変わった形式で自己紹介をしてもらいましょう。問題。極めて強大であることを表す『超ド級』のドは何という戦艦の頭文字を取ったものでしょう?」
……突然の問題に、皆がぽかーんとしていた。
そのまま数秒の沈黙があって、
「ドレッドノート?」
猫川さんの隣に座った小太りの男が、ぽつりと答えた。
「正解です。それでは高校名とお名前と、得意ジャンル苦手ジャンルを教えてください」
「え……あ、はい」
小太りの男が立ち上がる。
「高師台学園の
小さく拍手が起こる。
「ありがとうございます。それでは松亀さん。即興でスポーツクイズをどうぞ」
えっ! ——と思ったのは俺だけじゃなかったらしい。
教室中の人間が一斉に九条さんの方を向いた。相変わらず天使のような笑顔だが、その奥に何か小悪魔的なものを感じざるを得ない。これはあれだ。パワハラってやつだ。いま松亀くんには、得意ジャンルのクイズならアドリブで一問くらい出せるよねというプレッシャーが襲っていることだろう。
皆が若干引いてる中で、ひとりニヤニヤしている人もいた。
「むふ。カナメは面白いことを思いつくなぁ」
我らが早押しの女王は九条先輩の横でクスクス笑っている。
「え、えーと。それじゃあ……、テニスの四大大会の内、唯一クレーコートで行われるものは何でしょう。こんなんでいいですか?」
それは俺でもわかる簡単めな問題だった。……が、心なしかさっき以上の無音が教室を走り抜けている。
そりゃそうだ。まず間違いなく、これに答えた者が次の番なのだから。得意ジャンル何て言おう。どういう問題だそう。たぶん皆、今はそんなことを考えている。
よし、だったら、
「全仏オープン」
「……あ。正解です」
横で石動が目を丸くしていた。
「魚住……あんたが答えるとは意外だったわ」
「こういうのは決まって、さっさとやってしまった方が楽なんだよ」
と、格好をつけてみたが俺の本当の心配は少し違った。それは、この期を逃すと分かる問題が来ないかもしれないということだ!
最終的に俺一人残った場合どうなるか。直前に自己紹介したやつが俺に問題を出してくれるものの、ことごとく「わかりません、別の問題お願いします」となりかねない。休日に駆り出された上にそんな羞恥プレイまで被るのは絶対に御免だ。
「それではうおき、じゃない。魚住さん。同じように高校名とお名前と、得意ジャンル苦手ジャンルを教えてください」
「はい。森之目高校の魚住です。得意ジャンルは今は将棋です。苦手ジャンルはそれ以外全部ですが、強いて言うなら音楽です」
もはやヤケクソだった。
鼻で笑うような吐息が石動の方から聞こえる。さらに、将棋ってクイズジャンルなの? とかいう囁きが何となく橋爪妹の方から聞こえてきた気もするが、そんなのは無視だ。
「それでは魚住さん。即興で将棋クイズをお願いします」
「はい。どうぶつしょうぎに登場する動物で最も大きいものはぞうですが、最も小さいものは何でしょう」
「ふっ……何よその問題。いっちょまえにパラレルにしちゃって」
石動が体を丸めて笑っている。いや、石動だけじゃない。見渡すとそこここで小さく笑いが起きていた。
なぜだ。真剣に考えたんだが。
「ひよこですか?」
しばらく待っていると、参加メンバーの中で一際目立っている子が真面目な顔で答えてくれた。グレーのライダースジャケットに身を包んだ茶髪のポニーテール女子。凛々しい面差しもあって、少しやんちゃ感がある。まるで、ここまで単車で飛ばしてきましたって感じだ。
「正解です」
「よし! ありがとうございます」
見た目に似合わない嬉しそうな表情だった。
「あ。次あたしですね。高師台の
とてもハツラツとした口調だった。人は見た目によらないとは言うが、ちょっと驚いた。
「では汐路さん。化学クイズをどうぞ」
「はい。では……ずばり、分子式C6H12O6で表されるものは何でしょう」
……。
また、何とも言えない無言が続いた。
状況を見かねてか、「はい」と口を開いたのは九条さんだった。
「グルコース、もしくはブドウ糖ですね。汐路さん。クイズは難しければいいというわけではありません。分子式だけがヒントになってしまうとそれを知っているかどうかという単純なものになってしまいますし、何よりクイズとして面白みに欠けてしまいます。そうですねぇ……ドイツの化学者マルクグラーフによって初めて干し葡萄から単離された、分子式C6H12O6を持つ糖を何というか。このくらいの情報量を出してあげると、作問としてはバランスがいいですよ?」
その諭すような口調から、塾で講義を受けているような気持ちになった。
「は、はい。勉強になります」
汐路さんは平身低頭だった。
「では、次は私から指名しますね。川湊高校の
そうして、全員分の自己紹介が終わった。
五分休憩の後に最初の企画を始めるとのことで、俺はその間にさっき行き損ねたトイレへと向かうことにした。
どうぶつしょうぎクイズの何がいけなかったのか用を足しながら考えていると、じーと観察するような視線を感じた。目を合わせないようにちらっとだけ横を見る。知らない眼鏡の男だった。なんだ、
「あの日の君の回答には感心させられたよ」
うわ。話しかけてきた。
「まさかあの問題で女性天皇を十人答える人がいるなんて思いもしなかったな。そんな風に引っ掛けるつもりは更々無かったんだけど。あ、申し遅れたね。僕は高師台の三年、
「はあ、どうも」
また10×したときの話か。
「先日のうちの学校でやった例会、作問はすべて僕が担当したんだ。結構ハードなスケジュールで大変だったんだけど、君のような面白い回答が見られると、やった甲斐あったなーって思うんだよね」
「そ、そうだったんですか」
「うん。本当にありがとう」
「え」
……仕方なく、手を握り返した。
握手はできれば用を足した後でお願いします。
「それにしても、いきなりのオファーを快諾してくれた上にちゃんと企画まで組んでくれるなんて、九条くんは優しいね。あ、もちろん君たち森之目メンバーもね。うちでやれれば良いんだけど、あいにく僕にも猫川くんにも指導力ってものが無くて」
「そうですか。大変ですね」
先輩ながら、よく喋る眼鏡だ。
「今日はうちの一年の引率として来たんだけど、個人的には君にも注目してるんだ」
「俺に? クイズの経験ほぼゼロの素人ですよ?」
しかも厳密にはクイ研部員ですらないのだが。
「今はそうかもしれない。でも、あの榊くんが認めた新入生とあっては、注目せざるを得ないよ」
認められてる? 榊先輩に?
笑い話にも程がある。実際はいいように弄ばれているだけだ。
「……そうですか」
「うん。興味深く見学させてもらうよ」
先輩の眼鏡の奥を見ると、本当に興味津々といった感じできらきらと輝いていた。まるで昆虫採集に出掛けた少年のようだ。
俺は勝負事につきまとう、こういう期待の目もあまり好きじゃないことを思い出した。
****
参加者七名は二つ並べた長机に向かって一列に整列させられた。
目の前には恒例のあれがある。早押し機。
「最初の企画はベタ問早押し二十問です。これから出題するのは競技クイズの世界ではベッタベタの常識問題だけ。スライムレベルの雑魚クイズです。こういう問題ほど『いかに早く押すか』が重要になってきます」
ニコッと、九条さんは意味ありげに榊先輩を見た。
「といっても、早く押しすぎたためにわかるはずの問題で誤答をしてしまっては、何も意味ありませんからね?」
榊先輩は露骨に目を逸らしていた。
「クイズ経験の浅い人はまずこのベタ問を暗記するところから始まります。そんなのクイズっぽくないと思うかもしれませんが、基礎あっての応用です。この中でも経験のある人はバシバシボタンを押してくると思うので、そうでない人はそうした経験者の押しポイントを見てしっかりと学んでくださいね」
経験者というものの線引きはよくわからないが、先ほどの自己紹介で明確に経験があるという旨の発言をしたのは三名だった。
それは俺が思っていたよりもずっと少なかった。というか、俺は俺以外みんな経験者だと考えていたくらいだ。石動という身近なそれと、先日の新人戦で手も足も出なかった恥ずかしい経験が俺にそんな発想をさせたのかもしれない。
よくよく考えてみれば高校生の一部活だ。そんなものなのだろうが。
「では早速、第一問に行きますね」
ボタンに指を添える。
「問題。ナポレオン、高砂、さとう——」
押したのは高師台学園の宮本という男だった。
「さくらんぼ」
「正解です。早いですね。ナポレオン、高砂、佐藤錦といった品種がある果物はなんでしょう? という問題でした。今の問読みには『ナポレオン』の後に一拍ありました。この一拍があることで、高確率で皇帝ナポレオンについて問われているわけではないことがわかります。『句読点を聞く』ことは上級プレイヤーへの第一歩ですよ〜」
いやハイレベルすぎません? ですよ〜と言われても。何だよ、『句読点を聞く』って。
初心者多いし案外俺でも押せるかもとか思った自分を恥じたい。
「続いての問題。『吾輩は猫である』の著者は——」
ピコーンという音は、すぐ隣から聞こえた。
石動サンナだ。
「
「正解です。『吾輩は猫である』の著者は夏目漱石ですが、『
「あるあるー」
後ろの方で村雲さんが共感していた。
「続いて第三問。ずばり、本日五月二日の六曜は——」
押したのは石動……じゃない、誰かがすんでのところで押し勝ったようだ。横で「ちっ」と舌打ちが聞こえる。
「よっし。
橋爪妹だった。
「正解です。橋爪さんお見事。クイズプレイヤーたるもの、大会の日の朝はその日がどういった日なのかを調べておかないといけません。六曜はその中でも定番中の定番。よく出題されるのでちゃーんとチェックしておきましょう!」
いや、今日こんなイベントがあるってさっき知ったんですが。
そんなこんなで企画は進み、残すところあと二問となった。
経験者の石動、橋爪、宮本はさすがといった感じで、正解のほとんどはこの三人で取り合っている。この間の大会と違ってポイント経過などが出ないから厳密なところはもう覚えていられないが、多分、その中でも正解数は石動が頭一つ出ていると思う。
俺は案の定一問も取れないままだ。
「それでは残すところ二問。あ。一問も取れなかった人には罰ゲームがあるので、がんばって何とか一問だけは取ってくださいね?」
「え!」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「なんですかそのバラエティ番組みたいなルール!」
「うふふ。ごめんなさい、言うの忘れちゃってました。てへ」
てへじゃない。
くそ。一問も取れていないのは俺と、今ビミョーに「え」の声がハモったあいつだけじゃないか? 確か川湊高校の……貝塚、だったか。石動と変わらないくらいの背丈で運動部みたいな坊主頭の男だった。
「……」
一瞥すると、ピタリと目が合った。
お互いわかっているということか。
「くく。魚介対決だな」
後ろの方で榊先輩がしょーもないこと言っている。
しかしこれは……負けられない。九条さんの提案する罰ゲーム。……なんだか、笑顔でとんでもないことを命じてきそうだ。
「それでは第十九問。カトリック教会における七つの大罪といえば、傲慢、強欲、——」
押したのはそいつだった。
「貝塚さん。答えをどうぞ」
これは、いわゆる名数型というやつだろう。先輩らに散々いじられたストラヴィンスキーのバレエ音楽問題やこの間の茶道の三千家問題と同じ。……さすがに学んだ。問われるのはマイナーなもの、仲間はずれなもの。
だが、七つの大罪に一つだけ仲間はずれなものなんてあるのか?
「えーと、嫉妬……ですか?」
自分のこめかみから汗が伝っていくのがわかった。
……これが正解なら俺が罰ゲームということになる。
「残念。不正解です」
俺は心の中で小さくガッツポーズをした。
よし。これは最後まで聞けばわかる。そのくらいの自信はある。
「では続きから……カトリック教会における七つの大罪といえば、傲慢、強欲、しき——」
ピコン、と真横で音がした。
石動サンナだった。
えー。
「なんでお前が何で押してんだよ!」
「なんでって、何よ急に。あたしも参加してるんだけど?」
「いや、そうだけど……」
ここは俺とあいつのどっちが一問取るかという展開では……? そうでなくても同じ学校の同級生が罰ゲーム回避のために戦っているところを邪魔してくれなくてもいいのでは……?
「答えは暴食だと思うんですが、どうでしょう」
「はい。正解です」
見学中の上級生陣から驚くような声が上がる。
「よかった。五十音順に列挙しているとは思ったんですけど、元々日本語の言葉ではないですし、訳し方次第では最後に来るものも変わるので、あんまり自信は無かったんです」
「ふふ。よく気づきましたね。カトリック教会における七つの大罪といえば、傲慢、強欲、色欲、嫉妬、怠惰、憤怒とあと一つは何でしょう? 答えは暴食。いま石動さんが解説してくれた通り、今回は五十音順に並んでいました。名数型のクイズはそれがどういう順番で列挙されているかを推測することも重要なんです」
五十音順? 聞いてないぞ、なんだそのルールは。
名数型は必ずマイナーで仲間はずれなものが答えになるんじゃないのか。
「それでは最終問題です。動物を表す漢字が含まれる都道府県といえば、群馬、とっと——」
光ったのは……俺のボタンだ。
「よし!」
ラッキーだ。半ばやけくそで押したようなものだったが、これはわかる。同じ問題をテレビのクイズ番組で見たことがある。
とっと、というのは鳥取で間違いない。後は残りの内、どれが答えかを絞れればいいわけだが、これはさっきの問題と同じだ。群馬の『ぐ』、鳥取の『と』とくれば五十音……
いや待て。
残りの二つはわかってる。熊本と鹿児島だ。つまり……『く』と『か』。
え? 五十音順じゃない?
「……」
九条さんがにこやかに指折りカウントを始めた。4、3、2……やったことはないが、まるでバンジージャンプのカウントダウンでもされてるような気分だと、そう思った。
「か、鹿児島県」
そして俺は、飛んだ。
二択だ。頼む……
「魚住さん、正解です!」
「え! マジで?」
教室中から拍手を送られる。慣れない状況で、俺はどうしていいのかわからなかった。
何となく榊先輩の方に目をやると、クスクスとこっちを見て笑っている。よほど俺の表情が面白いのだろう。自分でも、きっと安堵と困惑の混じった変な顔になってるだろうと思っていたところだ。
「はい。動物を表す漢字が含まれる都道府県といえば、群馬、鳥取、熊本とあと一つは何でしょう? 答えは鹿児島、という問題でした。以上で全二十問が終了です。ひとまずは皆さんお疲れさまでした」
思わず溜め息が出る。シンプルに疲れた。
ここで休憩に入るのかな、と辺りを見回していると、心配そうな面をぶら下げた丸眼鏡の女性が「あの〜」と前に出てきたのに気づいた。橋爪姉の隣に座っていた、恐らく川湊高校の人だ。
「九条さん。そのぉ……貝塚くんは実は無理に言って入部してもらったほやほやの新入生でして、クイズ経験も全く無いんです。だから、その……罰ゲームは勘弁してあげて貰えませんか?」
「あら望月さん。そうだったんですね。では、罰ゲームは魚住さんにやって頂きましょう」
……うん?
「いやいや! なぜそうなる! つーか俺もクイズ経験無いですよ!」
「大丈夫。うおきちさんなら簡単ですよ」
「そういう問題!?」
****
ホワイトボードに八本の縦線と適当な横線を引いて、縦線の下にABCDを二つずつ書く。そして下部分は適当なプリントで隠す。これだけ。
罰ゲームはあみだくじ制作だった。
底知れない不安があった分ちょっと肩透かしというか、いや別に辛い罰を受けたかったわけでは決してないのだが、なんだかもやもやした。
「終わりましたよ」
振り向いて九条さんに言ったつもりが、他校部員と談笑しているようだった。代わりに別の人と目が合ってしまった。
「やあ。お疲れさま」
さっきトイレで出会ったインテリ眼鏡……村雲さん。
「やっぱり、君に注目していてよかったよ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、俺が取ったの一問だけですよ?」
「けどその一問が良かった」
眼鏡の奥の瞳が、また少年のように輝いている。
「群馬、鳥取と聞いてボタンを押した後、君はちょっと当てが外れてしまったような渋い顔をしていたね」
「……そうでしたっけ?」
「今度は五十音順じゃないということにそこで気づいたんだろう? そして北から順番に列挙されているという可能性を見つけた。経験あるクイズプレイヤーからすれば普通のことだけど、初心者の君がよくあそこから5カウント以内に辿り着いたよ。うん、凄い!」
「勝手に色々と解釈しますね」
「でも、当たってるだろう?」
「どうですかね」
クイズプレイヤーってのはどうしてこう、人の解答に対してまで明確なプロセスを求めるのか。うちの両先輩しかり。
「君はもしかしたら、榊くんに似ているのかもね」
「……はい?」
何を言い出すかと思ったら……似てる? 俺が? 榊先輩に?
それはまた、鼻血が出そうなほど面白い冗談だ。
「俺にはあんな野蛮な早押しできませんよ」
「ははっ! 野蛮か。なるほどね」
村雲さんは本当に面白そうに笑った。
「榊くんはね、ああ見えてただの『早押しの女王』じゃないんだ。確かに野蛮な押しに見えることもあるけれど、いつもそこにはクイズに対する透徹した観察眼と
「はあ」
随分と買い被られたもんだ。
俺はただたった一問を、二択の状態から何とか拾っただけだというのに。
****
「続いての企画はタイマンクイズでーす」
九条さんが笑顔でホワイトボードを指し示す。そこにはついさっき俺が書いたあみだくじがあり、上には既にそれぞれの名前が記入されている。
「ルールを説明します。いま皆さんに名前を書いたもらったこのあみだで対戦相手をマッチングして、一対一のクイズ対決をしてもらいます。あ。今日の参加者は全部で七人なので、余った一人については、特別ゲストの榊部長が相手になります」
「ククク。よろしく」
多分、そこで参加者全員の顔が曇った。
「実際のクイズルールは後で説明するとして、まずは組み合わせを発表しましょう」
あみだの下部分を隠したプリントを九条さんが除けていく。
贅沢は言わない。榊先輩だけはやめてくれ。この際それ以外なら誰でもいい。
「Aブロックは宮本さん対橋爪さん。おっと、いきなり経験者対決ですね〜。続いてBブロックは松亀さん対汐路さん。こちらは同門対決です」
俺は手を合わせて願った。
お願いします、神様。
「Cブロックは貝塚さん対魚住さん」
よし! 何とか榊先輩による公開処刑だけは免れた。
「助かった……ん?」
横から異様な雰囲気を感じた。
見ると、石動が俯いたまま小さく震えている。ブロンド髪の隙間から見えるきれいな鳶色の瞳が、めらめらと燃えるように輝いていた。
「Dブロックは石動さん対うちの部長、榊小凪です」
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