2-27

『どうした? 話が違う、とでもいいたげじゃないか?』


 頭部ユニットで表情が見えないのにも関わらず、悪魔は大柄の男の引き攣った顔を嘲笑う。


『俺は質問をしただけで、見逃してやるとは一言も言ってない。そもそもお前らは俺を相手にした時点で既に詰んでんだよ』


 残念だったな、と悪魔は呟く。大柄の男は咄嗟に解放された同志の方を見つめるが、彼はアスファルトの大地に突っ伏したまま動かない。呼吸音こそ戻ってきているが、意識を失っていた。


 大柄の男の、この悪魔に対する侮蔑の感情は更に加速する。人を弄ぶだけ弄び、飽きたらぼろ雑巾のように投げ捨てる、そういう人種だ。


「……貴様のような悪魔を、草津様の側に置くわけにはいかない」


 だからこそ、恐怖よりも怒りが大柄の男を突き動かす。拘束されて動かせない足の代わりに、腕と身体で這い蹲るように悪魔の元へと近づこうとした。


『なんだと?』


 氷の声。誰が悪魔だってんだ、と悪魔は悪態を吐くと、近づいてきた大柄の男を軽く蹴り飛ばす。彼は再び煉瓦造りの壁に叩きつけられた。


「……何故、貴様らは公安共の肩を持つ?」


 頭を打ち付け、飛びかける意識の手綱を必死で掴み、今度は大柄の男が問いかける。


「草津様達は何もしていない。公安共が草津様を襲撃したのは、連中の点数稼ぎ、それだけだった!!」


 大柄の男は吠える。


「草津様は我々の希望の灯だ。その灯をUGXが弄ぶというのなら、許しはしない!」


 恐怖と怒りを交錯させながら啖呵を切る。


『それが、言い残したいことか?』


 悪魔は笑わなかった。


「……ああ、そうだ」


 自身の意思を吐き出したからなのか、不思議と恐怖の感情は薄れていた。


 大柄の男の想いに偽りは無かった。かつて医療事故で彗星症となり、社会から拒絶された彼は、一度は己の運命を忌み嫌った。だが、彼女ー草津真希に起きた奇跡と巡り合うことで、救われた。彗星症は人類に革新を与える福音であり、自身に起きた運命にもきっと何か意味があるのだと、前を見つめ直すことが出来た。


 そして、彼女はこれからも我々に希望の道筋を与えてくれるのだと確信していた。故に、不確定要素が多い中で、今回の行動を起こすことに何の躊躇もいらなかった。


『最期は命乞いでもするもんだと、思ったんだがな』


 だからこそ、現状の結末にもある意味では後悔は残らない。奪還こそ叶わなかったが、草津様が生きている御姿を眼に納めることが出来た。それだけでも、十分ではないか。


『まあ、いいか』


 悪魔の声が耳に響き、足音を立てない不気味な挙動で少しずつ近づいて来る。その両拳は力強く握られていた。まずは自分から仕留められるらしい。大柄の男は本能的に目を閉じた。


 脳裏に浮かぶのは今まで以上の激痛の苦しみ。悪魔の拳が聖鎧越しに腸を貫通する、そんな地獄絵図までイメージしてしまう。


 だが、


「……?」


 何時まで経っても、脳裏に描かれたイメージは身体に反映されない。


 それどころか、


『……”俺から”のメッセージを受け取ってくれたのが、お前さん達みたいな気概のある奴等で良かったよ』


 聞こえてくるのは、あり得るはずの無い悪魔の優しい声であり、



「!!」



 目を見開いた刹那、目の前にあるのは悪魔の拳ではなく、彼を引き起こす為に差し伸べられた手のひらであり、左肩にあったはずの骸骨騎士の紋章は、大柄の男の聖鎧にも刻まれている、革新の夜明けを願う、太陽の紋章に変貌していた。


 

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