2-32


「さて」


 どうしたもんか、と思いながら煙草を咥え直す。


 草津真希、いや、赤宮真希の脅威度は結果的にとはいえ、十二分に思い知ることが出来た。彼女に起きた”奇跡”とやらは胡散臭いと未だに思っているが、その影響力の絶大さは紛れもなく本物だ。造られた女神ハザード・ガッデスとしては、これ以上になく傑作だろう。


 だが、女神と言えど、視点を変えればただの紛い物だ。ULとの戦争で絶滅危惧種同然になったオリジナルを信望する連中からすれば、間違いなく彼女は目の敵であり、オリジナル至上主義者の厄介さについて、一場は嫌と言うほど聞かされている。


 つまり、味方も多いが、敵も多い。そして、公安の不始末で闇に紛れていたままで良かったものが、世に放たれてしまった。


 現状、あの女神を正面切って守ろうとしているのは、あの向こう見ずで不純な動機の小僧、ただ一人だけ。


 どれだけ威勢を張ったところで、人間の悪意どころか、UL一匹すらまともに倒すことが出来ないのがオチだ。


「……仕方ねえか」


 一場は笑いながら蒸気を吐く。先程から味気なかったメンソール入りの水蒸気にようやく彩りが戻ってきた。


 青臭さに不純すぎるその動機、気に食わない要素は沢山あるが、それでも奴は俺に出来なかったことをやってのけたのだ。


 一場からすれば、それで十分合格だ。次は彼が大切なものを守り続けてくれれば二重丸だ。その為の手助けくらいはしてやろうじゃないか。


 ……向こう見ずが一人から二人に増えることになるが、まあ、それはそれで弄りがいがあるというものだ。


 一場は加熱式煙草のスイッチを切り、吸い終わった煙草を片付けていると、


「っ!?」


 突如として、スマートウォッチが振動した。画面には「録音容量が不足しています」の文字が光る。


「録音終了」


 しまった、と思いながら一場は指示を出す。録音時間は3時間40分、普段ならネット回線経由でクラウドにアップロードされているものが、あの連中の妨害で中断、自動的に端末保存に切り替わったせいで容量が一杯になってしまった。


「戻るか」


 仕事だ仕事、と物思いに耽っていたところを中断された一場は肩を竦めながら、サングラスを取り出すと、不意に、逃げ帰っていったあの二人の方角に視線を送る。


 ……果たしてあの二人はこれからどうなっていくのだろうか。


 一場の脳裏にそんな感情が一瞬過る。少しやりすぎたのではないか、と多少ばかりの罪悪感も同居していた。


 誰にだって事情はある、あの二人は一体何を想い、この作戦を決行したのか。全く気にならないと聞かれたら、それは嘘になる。



 だが、



「……騙して悪いが、」


 小さく呟いた一場は、取り出していたサングラスを掛け、視界を黒く覆うと、


「これが、仕事なんでな」


 お前らのことなんか知ったもんか、溜息を吐いた一場はそう思いながら二人の行く先に背を向け、真也達の待つ場所へと歩き始めた。


 

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