2-30


「さて」


 話に小休止を加えるかの如く、一場は咳払いをすると、


「まだ同志が気絶しっぱなしのところ悪いが、取引の話をしよう」


 笑みを浮かべることもなく、事務的な口調に切り替わる。


「何、そう難しい話じゃないさ。俺は暫くの間、草津様をこの町で護衛し続ける、対してお前さん達にはこの場から引き上げて貰う。その後の対応は各々の判断を優先、それだけだ」


 草津様を確保出来なかった理由についても好きにして貰って構わない、と一場は言う。


「一応、俺の方の報告は”草津真希を亡者にしようとした教団過激派の襲撃”として上げておく。不本意だとは思うが、UGX内で草津様の重要性・保護価値を上げる為の材料としてそこは我慢して貰いたい」


 また公安の連中が出て来ないようにも工作もしておくさ、と一場は補足する。


「俺の要求としてはそれくらいだが、何か疑問があるのなら聞いてやる」


『……何故、草津様を連れて我らの元に来るのが、今ではないのだ?』


 草津様の価値はもう分かった筈だろう、大柄の男が間を置いてからそう訊ねた。


「嬉しいこと言って貰って悪いが無理な相談だな。さっきも言ったが俺には居場所がない。オレンジ髪のクソガキは簡単に黙らせることが出来るが、銀髪の小うるさい小娘はああ見えてUGX本部直属で俺の監視役。それになんと言っても今着けてるコレも俺を縛る拘束具を兼ねてるんでね」


 ちょっとでもあの小娘のいる位置から離れすぎたら有無を言わさずドカンさ、と一場は肩を竦める。


「今は本当の自由を得る為にUGXで信用を勝ち取る必要があるのさ。組織で従順であり続けたらこの装備もいずれ俺のモノになる。そのタイミングが頃合いだとは考えてるよ」


 希望に添えない回答になってすまないな、そう言って一場はヘッドユニット越しに頭を軽く掻いた。


『……難儀なものだな』


 大柄の男は深くため息を吐くと、一場に向けて手を差し出した。


「お気遣い、痛みいるよ」


 一場は少し笑うと、大柄の男の手を取り、煉瓦の壁にめり込んでいた彼を優しく引っ張り出した。



      ◇



「そちらの同志には、悪いが後で詫びといてくれ。やり過ぎてすまなかったってな」


『ああ、伝えておこう』


 一場と大柄の男がそれぞれ言葉を交わす。大柄の男の背中には小柄の男の姿があった。


 結局、小柄の男の意識は戻ってこなかった。どうも精神的ダメージが大きかったらしく、呼吸音こそ聞こえるものの、何度揺さぶっても覚醒はしなかった。


「道中、気を付けてな」


『そちらこそ、草津様のことを、頼んだぞ』


「任せておけよ」


 会話が続くが、その内容はつい先程までの闘争からは想像出来ない程に穏やかなものだった。


『貴様と共に革新の道を歩めることを心待ちにしているぞ』


 そう言って大柄の男は、一場に背を向け、ゆっくりと歩き出す。


「そう嬉しいこと言ってくれたからにはお前さんも死ぬんじゃないぞ」


『分かっている』


 男は振り向かず、小柄の同志を抱える片手を外し、手を振って答えた。


 一場はただその場で、離れていく男をずっと見つめていた。

 

 二人の陰は段々と小さくなり、最後には見えなくなっていく。


 あの2人が何処に去っていくかを一場は聞かなかった。2人の名も、どんな信念を持ち教団に属しているのかも。


 そんなことを聞く必要はないのだと、一場は最初から決めていた。




 ……いや、聞く価値なんてない、と言った方が正しいか。




『目標2体が対象エリアから離脱します。如何致しましょうか?』


 一場の耳、正確には顳顬こめかみ付近に装着された骨伝導スピーカーから電子音声が突如として響き出す。


「認識阻害解除。60秒後にシステム全終了だ」


 追跡は切るなよ? と一場は静かに電子音声に指示を出す。電子音声はその命令に対し『了解しました』と手短に返答する。


「ったく」


 一場はそう言って、左肩の紋章を手で撫でながら眼前に映る自機のステータスを表す四肢を一別する。左肩にあった忌々しい太陽の紋章にノイズが走り、本来の骸骨騎士のエンブレムが復活していく。


「なんで、こんなのに引っかかるもんなのかね」


 彼は深く溜息を吐く。撫でた左肩の紋章は最初から最後まで骸骨騎士の彫り込みを維持し続けていた。いや、彫り込まれているのだから、これが変わることはまずあり得ない。


 変わっていたとするのなら、一場の機体シャドウ・イーグルから放たれた阻害因子・ジャミング電波によって書き換えられた相手方装備のカメラ映像、それだけだった。


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