2-26

     ◇


「こいつっ……!」


 悪魔の凶行に大柄の男が満身創痍の身体に鞭を打ち、救援に向かうが、


『お呼びじゃねーんだよデクノボー』


 悪魔は振り向くことなく、空いた片手を大柄の男に向けると、手首の下から圧縮された拘束ワイヤーが射出、瞬く間に両足に命中し、男はそのまま転倒した。


『質問に答えて貰おうか。草津真希の情報、どうやって手に入れた?』


 秘匿回線から悪魔の冷たい声が響く。


『がぁ⁉』


 その問いが放たれた刹那だった。悪魔は小柄の男の首を絞める手に更なる力を込め、首元を軸に男の身体が宙へと浮かび上がる。男は必死で藻掻くが、呼吸困難で酸素不足に陥ったその四肢は震えるように痙攣するだけだ。


「やめろ!殺すつもりか!?」


『殺すつもりでやってんだよ』


 身動きの取れない大柄の男を見下しながら悪魔は嘯く。


『幸いにして俺はまだあの殺人部隊に籍が残っていてな。特権を使えば、お前らを殺しても事故扱いで済むんだよ』


 便利な特権だろ? と悪魔は笑う。


『まあそんなことはどうでもいいか。それでどうなんだ?』


 悪魔は男の首を絞める指の力をリズミカルに変化させる。指の動きに連動するように小柄の男の絶叫が無線越しに響く。


『そうギャーギャー喚かれても分からねえよ。おい、デクノボー、お前が答えろよ』


 少しくらい役に立てるチャンスだぞ、と悪魔の視線は大柄の男へ向いた。


 ……なんて、最低最悪の、悪魔なのか。


 大柄の男はようやく、目の前に立つ魔人の本質、同志が何故あそこまで恐怖したのかを理解した。


 最初はただ、運が悪いのだと思っていた。ただ、草津様を護衛していた犬共が優秀なだけだと、耐え凌げば勝機が見えると信じていた。


 だが、現実は違う。目の前に立ち塞がるのは、我々の命を喰らう厄獣となんら変わりのない、いや、意味もなく蹂躙することを含めば厄獣以上の畜生だった。


 そして、そんな反吐の出る畜生に対し、彼が出来ることは、


「……連絡が、あったんだ」


 ただ、その畜生に屈する、それしか選択肢が残されていなかった。


『そんな抽象的な話はいらねえよ。それは誰から、何時のタイミングだ?』


 大柄の男が口を割ったことなぞ、さも当然のことのように悪魔は訊ねてくる。小柄の男の首を絞める手は緩まない。


「誰かは分からない!匿名の情報だった!!」


『嘘吐いてもロクなことにはならねーぞ?』


 悪魔は視線をわざとらしく小柄の男に向け、指を軽く動かす。


「本当だ!!ノイズは入っていたが男の声、それだけだった!!」


『あーそうかい。じゃあ、いつ、その情報が来た?』


 深くため息を吐きながら悪魔は言う。その溜息すら狂気に満ちている。


「ふっ、2日前だ!!」


『記録は残ってるのか? あったら寄越せよ』


「のっ、残っていない! 通信の後、強制的に消去された!!」


 嘘じゃない、と大柄の男が叫ぶ。小柄の男はもう、声を出すことすら出来ずにいた。


『っ、ろくな情報持ってねーな』


 通信越しに、悪魔の舌打ちが響くが、


『まあ、いいか』


 悪態とは裏腹に、悪魔は首元から抱えていた小柄の男を、器用に大柄の男の近くに放り投げた。地面に手を付ける余裕すらない小柄の男は地面に文字通り叩きつけられ、嘔吐するかのような息を吐いた。


 ……助かった?


 大柄の男の脳裏にそんな期待がよぎる。自身が拘束されているとはいえ、解放された同志に対し、彼は声をかけることすらしなかった。


 だが、


『……じゃあ、最期に言い残しておきたいことがあれば聞いてやるよ』


「っ!?」


 目の前に立つ悪魔の複眼が妖しく輝き出す。そして、大柄の男のスピーカーからは、


『両腕部リミッター解除、完全破壊モードへ移行します』


 と、悪魔が纏う聖鎧の電子音声が響き渡った。

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