第6話 雛形的騒動

 冒険者ギルドに酒場が併設していることは知ってはいたが、実物を見てみると、酒場に冒険者ギルドが併設しているようだとミリオンは思った。

 レンガ造りの広い建物の内部は半分がギルド、もう半分が酒場になっているのだが、区切りは木の床の色がわずかに違うだけである。

 ギルドの受付のカウンターの前に並んでいる冒険者は1人もいない。ギルド職員らしき人の姿も受付にはなかった。人の気配はあるので、別室で書類仕事か何かをしているのだろう。


 その代わり酒場は、昼ごはんと一緒に一杯ひっかけている冒険者たちでごった返していた。

 酒場には木の丸テーブルが目測で15は並んでいるが、その1つのテーブルをだいたい2~3人の冒険者然とした男女が囲んでいる。

 ただ、その酔い具合は明らかに一杯ひっかけたというような量ではない。丸テーブルの上に置かれた空き瓶の数がそれを物語っている。飲みすぎて、ガラガラになった声で歌まで歌ってる者までいた。


「まだ日が高いですからね。この時間、普通の冒険者なら何かしらの依頼で出ていて当然なんですよ。つまりはまぁ、今、ギルドや酒場にいる冒険者は……、ろくでなしってことです」


 眉をひそめていたミリオンの様子に気づいたのか、ネイアは最初こそ耳元で囁いていたが、歌まで歌っている冒険者がいるのを見て、最後には普通の声でミリオンに言った。特にろくでなしの部分に力が籠っていたのはミリオンの気のせいであろう。

 続けてネイアは、酒場の方をちらりと見て、すぐさま視線をそらし、苦虫を噛み潰したような表情をした。


「うわっ、私たちがギルドの入口で突っ立ってるのに気づいたのがいるみたいですね。目があっちゃいましたよ、最悪です」

「何が悪いのだ? 」

「考えてもみてくださいよ。ろくでなしのたまり場に、明らかに世間知らずで金持ちそうな坊ちゃんとメイドがやって来たんですよ。しかもそのろくでなしは、ギルドの独立性の高さを自分たちのものだと勘違いしているような連中です。おまけにメイドは美人で、隠しているのに品性が滲み出ていて、愛嬌までよいときています」

「おまけが余計だな」

「ろくでなしにとって、余計なのは坊ちゃんの方ですよ? 」

「おいこらっ、どこの貴族か知らねぇが、なに、俺たちのでイチャコラしてやがんだ!! 」


 ネイアの言葉と同時に、奥の方で一人飲んでいた40代前半くらいのスキンヘッドの男が立ち上がった。

 椅子を引かずにそのまま立ち上がったのか、男の大きな体は椅子と丸テーブルに引っかかり、男を中心に西瓜でも割ったかのように椅子と丸テーブルが倒れていく。

 特に丸テーブルの方は、当然酒や料理が載っていたので、それらがテーブルに先んじて、床に落ちてガチャンと音を立てた。そしてすぐさま木のテーブルが跳ねるスコンという音が響いた。

 こうなってやっと酒場中の視線が、床に零れた料理、傍らに倒れているテーブル、椅子と来て、スキンヘッドの男と男に絡まれるミリオン達に移った。


 男は自分でぶちまけた料理の惨状を見て、さらに声を張り上げた。


「おいおいおいおい!! お前らのせいで俺様の昼飯まで滅茶苦茶じゃねぇか!! これは賠償金としてキュロス金貨10枚は貰わないとなぁ、貴族様よぉ!? 」


 酒場中がニヤニヤと笑った。キュロス金貨といえば、150年以上前に滅んだと言われる国で流通していたとされる金貨だ。

 国が滅べば、その国の金貨はほとんどが鋳潰される。今も残っているキュロス金貨は、非常に希少性が高く、手に入れられないものの代名詞とまでされている。

 高嶺の花を例えて、『窓辺の女はキュロス金貨の転がる音のみで笑う』なんてことわざがあるくらいだ。

 つまり酒場の冒険者たちは、スキンヘッドの男が冒険者ギルドにメイド同伴で来るようないけ好かない貴族風の男に対して、ただただ暴れたいだけなのだと判断した。


「なぁネイア、権力を振りかざすなとは言ったが、権力の仲裁を必要とするケースではどうすればいいのだ? 」

「うーん、その場合普通、ギルド職員が止めに来るはずなんですけど……」


 ネイアは誰もいない受付の方を見た。別室で仕事していようが、何か騒ぎが起きていることは気づいているだろう。しかし少し待っても全く動く気配はない。


「酒場で起きたことは、自己責任ってところでしょうか? 」

「ふん、善良な市民の安全保障すらない独立性とはくだらぬな」

「おっ、よく見たら、女の方は上玉じゃねぇか。メイドを差し出すってなら、見逃してやってもいいぜ、貴族様? 」


 ミリオンたちが話している間、男はこっちに向かっていたのか、ミリオンたちの近くにスキンヘッドの男の姿があった。

 ろくでなしとネイアはいったが、それでも体一つのみで日銭を稼ぐ冒険者である。近づいてみるとミリオンとの対格差が1.5倍はあるように感じられた。

 さすがに酒を飲むときまで武具は着けないのか、その身に纏うのは簡素な薄手の服のみである。そんな薄手の服が男の動きに合わせて、ぴしぴしと筋肉によって軋んだ。

 

「坊ちゃん、どうやら私とキュロス金貨10枚が天秤に掛けられているようですよ」


 男がその筋肉をこれでもかと膨らませても、未だに話しかけてくるネイアにミリオンは少しだけ驚いて、横目で見る。

 ネイアの表情はいつも通りだった。つまりネイアにとって、この男は取るに足らない存在なのであろう。ミリオンは思わず笑った。


「仕方ない、メイドを差し出すことにしよう。俺も手をこまねいていたのだ」

「ほーう、いい心がけじゃねぇか」

「うわっ、この最低人間。こういう時こそ、坊ちゃん得意の金の力がその本領を発揮するんじゃないんですか? 坊ちゃんならキュロス金貨もいっぱい持ってるでしょう? 」


 ミリオンの言葉にネイアとスキンヘッドの男の返答が重なる。ミリオンはネイアの声にのみ応えた。

 

「いくら俺でも、ろくでなしに払う金は一銭も持っていないのだ」

「では暴漢の手から、主を守る忠義の厚い従者に特別ボーナスは? 」

「……そもそもそれは、お前と交わした契約の業務の範疇だろ」

「そうでした」


 ネイアはぺろりと舌をだす。

 その時、ぶちりと何かが切れる音がした。


「俺を無視してイチャイチャしてんじゃねぇえええええ!! 」


 業を煮やしたのか、むしろ今までなぜ耐えたのか、スキンヘッドの男がミリオンめがけて、飛び掛かった。

 その様はまるでイノシシのを彷彿とさせ、大きな筋肉の塊がその身を武器に変えてミリオンに向かってくる。ミリオンのようなヒョロヒョロな男が、これを生身で受けたのなら、背骨がぼきりと折れるであろう。

 

「ディシプリーナム イーチェ」


 もちろんネイアがそれを許すはずがなく、ネイアはその場で何事かを唱える。するとスキンヘッドの男の足が、突然現れた氷に包まれた。

 琥珀の中の虫のように、透き通った四角い氷の中に男の膝から下が完全に凍り付く。

 ミリオンに飛びかかろうとした男は、氷のせいで無理やりその勢いを殺され、上半身が思いっきりつんのめるが、氷が地面から凍り付いていたせいで倒れることすらできない。

 男から、かはっと体の息が抜ける音がしたかと思うと、男は自分の足を見て残った息をすべて吐き出して叫んだ。


「死ぬぅうううううううううぅぅうううううう!? 」

「大げさな。溶ければすぐに動けるようになりますよ」


 氷のせいなのか、恐怖なのか。ネイアの言葉を聞いても、男の身体はガタガタと震えた。


 魔法は5人に1人しか使えないと言われるような特別な力であるが、その中でも氷魔法といえば、術者が限られる魔法である。

 そしてプルグの街で氷魔法を使える者は、一人しかいない。

 酒場にいた冒険者たちがそれに気づいて騒ぎ出した。


「ネイア・アウルム? 」

「あ、あれがあの『氷の騎士姫』ネイア・アウルム! 」

「冒険者を辞めて、メイドになったってのは本当だったのか!! 」

「噂で聞いていたよりも美人だなぁ……」

「うわっ、姐さんのこと久々に見たから気づかなかった! あの頃より綺麗になってる! 」

「ってことはちょっと待てよ……、あの隣にいるのは……」


 ミリオンたちから見て、一番手前にいた魔法使い風の冒険者がぼそっと言ったのに反応して、一瞬酒場がシーンとなった。

 騒動に気づかないほど、飲み過ぎた冒険者の1人が手酌する音のみが酒場に響いた。


「あれが『金の亡者』、ミリオンか! 」

「ちくしょうちくしょう、俺たちの姐さんを取りやがって」

「や、やめろ! もしあいつに睨まれたら、ろくな目に逢わないって話だぜ」

「くそっ、たまたま鉱山を見つけただけ成金のくせに」

「ひいいいいいいぃいいいいい、返します……、借りた金はいつか返しますから!! あれだけは、あれだけは勘弁してくださいぃいいいいい!! 」


 冒険者たちの動揺にガタガタと食器が揺れて、丸テーブルが次々と倒れる。酒場は割れた食器やぶちまけられた料理や「あれだけは許してください」と泣き叫ぶ冒険者の涙とよだれで、まさに阿鼻叫喚といった様子であった。



「な、なぜ冒険者たちは俺の名前に、ここまで怯えているのだ? 」


 さすがにミリオンも目の前の現状に困惑する。


「うーん、理由はいっぱいありますけど、大きなのは3つですね。そもそも金貸しのイメージが悪いこと、坊ちゃんから金を借りたものの中に、意図的に坊ちゃんの悪い噂を流しているものがいること、最後にあの『氷の騎士姫』すら金の力で何か弱みを握って、無理矢理従わせてると思われてることですね。この内、2つは本当のことですから困ります」

「……」


 ミリオンには何かを言い返すような気力がなかった。それほど目の前の騒ぎは見ているだけで、精神が削られた。主に自分の評判だけでこうなったことからだ。

 そして数分後、さすがに何が起きたのかと見に来たギルド職員によって、ギルド内で貴族権力を振りかざした容疑で一時、ミリオンは拘束された。

 結果、誤解は解けたが、もうプルグのギルドには来ないでくれと頭を下げられた。


 諦めの悪い男ミリオンは、サーティスを虜とするべく、隣町バーゼのギルドに向かうことを決めた。

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