第5話 道中

「りんご、りんごはどうかね。そこの旦那、りんごはいかがですかい? 旦那の奥さんの肌のように瑞々しくて、旦那と旦那の愛人の関係のように甘いりんご……、なんて失礼、ぶははは! おっ、気前がいいね旦那、まいどありぃ!!」

「新鮮な魚はいかが? 今朝、西の海で上がったのを、そのままヒポグリフ便で持ってきた獲れたて新鮮な魚はいかが!? 今日の夜までなら、美味しく食べられることを保証するよ! 」

「『フィクタ』第一回公演はもうまもなくだよぉ~、チケットお求めの方は劇場小屋まで! 」


 今日もヌーマロウム領の中心都市のプルグは、商人たちと通行人たちの声が行き交っている。

 石畳で整備された道の上、多くの露天商が立ち並び、各々商売に精を出していた。

 その熱気と香辛料や食物、香料等の匂いが混ざり、市独特のかぐわしい香りが街道全体を包み込んでいる。またその匂いに誘われた通行人たちは、何か今日が特別な日であるとその雰囲気に錯覚し、旅行にでも行った時のように財布のひもが緩んでいた。そしてひもが緩むたびに、また街は熱気を帯びた。



 こんな様子を見て、プルグの街並みは下品だ、なんていう意見を発する人々がいる。その意見を発した人の出自を聞いてみると、大抵、他の国か、パトリアの王都の出身だ。

 下品だという言葉には、所詮、成金の田舎貴族が金にものを言わせて作った街であるという侮りもあるが、プルグの街を説明するのに、下品という表現は、言いえて妙かもしれない。

 文化的な洗練度……、例えば街並みの美しさや劇場、芸術家たちのサロンや伝統的な建築物などならば、圧倒的に王都の方が上だから、その意味でも下品だが、それよりも、下品だと言われるの最大の理由は、プルグの街には上品さ以外ならば、何でも揃っているからである。


 王都出身の者曰く、品性までも金に換えたその男は、北で浴場が流行っていると聞けば、すぐさま公衆浴場を作らせ、西で新たな賭け事が人気だと聞けば、それ専用の賭場を作らせる。新たな金属の精錬法、新たな魔法技術の話を聞けばその技術をプルグの街に誘致した。

 そんな欲しいものをあれこれと集めただけの、まさに目についたものを片っ端から買う成金の買い物のような街並みは、見る人から見たなら下品そのものだ。美術館の隣に賭場があって、向かいに酒場があるなんて、人によっては鳥肌ものだろう。


 しかし、世の中は上品・・な人などごくごく一部しかおらず、大半が下品・・な人々で成り立っている。だからプルグの街には人が多く集まり、街は大いに発展した。

 開かれるいちもまた、古今東西なんでも揃うようになった。各地の特産品、新鮮な魚、意匠を凝らした工芸品、武具など特に商品を絞ることもなく、様々なものが露天商に並んでいる。



 そんな賑やかな街並みを作り上げた張本人、ミリオン・フォン・ヌーマロウムはその喧噪から遠ざかる様に進む。

 目指すは市を抜けたところにある冒険者ギルドであった。


「坊ちゃんみたいな行動力のあるアホが、いずれ世界を滅ぼすんでしょうね……」


 ミリオンの横にはいつものメイド服を着たネイアが連れだって歩く。


「ん? 」

「いえ、何でもないです」


 ネイアは胡散臭いほどに何も言ってないと首を振った。




 ミリオンが大英雄マグナシリーズを取り寄せた1週間後。

 丁度昨日の夜に7巻目を読み終えたミリオンは、マグナの出自と同じように、冒険者になるべく、次の日の昼に冒険者ギルドへ向かうと決めた。

 マグナのような英雄になって、サーティスを虜にする作戦の第一歩は、とりあえず形から入ることにしたのである。

 そういえば、とミリオンはもう一つ形から入ってみようとしていたことを思い出す。


「ふふっ、僕は女性、特に君みたいな美しい女性の言うことなら、どんなことでも聞きたいけど、君が言いたくないというなら我慢するさ」

「おぇっ……、な、なんですかその喋り方は? 」

「ふふっ、英雄マグナの喋り方をマネしてみたのさ。どうだ、そっくりであろう? 」

「おぇっ、坊ちゃん、それ本当にやめてもらえませんか? 坊ちゃんがやるとはっきり言って気色悪いです」

「……まあ、確かに喋り方まで真似する必要はないか」


 ミリオンはネイアからの諫言を素直に聞き入れた。実のところ自分でもあまりしっくりこない部分があったのだった。







 市を抜けて冒険者ギルドへがある通りに入ると、一本道が違うだけなのに明らかに空気が変わったのがミリオンでも感じ取れた。

 露天商のあるなしの違いこそあれ、市がある通りと冒険者ギルドがある通りの街並みにはそこまで違いがあるわけではないし、もちろん人通りの多さが極端に異なるわけではない。

 その人通り、すれ違う人の雰囲気が大きく違うのだとミリオンは分析した。


 市には旅人や出稼ぎの労働者が多いが、この通りにはこの街に住んでいる人の確かな暮らしがあるのだ。

 例えるならば近くで大きな祭りがあるのを眺めつつ、いつも通りに生活している人々といった様子だ。


 ミリオンは2か月に一度くらい、視察と称してプルグを歩くが、その時はまるでパレードのように行って、わざと街に金をばらまいている。従者を数十人引き連れて、何かいいものがあれば、従者全員にそれを買い与える。

 そんな大行列の主がまさかメイドと二人っきりで街を歩かないだろうと、ミリオンに気づく者はいない。その見た目から良くてどっかの坊ちゃんといったところであろう。

 代わりにメイドという庶民からは縁遠い存在だけが、奇異なものを見る目に晒された。

 一方、注目を浴びている本人は、まるで見ている方がおかしいのだと言わんばかりに、視線を気にせず堂々と通りの真ん中を歩く。その横では割りとビビりな主人が周りの視線を気にするように歩いた。



「坊ちゃんは英雄マグナのことはそこそこ勉強なさったようですが、冒険者ギルドについてはどのくらいご存じで? 」

「だからこそ、お前を連れてきたんだ、元二等冒険者ネイア・アウルム」

「……まぁ説明するならそろそろかなぁと思って聞いたんですけども」


 後10分ほどで冒険者ギルドというところ、ネイアが口を開く。

 そして、元冒険者だという経歴から自分に任せられた役割は冒険者ギルドの解説だと察し、説明を始める。


「どこから説明したものですかねぇ。……うーんと、冒険者ギルドの起こりは原始にあると言われています」

「またすごいところから、説明を始めたな」

「坊ちゃんには必要なことだと思ったんで」


 ネイアは歩きながら、そう言って続ける。


「人が未だに獣や魔物を追って生活をしていた時代、狩猟民族として生きていた人間は、言うなれば一つの冒険者ギルドだったわけです。魔物を狩るって意味で、今とやってること変わりませんからね。その後、農耕を始めて人が定住するようになってからは、畑や暮らしを魔物から守る存在としてギルドは続いて、人に対しては軍隊、魔物に対しては冒険者という今の分担の形になったわけです。だから冒険者ギルドは国や地方から独立した存在としてあります。戦争中でも、魔物を狩る必要はありますし、その辺の魔物にいちいち軍隊を派遣してられませんからね。その辺の理由からお互いに干渉されるのも嫌ってて、今まで坊ちゃんと冒険者ギルドが縁遠かった理由でもあります。ギルド登録くらいなら平気かとは思いますが、下手にギルド内で、権力を振りかざすようなことはしないでくださいよ、坊ちゃん。総叩きを喰らいますよ」

「なるほど。ではいくら払えば総叩きを喰らわず、いくら払えば最高の冒険者である一級冒険者になれるのだ? 」

「ほーう、そう来ますか」


 ネイアはミリオンの言葉ににやりと笑った。その目は爛々と輝いていた。ネイアは二等冒険者であったときに、冒険者ギルドの上層部や一等冒険者の認定員に会ったことがあるが、あの武者気質な無骨な連中が、どのくらい金貨を積まれたならその眼鏡を曇らせるのか、あるいは目の前に見たことのない金の果実が実ろうとも、手を付けることは無いのか非常に興味があった。ただその興味は、主の提案に首を縦に振ることと同義ではない。


「難しいと思いますよ? どうなるか分からない以上、試してみたら、ギルド出禁になんてのは坊ちゃんの望むところじゃないでしょう? 」

「冒険者ギルドの人間は、サーティスのような金の虜にならない人間ばかりだと言うのか? 」

「……そうは言いませんけど、そもそもそういう手はしかるべき時、しかるべき場所でやるからこそ効果があるんじゃないんですか。冒険者ギルドの一支部に過ぎないプルグでやって意味あるんですか? というか坊ちゃん、ついでだから言わせてもらいますけど、今、この道中で冒険者ギルドについて聞いてる辺り、坊ちゃん自身が金を使った搦め手は、あまりいい手じゃないって分かってるんじゃないですか? やるなら少なくとも、相手の好きなものを調べるやら下準備が必要ですし」

「ふん」


 ミリオンは図星をつかれたのか、鼻をならした。

 ミリオンは経験上、人を欲望に沈めるためには、やりとりは密室で行うことが最低条件であると知っている。人の目があったり、誰かに助言を求めたりできる状況であれば、人は誘惑に乗りにくいのだ。それを考えるとギルドというのは、人の出入りが激しく、密室とは言えない。密室を作るにしても、ギルドに登録したばかりだと、中々難しいであろう。だからミリオンは自分の従者がどういう反応をするか知りたくて、提案してみたところがあった。


「坊ちゃんは、そもそも一等冒険者がどういう存在かご存知ですか? 」

「英雄マグナがなってたやつだろ」

「はい、そちらもわたくし、担当のネイア・アウルムが説明させていただきます、お客様」


 説明心に火がついたのか、試されたことへのちょっとした意趣返しなのか、ネイアはミリオンに仰々しく、冒険者ギルドの仕組みの説明を続ける。


「冒険者には依頼の難度、対象となる魔物の強さを基準に、ある程度適切な依頼を適切な冒険者に受けさせるよう等級制を設けています。とはいっても、魔物だって個体によって強さは均等じゃありませんし、冒険者との相性もあります。それに依頼の難度の評価なんて実際にその依頼を受けた者にしか正確には分かりませんから、臨機応変に対応できるよう等級は4つしかありません」

 

 その4つの等級は上から順に一等冒険者、二等冒険者、三等冒険者、初等冒険者となっているとネイアは言う。


「まあ言葉の通り、初等冒険者は駆け出しのひよっこ、そこから冒険者として当たり前のことが出来るようになれば、誰でも三等冒険者になれます。まあ一人前ってことですね。この初等、三等冒険者が冒険者全体の7~8割であると言われて、ほとんどの依頼が三等冒険者によって達成されています。ここから選ばれし存在、……もう一度いいます、私のような選ばれし存在のみ・・が二等冒険者になれます」


 ネイアがない胸を張る様子を見て、ミリオンはまたフンと鼻を鳴らした。


「それで英雄マグナのような一等冒険者は、どういう存在なのだ? 」

「大げさに言いますと二等冒険者が選ばれし存在ならば、一等冒険者はそれを選んだ神そのもの……、っといった感じでしょうか? }

「控えめに言え」

「じゃあ控え目に言いますと、一地方の軍隊と渡り合えるぐらいでしょうか? 」

「なるほど、よく分かった」


 一個人が地方の軍隊と渡り合うというのは相当なことだ。単純な強さそのものもさることながら、渡り合うためにはそれだけでは足りない。どんなに武勇を誇るものであろうと、数には敵わないのは道理である。だから強さ以外にも、特別な何かがあって初めて一等冒険者と名乗れるのだろうと、ミリオンは推測した。もちろん控えめに推測してだ。

 

 冒険者ギルドが近づくにつれ、すれ違う者も冒険者風の者が増えてくる。剣や弓などの武器を背負い、奇抜な色や模様の鎧やローブを着ている。

 あの奇抜なのはなんだとミリオンが聞けば、誰がその魔物を倒したか、噂で聞いた冒険者に依頼したい時どんな者なのか、そういうのを他人からも判別できるように各々の判断で、奇抜な装備を選んでいるとネイアが答えた。

 ミリオンはそれを聞いてほぅと感心した。



「ふむ、俺の冒険者としての噂が、サーティスの元へ届くように俺も奇抜な装備を選ぶとするか」

「……今更ですけど、本気なんですか? 正直に申し上げて坊ちゃんは、あまり冒険者向きだとは思えませんよ」

「ふん、好きな女のために出来ぬことはない」

「私は面白そうだし、一応従者なので力になりますけど具体的には、どうするんですか?」

「金の力だな。具体的に色々とは考えているが、それを実行するのは冒険者登録してからだな」

「ぶれませんね、……まあ金の力で坊ちゃんの物になった身としては、付き従うのみですけど」


 ネイアはミリオンとの出会いを思い出して、空を見上げた。

 空の青さは変わらないなんて言うが、ネイアにとっては、ミリオンと出会う前と出会った後で、明らかに変わったように思える。

 ずっとずっと今の方が綺麗だ。

 そんな乙女のようなことを考えた自分が可笑しくて、ネイアは小さく微笑む。

 もちろん、サーティスに夢中のミリオンはそんなことを知る由もない。

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