第7話 転移屋少女

 転移屋という職業がある。

 この転移屋というのは、グリフォン便と並んで、大陸と島国パトリア王国の物流の中心を担っている仕事だ。

 転移屋もグリフォン便もその業務内容は、読んで字のごとくであり、グリフォン便はグリフォンという4つ足なのに羽が生えている生き物に籠のようなものを括り付け、籠に人や物を入れて運ばせて、転移屋は転移魔法を使って人や物を運ぶ。


 商人などが、どちらを商売に使うか考えたときにそれぞれ利点欠点があり、グリフォン便は空路ではあるが、その早さはグリフォンに依存するので限界がある。代わりに比較的安価で、定期的に一定量の物や人を運べるので、商品の仕入れに広く用いられ、乗り合いならば庶民の旅行にも利用される。記録によると、グリフォンは1000年以上前から、グリフォン便用に人の手で繁殖させれられて、もはや元は魔物であることが忘れられているほど人に密接に関わっている。



 転移屋の話に戻ると、転移屋は逆に、魔法なので一瞬で目的地に物や人を運ぶことができるが、それゆえに高価で一度に運べる量も転移屋自身の魔力量に依存する。また運ぶものの重量によって細かく値段が決められているので、高額な商品を安全に迅速に運びたいときに使われることが多い。


 また転移屋の魔法にはその便利すぎる能力ゆえに、様々な制約がある。

 例えば、転移屋は転移石といわれる、水晶石があるところにしか飛べない。転移石自体は鉱山などでいくらでも採掘できるのだが、それを転移したい場所に置いておく必要があるため、どこでも好きな場所に好きな時に飛べるわけではない。

 転移魔法は転移屋の血縁しか使えない固有の魔法であるという点も大きな弱点だ。そもそも転移魔法以外でも魔法とは、5人に1人しか発現しない特別な技能である。

 転移屋の家系に生まれても、それは同じで、転移魔法は転移屋の家系に産まれた者でも5人に1人しか使うことができない。だから転移屋の一族は、数を増やそうと兄弟姉妹が30人近くいることも珍しくない。


 このように移動が限定され、使用者が限定されても、人や物を一瞬で移動させるという力は、簡単に財産を築くことができるし、やりようによっては一国すら簡単に滅ぼすことすら簡単である。

 だからさらに転移屋には、大陸各国とパトリア王国の条約によってさまざまな規則・禁則までもが設けられた。


 

 

 そんな転移屋の一族に生まれた13歳の少女、セレ・デストラウスは、幼いながらも人生に絶望していた。

 セレは転移魔法が使える。

 それだけで彼女は、転移屋・デストラウス一族では恵まれている位置にいて、人よりも裕福な暮らしができるのだが、だからこそ絶望していた。

 セレの将来には、いくら頑張っても自由がない。

 セレはまだ転移屋としては研修中であるが、同じ転移屋としての人生を送る父や大叔父、叔母や兄姉、従兄を幼い日から見てきた。

 いずれセレも彼らと同じよう転移屋になって、貴族や商人の求めに応じて、石と石を延々と行き来する人生を送るのだ。


 そして石と石の行き来が終わったのしても、セレは一族に連なる歳の近い男と結婚して、子供をできるだけたくさん産むという義務がある。幼いころからの教育によって、その義務自体に忌避感はなかったが、13歳の乙女は出来ることなら、物語の王子様のような男性と結ばれたいと思っていたし、何よりも決められた男性と結婚なんて。つまらない。


 周りは転移屋として生まれ、魔法を発現した自分のことを羨み、一族以外の友達は、セレの一生食べるものに困らない人生を祝福したが、その代わりに失うものが多すぎる。

 こんな人生の何がいいのか、とセレは常々感じていた。

 


 そんなセレにとって研修中に知った、『専属』という制度は、絶望に差した一筋の光であった。

 転移魔法はその特性ゆえに、王族や聖人などの重要なポストにいるものに好まれる。万が一の時、自分の傍に転移石を持った転移屋が居たのなら、すぐさま安全な場所に避難することができる。

 戦争やその講和などで国同士の話し合いが必要になった時も、転移屋が近くにいたなら、会談が行われる国に安全に迅速に行くことができる。悪用さえ防ぐ法律が出来たのなら、これを利用しない手はないであろう。

 だから条約で、5カ国(パトリア、デビトゥーム、ベルム、クインク、ビクトゥス)の王とその国の教会(一般的に専属を求めるものが所属している国の国教の教会、第三者として役目を担い、必ずしもカプーショ教ではない)の承認を得た者のみ、転移屋を1人専属として自分の屋敷に住まわせて、行動をともにすることを認めた。

 

 セレはこの専属になることができれば、少なくとも石と石を行き来する人生ではなくなるのではないかと思った。いや、石と石を行き来するのは変わらないのだろうが、見える景色は変わるであろう、そう信じたかった。

 もしかしたら専属となった王子様に見初められて……なんてことも考えた。むしろ13歳の少女は専属制度を知ってから、そればかり考えた。


 しかし専属に成れるかどうかははっきり言って運だ。

 いくら努力しようとも、丁度良く5カ国と教会に承認されるような実力者が居て、丁度良く自分が手隙だったというタイミングが重ならなければ、専属にはなれない。王族であってもその継承権や実力がそこまででもなければ、5カ国の承認は得られない。セレはただ日々、神に祈った。







 そんな彼女の望みは数か月後、突然叶うことになる。

 研修終了後、ある街で絶望のまま、転移屋としてのキャリアがスタートしていた彼女だが、ある日、何の前触れもなく呼び出されると、セレは自分の教育係である年上の曾姪孫そうてっそんのマーレから、ある人の専属となることが告げられた。しかもすぐこの後からその仕事がスタートすると言う。

 自分が専属となるのはどこのどの王族か、と聞く暇も、喜びに浸る暇もなく、セレはマーレに知らない街の転移屋に飛ばされる。

 そして専属になる相手が待っているという応接室に連れていかれた。



 セレが応接室に入ると椅子が2つとその対面に3人掛けのソファーが置かれていた。その3人掛けのソファーの方に、明らかに平民でない男が、メイドを横に立たせて偉そうに座って待っていた。

 美男美女の主従、ふたりの第一印象といえばそれのみだったが、セレにはとって、そんなの些細なことだ。

 どこの王族なのか、聖人なのか、いや着るものからして聖人ではないだろう。


 では、王族であるのならば王位継承権は何位なのであるか。

 いざ自分が専属となることが確定すると、セレが考えるのはそんな打算的なことばかりであった。

 その間も教育係のマーレは、慣習に従って礼を尽くし、セレを男に紹介する。


「こちらが本日付で、ミリオン様の専属となる、セレ・デストラウスと申す者です。…………ほらセレ、ぼーっとしてないで挨拶なさい」


 マーレがセレに促す。

 セレにしてみれば、ミリオンという王族の名は聞いたことが無く、どうやら王位継承権は低いようだと肩を落としつつも、専属になれるだけましと愛想よく挨拶をする。


「セレ・デストラウスと申します。よろしくお願いします、殿下! 」

「殿下? 何を勘違いしているのか知らんが……、ミリオン・フォン・ヌーマロウムだ、こっちはメイドのネイア。陛下からはヌーマロウムの領地と、子爵の位を賜っている」

「はぁ!? 子爵ぅ!? な、なんで子爵なんかが専属を!? 」

「こ、こらっ、セレ。ミリオン様になんてことを……!! も、申し訳ありません、ミリオン様。まだまだセレは未熟者でして……。どうかご容赦を!! お怒りならばセレの教育係のマーレめに!! 」

「よい、子供は元気なくらいがいいだろう。セレといったな、お前も俺が貴族だからといって畏まる必要はないぞ。……で、早速だがセレよ。俺とこのメイドのネイアをバーゼという街まで運んで欲しい」


 そう言ってミリオンはネイアとともに立ち上がり、転移石がある部屋まで向かう。放心状態のセレは、その後ろをひょこひょことついていった。

 

 こうして、セレの石と石を行き来するだけの人生は終わりを告げた。その代わり彼女には、これから大きな受難が待っている。

 この物語は『金の亡者』ミリオン・フォン・ヌーマロウムの英雄譚であるが、その陰でセレ・デストラウスという少女の苦労話でもある。

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