第11話 善意
バーゼの北、セプテン山にドラゴンがいる。
二等冒険者アブル・アムステラによってもたらされたその情報に、バーゼの冒険者ギルドの2階では熱い議論が交わされていた。
ドラゴンといえば、有効で強力な魔法でも使えない限り、一等冒険者あるいは、二等冒険者が万全の状態で数人のパーティーを組まなければ、倒せない魔物である。
バーゼにも二等冒険者が何人かいるが、剣士ばかりでドラゴンを倒すには相性が悪くて、戦力不足だ。討伐に乗り出すのならば何処かのギルドに救援を求め、幾人か腕利きの冒険者を集めなければならない。
そもそも討伐に乗り出すのかという議論もあった。もしドラゴンと戦闘になり、空を飛ぶドラゴンが街の方に陣取ったのなら、バーゼの街に少なくない被害が出るかもしれない。
ドラゴンは賢い生き物だ。基本的に理由が無ければ、人里を襲うことはめったにない。つつかなくてもいい藪をつついて街に被害が出たのならば、誰が責任を取るというのか。
だからといって放置していいもでもない。
ドラゴンが何かの折にバーゼを襲ってくることは十分ありえるし、襲ってこなくても、ドラゴンがプルグや他の街を襲おうものならば、先にドラゴンの存在を確認していたバーゼは、なぜ討伐のための冒険者を出していなかったのかという責任問題になる。
そんなくだらない議論でバーゼのギルドは、揺れに揺れていた。
だからといって、ギルドの通常業務を停止するわけにはいかなかった。しわ寄せは冒険者ギルドの受付嬢の中では、一番仕事が出来る20代の女性、クルトゥードゥへと向かった。
つまりは、こんな日に限って冒険者ギルドにメイドと少女を連れてやって来た怪しげな貴族風の男の身元調査が、おざなりになったとしても、誰がクルトゥードゥを責めることが出来ようか。
「ミリオンさんとセレさんですね。これで2人はこれから初等冒険者です。その、……そちらのメイドの方は登録しなくて大丈夫なんですか? 」
「私は結構です」
「わかりました。……それで、いつもなら新人の方にはもう少し丁寧にいろいろと伝えなくてはいけないことがあるのですが、今日は少し立て込んでいて……、担当の者が席を外しています。申し訳ありませんが、またの機会に改めて声をかけてください」
「ふむ、構わない。ところで慌しいようだが何かあったのか? 」
バーゼのギルドの受付嬢クルトゥードゥは、人差し指を唇に当てて困ったような表情を浮かべた。
今、冒険者ギルドの調査隊がセプテン山にドラゴンが本当にいるのか、調査に向かっている。もしバーゼのギルドのギルド長が、ドラゴン討伐の決定をしたのならば、明日にはギルドの掲示板に『ドラゴン討伐の依頼』が張り出されるだろう。クルトゥードゥは経験から、ギルドは結局ドラゴンの討伐に舵を切るであろうと予想していた。
それまで箝口令こそ出されていないが、依頼の達成にかかわる情報は依頼が出されるまで、誰にも言わないのが慣例だ。
しかし相手はドラゴンだ。情報が漏れたところで何かしら影響があるとは思えない。
となると、もしかしたら近日中にバーゼにドラゴンによる被害が出るかも知れないので、明らかに今、街に来たばかりといったようすのミリオンたちは出来るだけ早くバーゼを出るべきかもしれない。
ギルド長がドラゴンを見なかったことにする可能性もあるが、人命には代えられないし、そもそもあの慎重さで有名な二等冒険者アブル・アムステラが、あんなにボロボロになってまで、ギルドに情報をもたらしたというのは、そこそこの人々に目撃されている。
今、ギルドの二階で議論している人々はこれを見逃しているが、知らぬ存ぜぬは絶対に不可能だとクルトゥードゥは考えていた。
だからクルトゥードゥは新人冒険者を想う気持ちから、ドラゴンの存在を話すことに決めた。
「北の山でドラゴンの存在を確認したらしいです。今、ギルドから調査隊を派遣しています」
「なるほど、ドラゴンか」
「……もしかしたら、このバーゼの街にもドラゴンの被害が出るかもしれません。できるだけ安全な場所に退避することをおススメします」
「ふーむ」
「えー」
ミリオンの横で受付の机から顔一個分だけだして、クルトゥードゥの話を聞いていたセレが不満の声を上げる。
それを聞いてクルトゥードゥは少しだけ失敗したかも知れないと考えた。ミリオンのような大人ならばドラゴンは危険だと常識的な判断ができるだろうが、子供のセレは駄々をこねるかもしれない。
だからクルトゥードゥは念を押した。
「……新人の方にありがちなのですが、くれぐれも功名心からドラゴンを討伐、なんて思わないでくださいね」
それを聞いてミリオンが首をかしげる。
「依頼には等級による制限があるのではないか? 」
「確かにドラゴンのような魔物は、二等冒険者から依頼対象になりますが、街の近くで確認されたドラゴンに関してはその制限はありません。状況的に四の五の言ってられませんし、ドラゴンから街を守りたいっていう冒険者をギルドが等級で縛るわけにはいきません。もし少しでも街を守るために貢献した冒険者に、等級制限という理由から報酬が支払われないなんてことはあってはならなないですから」
「ふむ、なるほど。ありがとう」
そう言って頷くとミリオンたち3人は、ともに併設された酒場の方に去っていった。
新人冒険者を思いやるクルトゥードゥの言葉は受け入れられたようだと、彼女はほっと息をつき、次から次へと舞い込む仕事の消化へと戻った。
こんな風にしっかりと業務をこなす彼女を誰が責められようか。
たとえこの後、バーゼを騒がすあんな自体が巻き起ころうと、クルトゥードゥの言動は善意10割から来たのだ。
……強いて彼女の過失を挙げるとするならば、呆れた表情でクルトゥードゥの言動に何度もため息をついていたメイドの存在に彼女が気づかなかったことくらいである。
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