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「よっ、と」


 一場の掛け声と共に彼を纏っていた漆黒と紅の鎧は光と共に消失、普段通りの格好に戻った彼は、腕に着けたスマートウォッチを一瞥する。


 端末に表示されるのは上空からこの町を見下ろした地図であり、その図上には赤い点が二つ、ゆっくりと動き続けていた。


 一場はその赤い点をタップし、情報を記録、続けてメールアプリを開くと、ある人物宛にコピーした情報のみを添付し、そのまま送信する。暫く待っていると、予想通り端末から着信通知が響き出した。


「もしもし? どうか致しましたかね?」


 ポケットから骨伝導ヘッドセットを取り出し装着、一場はとぼけたような声でその着信に答えた。


「あのメールか? さっき此処を襲撃してきた革新教団の連中2人のリアルタイム位置情報さ。奴らが着けてる装備を捨てない限り永続的に追い続けるから、奴らの巣を見つけて一掃する時に活用していただければ幸いだよ」


 あんたらにそれをやる気があるかどうかは別だけどな、と一場は軽く笑う。


 彼の発言に対し、電話越しに一場の身を案じる言葉が返ってくるが、


「UGXとしての立場? 連中は破壊工作の上に銃を民間人に向けたんだぜ? そんなロクデナシ共に肩入れした時点で俺達は立場失うっつーの」


 あんなのただのテロリストだろ、と一蹴する。


「だが、うちもうちでああいう連中と戦うことは想定してないから、今こうやってあんたら公安警察にタレコミしてやってんだろ。感謝をしろ感謝を」


 一場の恩着せがましい言葉に、公安警察と呼ばれた相手は呆れた調子で小言を言うが、一場はそれを無視する。


「要求? 引き続きあんたら公安の中で草津真希の存在が消えた事件への真相追求と、それで出てきた情報を逐一こっちに回すこと、変わらずだよ」


 あんたら強請るつもりなんて毛頭ねーから安心しろ、と溜息を吐きながら一場は言う。


「あー、あと、常之倉のバトルエリアの管轄権うちに回してくれたら助かる。難しいんだったら叢雲経由でも構わない」


 思い出したかのように言う一場の要求に相手は狼狽するが、


「いいだろこっちはあんたらの大失態の泥被っただけじゃなく、危ない橋渡って情報提供までしてやってんだ。そっちも多少の無茶通すのが筋ってもんだろ」


 これでも譲歩してるつもりなんだがな、と一場はわざとらしく付け加える。


「いい返事を待ってるからな」


 反論の声が聞こえてくるが、一場はそれを聞き流し、それじゃ、と通話を強引に終了させた。


「ったく」


 悪態を吐きながら、今度は加熱式煙草を取り出し、使い捨てのスティックを挿入する。


 ……全く、面倒なことになってきたな。


 デバイスの加熱を待ちながら、一場はつい先程まで起きていた事態を振り返る。


 草津真希、いや赤宮真希に対して第三者から何かしらのアクションが起こりうることは低確率ながら覚悟していたが、ここまで派手な展開になるとまでは予想出来ていなかった。


 連中の練度自体は大したものではなかったが、その尺度も一場の踏んできた場数と比較した場合が前提であり、初動の手口も統自や公安でも使う対UL装備を持つ彗星症発症者に対する奇襲戦法の最新版そのもので、ULと戦うことしか前提としていない通常のUGX隊員ではまず対処不能だったに違いない。


「っ」


 手元のデバイスが加熱完了を示す振動を発した。


 ……何処から漏れたんだ?


 口に加熱式煙草のスティックを咥え、煙草の出す独特の蒸気を吸引しながら、思考を巡らす。


 連中からロクな情報が取れないと判断した時点で奴らを泳がせる方針に切り替えた一場は、咄嗟に「情報を流したのは自分だ」と嘘を吐いたでっちあげた。我ながら浅はかな話術だったが、恐怖に怯え切った奴らには十二分に有効だった。


 あのまま拘束して公安に突き出す、という選択肢でも良かったが、得られる情報が多少増えるくらいで、「UGXが公安と結託しつつある」という噂の信憑性が上がるだけで何のメリットもない。何より公安に悪印象を持っている草津姉弟からの心証の低下に繋がる行為は避けるべきだった。


 公安、軍関係、UGXと容疑者を思い浮かべる。


 公安の可能性は限りなく低いだろう。今回の騒動で一番混乱している部署であると同時に一場の実力を理解している連中だ。赤宮真希の脅威度の測定の為だけに鉄砲玉を差し出してくる余裕もないだろうし、本気で彼女を奪還する気があるなら無事が確認された時点で保有する全戦力を差し向けてくるに違いない。


 軍関係、これはほぼ間違いなくシロだ。昔の伝手を使って応援要請をし、出撃寸前まで準備して貰っていたが、一場から今回の顛末の詳細情報は流していない。こればかりは余計な詮索をしてこない戦友の心意気と人徳に感謝するほか無かった。


 そうなってくると、


「やっぱり、うちUGXか」


 吸い込み切れなかった煙草の蒸気を吐き出しながら、一場は呟く。


 悲しいながらその可能性が一番高い。あの連中が謎の男から連絡を受け取ったのは2日前だったというが、これは一場が上司に詳細な途中経過を報告したタイミングと合致する。事態が事態なので、特別回線を経由して口頭のみで報告しているにも関わらず、だ。


 上司に対しては個人的恨みがまだ残っているが、その手腕と信念は信用に値する。疑うとなれば、彼の周辺になるだろう。


「信仰の自由を免罪符か何かと勘違いしてねーか」


 そう言って再び煙草を咥える。つくづく、UGXという組織の甘さには驚かされるばかりだ。まあ、だからこそ前職の経験を買われて転職出来たので文句は言いにくいが。


 部下ゆかの抱えている感情には及ばないが、やはり教団の連中は気に食わない。大柄の男に話した昔話に嘘はなく、前職でやりたくもない殺人を強要され心を壊したのは事実だが、妹の死については騙す為に少し脚色した。


 悲劇が起きた当初こそはULに食い殺されたと思っていたが、後に判明した真相は違った。オリジナルであり、稀有なギフトを有していた彼女は、人間に殺された。ULに捕食されたように偽装され、その血を、その心臓を、身勝手な研究の為に利用され、最後には最愛の妹の持っていたギフトを求めた人間相手にその血は売り飛ばされた。


「誰が、お前らなんかのところに行くもんかよ」


 煙草の端を少し噛んだ後、また蒸気を吐き出す。


 残念ながら妹の尊厳を踏みにじった首謀者の正体はまだ不明であり、その候補には人体実験に躊躇の無い革新教団も含まれている。いくら居場所がない、と言ってもあんな疑惑塗れの連中の門徒に加わる気など毛頭無かったし、居場所がないのなら自身で作るだけの話だ。

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