第8話 冒険者街、子供
ヌーマロウム領の中心都市プルグから北へ80キロにあるヌーマロウム領バーゼ。
バーゼは四方を山々に囲まれた盆地であり、転移屋やグリフォン便を使わなければ、山を超えないと出入りできないという場所にある。
そんな場所に何故、街が出来たかのか首をかしげたくなるが、その理由は周りの山々が街にもたらす恩恵が大きいからだ。
バーゼを囲む山には晩秋から初春にかけて、大量の雪が積もるが、その雪が暖かくなるにつれてじわじわと解け、地下に染み込んでいき、自然にろ過されて、一年中、バーゼに豊かでおいしい地下水をもたらす。
地下からくみ上げた水のおかげで、バーゼは水に困ることなく、灌漑によってその領土の多くに麦畑が広がっている。バーゼで獲れた麦は、グリフォン便でプルグに届けられ、プルグの食糧事情を支えている1つの柱になっている。
またその美味しい水を使った酒造りも盛んに行われている。バーゼの水で作ったエールは非常に品質が高く、苦みが少なくて、王都で毎年行われている品評会でも話題の逸品だ。
バーゼは広大な麦畑の他に、冒険者の街としても知られている。最初は、麦畑を狙って山から降りてくる魔物を狩るために幾人かの冒険者が居ればいい程度だったのだが、四方の山から降りてくる魔物はそれぞれ特徴の異なる種族であることで、事情が変わった。
西の山からは寒地にしか住まない魔物が、東の山からは暖地にしか住まない魔物が、南から亜熱帯にしか住まない魔物が、南からはアンデット系の魔物が現れた。
一つの拠点を動かずに、それだけいろいろな種類の魔物を相手に出来るというのは、下級~中級冒険者にとっては腕を上げるのに理想的な環境である。だからプルグなどに麦を運んだグリフォン便の帰りは、冒険者の乗り合いであふれた。
こうしてバーゼは、麦と冒険者の街として広く知れ渡るようになったのだった。
ただし、冒険者はある程度の腕を手に入れると山々に囲まれているという閉鎖的な環境に嫌気がさして、バーゼの街を出て行ってしまうので、冒険者の強さの意味で冒険者の街というわけではない。
◇
「バーゼに来るのは2度目だな。父上が死んだ時以来ってことは……、9年ぶりくらいか? 」
プルグの街からバーゼの移転屋に置かれた転移石に飛んだミリオンは、転移屋を出て、バーゼの中心地の街並みをきょろきょろと見回す。
冒険者の街なだけあり、街中は冒険者らしき人々が行き交い、宿屋、賭場、酒場や夜の店などの店が多く立ち並んでいた。
しかし昼間の時間帯のせいか、街自体にはそこまで活気がない。多くの酒場や娼館などは、戸を完全に閉ざしている。
そもそもが麦畑の中に、増えた冒険者が暮らせるように作られた街だ。冒険者が好きそうな店をその活動時間に合わせて営業するように街全体がなっているのだろう。
「私は初めて来ましたけど、なんだか茶色い街ですね」
と、ミリオンに続いて転移屋から出てきたネイアがよく分からない感想を述べる。ネイアの言葉にミリオンは再び、周りをきょろきょろと見回す。
言われてみれば、バーゼの街の建物は、木でできたものが多い。
「なるほど、建築資材を周りの山に頼っているのだろうな」
「そうなんでしょうけど、冒険者の街なんだから、もっと煌びやかにすればアホな冒険者が釣れるでしょうに」
「釣る必要がないほど、冒険者がいるのだろう」
ミリオンは推測で答える。
そんな二人の後ろから、何かしら手続きをしていたのか、セレがやっと転移屋から出てきた。
「お待たせしました、子爵様」
言いつつセレもまた、バーゼの街並みをきょろきょろと見る。
結局、何もわからぬまま、ミリオンとネイアを転移魔法で連れてきたセレであったが、バーゼの街へ来てさらになんでこんなところに来たのかと、疑問を深くする。
「あの子爵様、聞いてもいい……、じゃなくてサシデガマシナガラ、オキキシテモヨロシイデショウカ? 」
「構わぬぞ。それとセレといったか、まだ子供なのだから無理に敬語など使わなくてもよい」
セレは恐る恐るといった様子で、まだ素性がいまいちつかめないミリオンに尋ねた。そしてセレは帰ってきた返答に少しだけむっとする。13歳だし、もう働いているのだから、セレは自分のことを子供ではないと思っていた。
「子供じゃないんです、敬語ぐらいちゃんと使えます」
「そうか、好きにしろ。それで聞きたいこととはなんだ? 」
「そ、ソレデハセンエツナガラ、お聞きしますが、子爵様はナニヨウでバーゼに? 」
「ふん、そんなことか。冒険者になるために決まっておるだろう」
「はぁ、冒険者に……、はぁ!? 冒険者ぁ!? だ、誰が? 」
「俺だ」
「じょ、冗談……、ご冗談を。あはは、酷いです子爵様。私が女だからとからかってイラッシャルのですね! ……イラッシャルのです……、よね? 」
表情を変えず、冗談を言っているように見えないミリオンに、セレは助けを求めるようにネイアの方を見た。
ネイアはミリオンに輪をかけて、さらに無表情であった。
なんだこの主従はと思いつつ、セレは訳が分からないこととだらけで混乱する。
子爵が転移屋の専属というのがまず分からないし、それがなぜ冒険者になろうとしているのか。
セレの常識では貴族が冒険者になるなんてありえないことだ。彼女のイメージでは貴族とはろくに仕事もせず、毎日紅茶に砂糖とミルクを入れて飲んで、1日が終わっているという感じだった。
実際には、武芸を極めようとする下級貴族が、腕試しで冒険者登録することはあり触れたことではあるのだが、確かに専属転移屋を持つレベルの重要人物だとそんな腕試しは周りが許さない。だからセレは決して間違ってはいなかった。ミリオンという存在が、色々と間違っているだけなのだ。
「からかってなどないぞ、俺は冒険者になる。ついでだ、セレ、お前も冒険者登録するか? 」
「はぁ!? 何言ってるの? 本当に頭がおかしいんじゃない? 」
さらに冗談にしか思えないことを真顔で言うミリオンに、セレは思わず、大声を張り上げる。その声にバーゼの木の街並みがキシリと悲鳴を上げた。
少女の魂の叫びにネイアまでもが思わず、耳をふさぐ。
その状況で、逆にミリオンは冷静である。あまり接したことのない年端のいかないであろう少女の態度に、ミリオンは少し大人になっていた。
「子供じゃないから、敬語を使うのではなかったのか?」
「あっ……、失礼しました!いや、その……、子爵様は少しモウロクナサッテイルのではないでしょうか? 」
「まぁ、まだ失礼なことに変わりはないが」
「えっ? あっ……」
そう言われてセレは自分が何を言ってしまったのかやっと気づき、徐々に顔を蒼白とさせていく。自分のしでかしたことに、セレの下腹部がきゅっとなった。
「も、申し訳ありません、し、子爵様。わ、私はなんてことを……」
「構わぬ。子供相手の無礼に眉をつりあげるほど器は小さくないつもりだ。それにもう一度言うが、敬語は無理に使わなくてもよいぞ」
「あの……、私13歳で……だからあの……」
「13歳? そんなわけないだろう。お前こそ、貴族だからと俺をからかっているのではないか? ふはは」
ミリオンは横にいるセレを見る。その背は到底10代には見えないほど小さい。セレは髪色が薄いピンクであったが、そのピンクの頭頂部が、ごくごく平均的な身長であるミリオンの腰の位置にあった。
ミリオンがセレの顔をじっと見つめれば、セレはくすんだ青の瞳をもっていたが、その目は子供特有で、顔に対して割合が大きく、やはり10代には見えない。
髪型はサイドでアップにしていたが、それが逆に大人のマネを一生懸命しているようで、ミリオンには可愛げにうつった。
思わず、ミリオンの手が伸びて、セレの頭をなでる。
「ちょっ、なにすん……何するんですか、子爵様! 勝手に人の頭を撫でないでください! 子供だったら喜ぶかもしれませんが、私は13歳。立派なレディーなんです、子供扱いしない下さい! 」
「これはこれはお姫様、失礼いたしました。頭といえど乙女の柔肌に触れたこのミリオンの失礼お許しください、こんな感じか? 」
「そ、そういうごっこ遊び的なあれでもなくて!! 私は本当に13歳なんですって!! 」
セレは再び叫ぶ。その時、くーっと小さな間抜けな音がなった。ミリオンとネイアが何事かと、音の出所を見るとセレがお腹を押さえて、恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「ふはは、やっぱり子供ではないか」
「こ、これは生理現象!! 」
「そういえば、私たちもまだ昼ご飯食べていませんでしたね。本当は、さっさとギルド登録だけして今日は帰る予定でしたし。その辺で食べていきましょうか」
ネイアの提案にミリオンはうむと頷く。
「セレ、何か食べたいものはあるか? 何でも言ってみろ、俺がご馳走するぞ。あっ、でも好き嫌いは許さないからな」
「だ、だから子ども扱いするなっての!! 」
そういいながら一行は、歩き出した。
結局、セレの希望で肉を食べることになった。肉が食べられる食堂を求め、ミリオンは進む。
その後ろをネイアとセレが並んであるいた。
「あっ、今のうちにミリオン様がどういう方なのか、なんでバーゼに来たか教えておきますね」
セレはとりあえずこのメイドは常識がありそうだと、少しだけ安心した。
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